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禁忌の第七王子と精霊の少女─その恋は王国の理を覆す─  作者: 七天宮 凛


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第19話 静かな来訪者

 夜の名残が、まだ屋敷に沈んでいる。

 アルシェ家を覆う結界が、わずかに揺れた。

 修復されたばかりのそれが、外から触れられる。

 正規の手順――それでも、空気が張りつめる。


 通された人物を見て、クラウスは小さく息を吐いた。


「……来るとは思っていたが、早いな」


 黒の外套。

 淡い金の髪と、光を宿した蒼い瞳。

 レイヴンだった。


「時間を置く理由がない」


 その視線は、最初からリアンに向いている。


「問題はなかったようだな」


「……ああ」


 それだけで十分だった。

 それ以上は、いらない。


 だが。

 レイヴンの視線が、ゆっくりと動く。


 ――ティアラへ。


 逃げ場が、消える。

 名前は呼ばれない。

 それでも、見られていると分かる。


 ティアラは息を止めたまま、視線を落とした。

 心臓の音だけが、やけに大きい。


 沈黙が、応接間に落ちた。


 誰も言葉を挟まないまま、数拍が過ぎる。

 リアンは、意を決したように口を開く。


「レイヴン。頼みがある」


 リアンの声に、わずかに視線が向く。


「王宮にある記録を調べたい。光の器についてだ」


 空気が、静かに沈む。


 クラウスは口を挟まない。

 軽い話ではないと分かっているからだ。


 レイヴンはすぐには答えなかった。

 わずかに間を置いて、口を開く。


「王宮の図書塔か」


 確認するような声音だった。


「表に出ている文献に、記録が残っていればいいが……」


 そこで、わずかに言葉を切る。


「おそらく簡単に閲覧できる場所にはない」


 静かに断じる。


「禁忌指定の事象は、表の文書庫には置かれない。あるとすれば王宮地下、封印区画――王家封蔵庫だ」


 ティアラが、息を詰める。


「……読めないのか?」


 リアンの問いに、レイヴンは首を横に振る。


「原則、封印区画へ入れるのは王の許可があった者だけだ」


 即答だった。


「仮に許可があっても、開示される保証はない。内容によっては、存在そのものが伏せられている」


 つまり――

 そこに踏み込むこと自体が、危険だということ。


 リアンは、わずかに視線を伏せる。

 

「それでも、行く」


 短く、告げる。

 迷いはない。


 レイヴンは、リアンの顔を静かに見つめた。


「……図書塔までだ」


 低く、釘を刺す。


「封印区画には踏み込むな。そこから先は“調査”じゃなくなる」


 その言葉は警告ではなく、線だった。


 リアンは、わずかに間を置く。

 そして静かに頷く。


「……わかった」


 短い返答だった。

 それ以上は、言わない。

 だが――

 引いたわけでもなかった。


「……ティアラは連れていけない」


 クラウスの声は、静かだった。


「王宮に姿を見せた瞬間、捕縛される可能性があるからな」


 それは事実だった。

 ティアラが口を開きかける。


 ――けれど、言葉にならない。


 分かってしまったから。

 自分を連れていけない理由を。

 唇が閉じる。

 

