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禁忌の第七王子と精霊の少女─その恋は王国の理を覆す─  作者: 七天宮 凛


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19/87

第18話 帰る場所

 丘を越えた先で、視界がひらけた。

 霧が、低く流れている。

 夜の名残が、地を這っていた。


 その向こうに――あった。


 アルシェ公爵家。

 白亜の屋敷は、静かに佇んでいる。


 見慣れているはずの光景だった。


 リアンは、わずかに目を細める。


 ――帰ってきた。


 胸の奥にあった重さが、ひとつ落ちる。

 それだけで、十分だった。

 足は止めない。


「……戻ってこれた、か」


 クラウスが低く呟く。

 ティアラは胸元に手を当てたまま、息を吐く。


「……ここに、戻ってこれたんだ」


 小さな声だった。

 確かめるように、噛みしめるように。


 リアンは何も言わず、ただ屋敷を見上げる。


 門をくぐり、前庭を進む。

 噴水の水音。

 咲き揃う花々。

 何も起きていない世界のように、穏やかだった。


 玄関前に、人影がある。

 その姿を見た瞬間、

 張り詰めていたものが、静かにほどけた。


「父上……」


 クラウスが一歩前に出る。


 アルバートは一行を見渡した。

 人数、状態――確認は一瞬で終わる。


「無事でよかった」


 短い言葉だった。

 それだけで、場の緊張がほどける。


 ティアラが小さく頭を下げる。


「お世話になります……」


 アルバートは軽く頷く。


「ここにいる間は、我が家の保護下だ。ゆっくり休め」


 その一言で、境界が引かれる。

 リアンは、わずかに肩の力を抜いた。


 ――帰る場所がある。


 その事実だけで、胸の奥が静かに落ち着いていくのを感じていた。


 屋敷の中は、外観以上に静謐だった。

 長い回廊を進み、応接間へ向かう途中、別の足音が近づいてくる。


 「……おかえりなさい」


 柔らかな声とともに現れたのは、白銀の髪を腰まで垂らした獣人の女性だった。


 ミストフォルン王家の血を引く、 アルシェ家の後妻――エルフィナ。


 つい先日までミストフォルン王国に滞在していたはずのその人は、王命による任を終えたばかりだというのに、微笑みを少しも揺らしていない。

 狐耳の先が淡く紫を帯び、同じ色合いの尾がゆるやかに揺れている。


「お母様……!」


 少し遅れて、弾むような声が重なる。


「帰っていたんですね……!」


 リリスはほっとしたように微笑み、狐耳を嬉しそうに揺らした。


「エルフィナ……」


 クラウスの声が、ほんのわずかに和らぐ。


 エルフィナは一行を見渡し、ティアラの姿に目を止めた。

 ほんの一瞬、視線が静かに細められる。

 淡い光の揺らぎ。

 強くはない。

 だが――かすかな既視感があった。

 氷紫の瞳に、警戒や驚きは浮かばない。


「……この子が」


 そう呟いてから、にこりと微笑む。


「長旅でしたでしょう。どうぞ、ゆっくりなさって」


 その自然な態度に、ティアラは目を瞬かせ、そして小さく頭を下げた。


「ありがとうございます……」


 エルフィナはそれ以上何も問わず、使用人に指示を出す。客間の用意、湯と食事の準備――すべてが手慣れていた。


 アルバートは歩きながら、脇腹に手を当てた。

 その仕草に、リアンの足が止まる。


「……まだ、痛むのですか」


 アルバートは一瞬だけ間を置く。


「多少はな」


 それだけを返す。


 弱さも、誇張もない。

 事実だけだった。


 あの傷は、ティアラが塞いだ。

 それでも残る痛みがある。


 だが――

 歩みは止まらない。


 リアンは、何も言わなかった。



 やがて、日が落ちかけた頃。

 アルバートはクラウスとリアン、そしてティアラを連れて、屋敷の奥へと向かった。


 図書塔。


 石造りの塔の内部には、幾重にも重なる書架と螺旋階段が広がっている。灯りは控えめで、古い紙とインクの匂いが空気に沈んでいた。


「ここにあるのは、公にされていない記録も多い」


 アルバートが静かに言う。


「古い文献ほど、意図的に残されたものが多い。扱いには気をつけろ」


 三人は頷いた。

 探すものは決まっている。


 ――光の器。

 

