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禁忌の第七王子と精霊の少女─その恋は王国の理を覆す─  作者: 七天宮 凛


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第20話 光の檻

 朝靄が、まだ地を離れていない刻だった。

 石畳を叩く蹄の音が、ゆっくりと門前へ近づいてくる。

 門前に停まったのは、王宮の紋章を掲げた馬車だった。

 使者が降り立ち、形式ばった所作で書状を差し出す。

 受け取ったのは、アルバートだった。

 封蝋を確かめ、静かに封を切る。

 目を通したその表情が、わずかに引き締まる。


「……王宮からの招待状だ。差出人は、レイヴンだ」


 空気が、静かに変わる。

 リアンは何も言わず、書状に視線を落とした。

 クラウスは肩をすくめる。


「予想はしてたが、早いな」


 応接間の奥で、ティアラが小さく息を詰めた。

 胸の奥に、消えきらないものが残る。

 

 出立の支度は、驚くほど静かに整った。

 玄関ホールには、全員が揃っていた。

 アルバート、エルフィナ、リリス、ティアラ、そしてユラ。

 朝の光が、高い窓から差し込み、床に淡く影を落としている。

 アルバートは、リアンの前に立ち、低く告げた。


「封印区画には近づくな」


 忠告というより、釘をさす声音だった。

 リアンは短く頷く。


「わかっています」


 エルフィナは何も言わず、ただ祈るように手を組んでいた。


 リリスは背筋を伸ばし、一歩前に出る。


「留守の間は、私が家を守ります」


 声は揺れていない。

 それでも――

 その奥にある不安を、リアンは知っている。


「……任せる」


 短い一言。

 それだけで、リリスの表情がわずかにほどけた。


 ティアラは、言葉を探すように視線を落とす。

 言わなければならない。

 けれど――

 何を言えばいいのか、分からない。

 自分が、そうしてしまったのに。

 指先が、わずかに震える。

 それでも、顔を上げた。

 逃げない。


 ティアラは、息をひとつ飲み込む。


「……無理、しないで」


 それは願いじゃない。

 そうさせている側の言葉だった。

 “気をつけて”では、足りない。


 ――自分が、そうさせている。


 リアンは、その視線を受け止める。

 逸らさない。

 ただ、短く頷いた。


 クラウスは扉へ向かいかけて、足を止める。

 振り返らないまま、低く告げた。


「留守の間、家のことを頼む」


 一瞬。

 ユラの呼吸が、止まる。


 ――自分に向けられた言葉だと、分かってしまったから。


 守れと言われている。


 ――これから壊される場所を。


 胸の奥が、軋む。

 言えば、止められる。


 それでも。

 口は、開かなかった。


 開けば、壊れる。

 考えたくない。


 ――戻れなくなる。


「……承知しました」


 声は、いつも通りだった。


 ――言葉が、ほんのわずかに遅れていた。


 扉が開き、外気が流れ込む。

 朝の光の中へ、リアンとクラウスが歩き出す。

 誰も引き止めなかった。


 けれど――


 その背中を見送りながら、

 ユラだけが知っている。


 この出立は――

 もう、引き返せない。


 ……それを、知っているのは。

 ここにいる中で、ただ一人だけだった。


 