 その沈黙を、リアンは受け取る。


「俺と、兄さんと、レイヴンで行く」


 そう言ったあと、空気が一度だけ止まった。


「準備は俺が整える。王宮には、表向き別件で入る」


 それだけ言って、レイヴンは口を閉じる。

 それ以上の説明はない。


 だが――

 その裏にある危険は、言葉にせずとも伝わっていた。

 誰も気づかないうちに、すでに何かが動き出しているような気配だけが、静かに残る。


 アルシェ家の回廊は、変わらず静かだった。

 だがその静けさは、守られたものではない。


 ――何かが通り過ぎたあとの、静けさだった。


 いつの間にか、回廊の人影は消えていた。



 王都アストラル。

 謁見室――《アストレアの間》。

 玉座の前に、ユラは跪いていた。


「報告があります」


 声は整っている。乱れはない。


「レイヴン殿下がアルシェ家を訪問。近く、リアン様、クラウス様と共に王宮へ入る動きがあります」


 王の指先が、肘掛けを軽く叩く。


「……好機だな」


 低く、温度のない声。


「精霊の少女は?」


「同行しない見込みです」


 そこまでは、問題ない。

 任務として、正しい報告。


 だが――

 その先が、続かない。


 本来なら、言うべきことがある。

 リアンとクラウスの目的。

 王宮に入ることではない。

 図書塔の先。

 封印区画。

 王家封蔵庫。

 そこへ踏み込む可能性。


 ――言えば、王は動く。


 その結果を、ユラは一瞬で想像する。

 封印区画に踏み込もうとする二人。

 それを阻むために動く王の手。

 そのどちらにも、迷いはない。


 ――想像できてしまう。


 止める者が現れる。

 排除するための手が、迷いなく振るわれる。


 その中に――

 クラウスの姿がある。


 思考が、そこで止まる。

 見たくない。

 何を、とは考えない。

 考えれば、形になる。

 だから、踏み込まない。

 ただ、ひとつだけ分かる。


 その未来だけは、

 受け入れられない。


 それでも。

 その未来だけは、王に渡したくなかった。


「夜織を動かせ」


 命令が落ちる。


「二人が不在になった時を狙い、アルシェ家に残る精霊を――捕縛せよ」


「……承知しました」


 声は揺れない。

 だが、胸の奥にだけ違和感が残る。


 守ったつもりなのか。

 見逃しただけなのか。

 そのどちらかも、まだ分からない。


 ただ一つ確かなのは――

 もし二人が、あの場所に踏み込めば。

 もう、自分には何もできない。


 王宮が動く。

 夜織が動く。

 そして、ユラだけが知っている。


 この歯車は、どこかで――

 すでに、外れている。



 屋敷の灯りが落ち、静けさが深く沈んだ頃。

 リアンの部屋の扉が、控えめに叩かれた。


「……どうぞ」


 開いた扉の向こうに立っていたのは、リリスだった。

 いつもと同じように見える。

 けれど、違う。

 指先が、落ち着かないまま絡まっている。


「リアンお兄様……」


 呼ぶ声が、わずかに揺れた。

 リアンは何も言わず、向かいの椅子を示す。

 だがリリスは首を振り、その場から動かなかった。

 座れない。

 落ち着けない。


「王宮へ行くと、聞きました」


 整えた言葉。

 けれど、その奥が隠しきれていない。


「ティアラを守りたい気持ちは……わかります」


 一度、息を詰める。

 それでも、逃げない。


「でも……」


 言葉が、そこで止まる。

 うまく言えない。

 理由にできるものが、見つからない。

 それでも。


「……なんだか、嫌な感じがするんです」


 小さく、落とす。

 根拠はない。

 説明もできない。

 けれど、確かにある。

 胸の奥に残る、拭えない違和感。

 リアンは、黙ってリリスを見る。


「何かが……うまくいかない気がして」


 言葉にするほど、曖昧になる。

 それでも、止められない。


「……うまく言えないんですけど……」


 視線が揺れる。

 それでも、逸らさない。


「リアンお兄様が……」


 そこまで言って、息が詰まる。

 言葉にしてしまえば、形になる。

 だから、怖い。

 それでも。


「……何も、起きないでほしいです」


 やっと、出た。

 願いでも、命令でもない。

 ただの本音。


 リアンは、ゆっくりと立ち上がる。

 距離を詰める。

 手を伸ばし、リリスの頭に触れた。

 軽く、撫でる。


「留守の間、皆を守ってほしい」


 声が、わずかに柔らぐ。


「リリスがいるから、安心して俺は行けるんだ」


 触れた指先が、そのまま止まる。

 その言葉が、胸の奥に落ちた。

 重さより先に――温度が広がる。

 信じられた、と分かってしまう。


 リリスは、しばらく動けなかった。

 やがて、小さく息を吸い込む。


「……はい」


 頷きは、小さい。

 けれど、迷いはなかった。


 その違和感が、ただの思い過ごしで終わることを。

 リリスは、心の奥で祈ることしかできなかった。








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― 新着の感想 ―
リリスちゃんの健気さがあらわになる場面でしたが、一方で不穏な潜入となりそうな予感も暗示させれる、緊張感の伝わってくる場面でした。激突必至な気もしますが、続きも楽しみであり。今回もとても面白かったです。
リアン達は王宮へと向かい情報を得ようと動き出す。 でもそれを知られていたとは!? ティアラを置いては行くけどこれはやばい気がします! 続きも楽しみです°・*:.。.☆
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