 書架の間を進みながら、アルバートが視線を向ける。


「対象は“光の器”でいいんだな」


「はい」


 短く答えたのはクラウスだった。


「ティアラの母君が、その状態にあります」


 アルバートの目がわずかに細められる。


「詳しく聞こう」

 

 ティアラが口を開く。

 

「母は……精霊王の“光の器”なんです」

 

 迷いはなかった。

 隠す理由もない。

 

「でも、今は意識が戻らなくて……」

 

 視線が落ちる。

 

「眠ってるみたいに見えるけど、違うって分かるんです」

 

 指先に、わずかに力が入る。

 

「だから……その状態が、“光の器”と関係してるのか知りたくて」

 

 アルバートは黙って頷いた。

 

 リアンは何も言わない。

 ただ、視線だけが文献に向いている。

 

 アルバートは書架から一冊を引き抜いた。

 

「なら、ここだな」

 

 古いページが開かれる。

 

「精霊王族に関する禁忌指定の記録……その中に“光の器”の記述がある」

 

 ティアラの呼吸が、わずかに浅くなる。

 

 アルバートが読み上げる。

 

「精霊王族は、自らの意思とは関係なく、“器”を選定する」

 

 ティアラの視線が止まる。

 

「選定は無意識に行われる。対象は適合性の高い個体」

 

「……無意識、で……」

 

 ティアラが小さく呟く。

 

 その言葉の意味は、すでに分かっている。

 リアンに対して、自分が何をしたのか。

 

 アルバートは続ける。

 

「精霊王族本人の意思は介在しない」

 

 ティアラの指先がわずかに震える。

 

 アルバートはページをめくる。

 

「選ばれた“器”は、精霊王族の生命維持の媒体となる」

 

 クラウスの視線が鋭くなる。

 

「過去の記録では――」

 

 さらに読み進める。

 

「精霊王族が死の危険に瀕した際、“器”が身代わりとなり、精霊王族のみが生存した例がある」

 

 ティアラの息が詰まる。

 

 理解は、早かった。

 だからこそ、言葉にならない。

 

「また別の記録では、精霊王族が“器”から生命力を吸収し――器の方が死亡した例も確認されている」


 言葉が落ちる。

 その意味は、十分すぎるほど明確だった。

 

 クラウスの表情が、わずかに険しくなる。

 

「……つまり」

 

 低く、押し出すように言う。

 

「“器”に選ばれた時点で、そいつにとっては碌なものじゃないってことか」

 