 王宮の馬車は、来た時と同じように門前へと回されていた。

 白い車体に刻まれた光の紋章が、薄い朝光を受けて淡く浮かび上がる。

 リアンとクラウスが乗り込むと、御者は何も言わずに手綱を引いた。

 扉が閉じられ、外界との距離が一段、引き離される。

 馬車が動き出す。

 蹄が石畳を打つ音は一定で、規則正しい。

 窓の外、王都ルミナ・アストラは、まだ完全には目覚めていなかった。

 白石の建物が朝の光を受け、淡く輝いている。

 整えられた街路。

 清潔な外壁。

 魔導ラインが、道の両端でかすかに青白く光っていた。


 美しい。


 ――息苦しい。


 その均質さが、どこか不自然に胸に残る。


 やがて馬車は、中央大通り――光道へと入る。

 幅広の道の先に、王城が見えた。

 白と光で築かれた威容。

 近づくにつれ、胸の奥に、静かな重さが沈んでいく。


 やがて、王城ルミナス・パレスの全容が、朝靄の向こうに姿を現した。

 白銀に近い純白の大理石で築かれた巨大な城郭。

 朝の光を受け、その外壁は淡く、しかし冷ややかに輝いている。

 城壁は高く、滑らかで、影が入り込む余地すらない。

 装飾は最小限。美しさはあるが、温もりはない。

 外壁には、光属性の魔力線が幾何学模様のように走っていた。

 昼のそれは控えめだが、確かに存在を主張し、夜には星の列のように発光すると聞く。

 天空へ向かって伸びる六つの塔が、均等な間隔で配置されている。


 祈りのための建築ではない。


 ――理と秩序を天に示すための構造物だった。


 正門が近づく。

 白銀の双扉には、光の紋章が深く刻まれていた。

 扉の継ぎ目からは、柔らかな光が、呼吸するように漏れ出している。

 門兵は声を発することなく、視線と動作だけで通過を許可する。

 その無言の所作が、この城の本質を雄弁に語っていた。


 ――ここは、牢獄のようだ。


 馬車が門前で減速する。

 リアンの胸の奥に、理由のない重さが沈んだ。

 懐かしさではない。

 だが、確かに知っている空気だった。


 王宮の正門前で、馬車は止まった。

 先に立っていたのは、レイヴンだった。

 淡い金の髪が、朝の空気の中でわずかに揺れる。

 表情は変わらない。

 だが、その視線は確かにリアンを捉えていた。


「来たな」


 短い言葉。

 それ以上でも、それ以下でもない。


 王宮内は、外の光景とは対照的に静まり返っている。

 高い天井。

 白い回廊。

 均一な明るさを保つ光魔石の灯り。

 音が反響しないよう計算された空間が、歩くたびに足音を吸い込んでいく。


 案内されたのは、一般に開放されている図書塔だった。

 高く積み上げられた書棚。

 整然と並ぶ背表紙。

 だが――

 ページをめくっても、探している名は出てこない。

 触れてはならないもののように、そこだけが抜け落ちていた。


「……見事に何もないな」


 クラウスの声が、低く落ちる。


 レイヴンは答えず、しばらく棚を眺めていたが、やがて静かに口を開いた。


「ここにはないな。やはり、封印区画の最奥――王家封蔵庫ならあるとは思うが」


 その名が出た瞬間、空気がわずかに冷える。


「だが、俺は行かない」


 即断だった。


「……そこは、踏み込めば終わる」


 ――戻れなくなる。


 クラウスが、ちらりとリアンを見る。

 そして、レイヴンに向き直る。


「……来なくていい」


 わずかに笑う。


「お前が来たら、止める側になるだろ」


 クラウスは、わずかに視線を落としたまま、そして、続けた。


「光の転移魔法で、俺たちを飛ばしてくれ。それだけでいい」


 レイヴンの眉が、わずかに動いた。

 躊躇。

 そして、諦めに近い溜息。


「……無茶を言う」


 わずかな沈黙ののち、レイヴンは小さく息を吐き、二人から半歩、距離を取る。

 淡い金の髪が揺れ、青い瞳が静かに細められた。


 白い光が、彼の足元から静かに滲み出す。

 魔法陣は描かれない。

 詠唱もない。

 ただ、光そのものが意志を持つかのように、空間を満たしていく。


「動くな」


 低い声だった。

 その一言で、空気が止まる。


 次の瞬間、光は一気に濃度を増し、

 リアンとクラウスの輪郭を溶かすように包み込んだ。



 光が、視界を満たした。

 転移は一瞬だった。

 次の瞬間、足裏に伝わったのは、冷え切った白石の感触。


 音が、ない。


 ――違う。


 消えている。

 足音も、衣擦れも、呼吸の反響さえも、どこかに吸い込まれている。


 ――王家封蔵庫。


 自然光は一切届かず、

 弱い魔力灯だけが、石壁に穿たれた壁龕へきがんをぼんやりと照らしていた。


 一冊ずつ、隔離されるように納められた文献。

 背表紙に題名はない。

 刻まれているのは、王家の紋章だけだ。

 それらは、語ることを拒むかのように沈黙していた。


 手に取った書を開くたび、

 胸の奥に、何かだけが残る。


 精霊国との契約。

 記録から削除された条文。

 犠牲と引き換えに成立した均衡。


 どれも、初めて見るはずの記録だった。

 どの文書にも、ある一点だけが触れられていない。


「……光の器の記述だけ、抜けてるな」


 低く呟いたクラウスの声が、静寂に沈んだ。


 リアンは答えない。

 無言のまま、次の壁龕へ手を伸ばす。

 そこで、指が止まった。


 ひときわ古い一冊。

 黒ずんだ紙。

 革表紙は擦り切れて所々破れている。

 それでも――

 その書だけが、異様な重みを放っていた。

 頁を開く。

 薄れかけた文字が、ゆっくりと視界に滲む。

 記されていたのは、簡潔な一文。


 精霊国ルミナシア、退位した王。

 獣人国ミストフォルン――迷いの森にて、生存を確認。


 それ以上の記述はない。

 だが、頁の端に、かろうじて残された補遺があった。


 ――その治世において、精霊国ルミナシアは理のみで全てを裁く国ではなかった。


 精霊たちは、喜び、怒り、哀しみ、そして愛を不安定な揺らぎとしてではなく、生の証として抱いていた。

 王はそれを統べる支配者ではなく、感情と世界の均衡を見守る、ただ一つの支点であった。


 当時の精霊国ルミナシアは、アストラル王国とも、獣人国ミストフォルンとも、対立ではなく、調和によって結ばれていたと記されている。


 息が、わずかに詰まる。


 退位した精霊国ルミナシアの王。

 もし、その人物に会うことができたなら。


 ――光の器について、何か知っているかもしれない。


 ――それだけでいい。


 記録から消されている以上、

 王宮にも残っていない以上、

 知っている可能性があるとすれば――

 あの時代を生きていた者だけだ。


 ティアラの母を、救うための手がかり。

 その可能性が、ここにある。


 それだけで、十分な理由だった。


 ――そうであるはずなのに。


 胸の奥に、わずかな引っかかりが残る。


 ――それだけだろうか。


 利用できる可能性。

 それ以上の何かが、この存在にはある。


 言葉にはならない。


 それでも、はっきりしている。


 ――この王に、会わなければならない。


 その時だった。

 空気が、わずかに歪む。

 クラウスの胸の奥を、鋭い感覚が貫いた。


 「……アルシェ家の結界に」


 クラウスが、弾かれたように顔を上げる。


「亀裂が入った――」


 一瞬、言葉が切れる。


「……まずい」


 言葉が終わるより早く、二人は顔を上げ、視線を交わした。


 確認は、それだけで十分だった。


 二人は即座に踵を返した。

 だが――

 一歩、踏み出した瞬間。

 出口が、消えた。


 ――そこにあったはずの空間ごと。


 部屋全体が、光に閉じられる。

 見えない圧が、静かに強まっていく。


 遠くで、アルシェ家の結界が軋む気配がした。

 その亀裂は、確実に深くなっている。

 ここに閉じ込められている間にも。



 そろそろ、だ。

 レイヴンは歩みを止め、感覚を澄ませた。

 王家封蔵庫に残した二人の気配は、まだ安定している。

 時間も、十分に与えたはずだった。

 調査は、終わった頃だろう。

 彼は迷いなく術式を組む。

 転移魔法。

 封蔵庫内部と、ここを結ぶための、いつもの光。


 ――だが。


 術式が、繋がらない。

 光が、行き先を見失ったように散った。

 レイヴンは、眉をわずかに寄せる。

 再度、詠唱を短く区切り、精度を上げる。

 それでも、光は封蔵庫の“外縁”で、静かに弾かれた。

 そこで、ようやく気づく。

 王家封蔵庫そのものが、別の光に覆われている。

 重ねられた結界。

 内と外を、完全に断つ構造。


 「……閉じられたか」


 レイヴンは、視線を上げた。

 封蔵庫を包む空間に、微かな圧が走っている。

 それは防衛でも、警告でもない。

 「閉じる」ための光。

 レイヴンはその場を動かず、意識だけを封蔵庫の外縁へと重ねる。

 視界には何もうつらない。

 だが、感覚の中で、幾重にも重なった光の層が立ち上がった。

 そこへ、自身の光を通そうとした瞬間、明確な拒絶が返ってきた。

 術式を変える。

 解呪。

 上書き。

 だが、結界は一切、揺らがない。

 胸の奥が、静かに冷えていく。

 この構造。

 この精密さ。

 王家の光属性を知り尽くした者の――

 いや。

 王自身の光だ。

 答えは、否定しようもなかった。

 王が、封蔵庫を封じた。

 中にいる者を、出させないために。


 レイヴンは、結界の前で立ち尽くした。

 動けなかったのではない。

 動いても、意味がないと理解してしまった。


 この結界は――越えられない。

 術式の問題ではない。

 権限でも、工夫でも、時間でもない。


 それは――

 同じ光属性でありながら、

 決定的に位相の異なる力だった。


 王家封蔵庫は、いつの間にか、ただの保管庫ではなくなっていた。

 王の光によって閉じられた、逃げ場のない、静かな檻。


 光は、本来、境界をもたない。


 だが今、それは確かに、

 中にいる者を閉じ込めるための光だった。


 ――逃げ場は、もうない。




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敵地なのですから、罠を張るのも自由自在ですね。ラッキーで向こうが何か侮って、ミスってくれていれば、帰れるでしょうか。第三者的には行くなって。と思わせる展開が見事でした。屋敷が心配になりますね。今回もと…
王家宝蔵庫へと入っていくレイヴンとクラウス。 そんな2人の行動を知っていた王家。 そして二人は。 続きも楽しみです°・*:.。.☆
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