 否定は返ってこない。

 それが答えだった。

 クラウスは視線を文献に落としたまま、続ける。


「解除の方法は」


 間を置かずに問う。


「載っていないのですか?」


 アルバートはページを閉じる。


「記述はない」


 短い返答だった。


「条件も、手段も不明だ。少なくとも、この記録には残されていない」


 クラウスの指先が、わずかに強く本を押さえた。

 その視線が、リアンに落ちる。


 ――意味を理解するより先に。


 違う。

 そんなはずがない。

 ティアラが、俺を身代わりにするなんて――


 ……あるはずがない。


 止まる。

 続かない。

 拒んでいるのは、感情だけだ。

 だが。

 書かれている内容は、変わらない。

 何度読み返しても――同じ意味になる。

 逃げ場がない。


「……じゃあ」


 ティアラの声が落ちる。


「母は……」


 その先を言えない。

 クラウスが言う。


「まだ断定はできない」


「例外もある。全部が同じ結果になるとは限らない」


 それでも。

 重さは、消えない。


 リアンは、視線を落とす。


 身代わり。吸収。死。

 文字が並ぶ。

 意味は分かる。

 分かってしまう。


 ――なら。


 結論だけが、先に浮かぶ。

 それでもいい。

 怖さも、躊躇も――後から来る。


 それでも。

 ティアラが生きるなら。

 それでいい。

 それ以外は、選ばない。


 ――最初から、決まっている。



 王都アストラル。

 謁見室――《アストレアの間》。

 白銀と黄金の光が、柱のように天へと伸びている。

 その交差の中心に、玉座はあった。

 強すぎる光に、輪郭が歪む。

 そこに座る存在の表情は、影に沈んで見えない。

 ただ――“視られている”という感覚だけが、空間を満たしていた。

 立っているだけで、膝を折りそうになる。

 抗うという発想そのものが、削ぎ落とされていく。


 ユラは跪いた。


「……報告が遅れました」


 頭を垂れたまま、言葉を落とす。


「対象――リアン様は、依然としてアルシェ家の保護下にあります」


 声は、揺れない。


「精霊は……精霊王族であると判明致しました。

 現在、アルシェ家の保護下にあります」


 ほんのわずかだけ、呼吸が浅くなる。

 この情報は、任務の範囲内だ。

 問題はない。


 ――問題は、その先だ。


 脳裏に、あの場の光景がよぎる。

 リアンが、光を放った瞬間。

 青白い――あの光。

 予言の一節が、重なる。

 光は国を映し、

 青白い光は王家を滅ぼす影となる。


 報告すべきだ。

 それが任務だ。

 だが。

 唇が、わずかに動く。


「……もう一点――」


 言葉が、止まる。

 ここで告げれば、すべてが変わる。

 リアンは、監視対象では済まない。

 処理対象になる。


 ――それでも、言うべきか。


 判断が、一瞬だけ遅れる。


 ユラは、視線を伏せた。


「……以上です」


 それ以上は、続けない。

 光の奥で、王は動かない。


「夜織は動いたか」


 低い声が落ちる。

 ユラの肩が、わずかに強張る。


「……はい」


「当方は、事前に共有を受けておりませんでしたが」


 事実だけを述べる。

 責める響きは、乗せない。


「接触を確認。対象の捕縛を試みたものと推測されます」


 王は否定しない。

 それが答えだった。


「失敗したな」


 感情のない声。


「はい」


 短く返す。


「現状、アルシェ家の防護下にあり、強行は困難と判断します」


 王は、わずかに顎を引いた。


「ならば、手順を変える」


 その一言で、空気が変わる。


「ユラ」


 名を呼ばれる。

 背筋が、自然と伸びる。


「お前は引き続き、第七の監視を行え」


「加えて――」


 わずかな間。


「夜織の隊長として、精霊捕縛に当たれ」


 落ちた言葉が、空気を変える。


 ユラの指先が、わずかに震えた。


 ――精霊捕縛。


 対象は、分かっている。


 逃げ場はない。

 選択肢もない。


「……承知いたしました」


 声は、乱れない。


 だが。

 胸の奥で、何かがきしむ。


 王は、もう何も言わない。

 光だけが、そこにある。


 ユラは頭を下げたまま、目を閉じる。


 報告しなかったこと。

 飲み込んだ事実。

 下された命令。


 どれも、消えない。


 ――それでも。


 従うしかない。

 それが、自分の役目だ。



 湖面に月が浮かぶころ、アルシェ家は静寂に包まれていた。

 月見のテラスには、湖から渡る風が静かに入り込んでいた。

 白い手摺の向こう、月光を映した湖面が、ゆっくりと揺れている。


 その月明かりの中に、ティアラは佇んでいた。

 かすかな光を纏うように、夜の気配と溶け合いながら。


 ティアラは手摺に指をかけたまま、動かない。

 視線だけが、逃げ場を探すみたいに揺れている。

 背後から足音が近づき、そのまま隣で止まった。


 リアンの声が落ちる。


「……眠れないのか」


「うん」


 ティアラは小さく頷いた。

 短い返事だった。


「……本のことが、頭から離れなくて」


 言い切ったあと、続ける言葉が見つからない。

 それでも――


「……ごめん」


 逃げずに、落とした。

 ティアラは俯いたまま、言葉を探す。


「私……リアンを……」


 一度、息を詰める。


「光の器に、した」


 ごまかさない。

 言い訳もしない。

 ただ事実だけを、そこに置く。

 指先が、わずかに震えている。


「選んだつもりなんて、なかった」


「でも……結果は同じ」


 ティアラの声が、わずかに崩れる。


「私が、生きるために……」


 その先は、言えない。


 リアンはすぐには答えなかった。

 湖を見たまま、静かに息を吐く。


 ――身代わり。


 その言葉だけが、残っている。


「……俺は」


 一度、言葉を切る。


「選ばれたとは、思っていない」


 ティアラの肩が揺れる。


「ティアラが、生きようとした結果だ」


 逃げ道にはならない言葉だった。


 ティアラは、何も言えない。


 リアンは一歩だけ距離を詰める。

 触れはしない。


「……背負ったまま行く」


 それ以上は、いらなかった。


 ティアラの呼吸が乱れる。


 分かってしまう。

 逃げられない。

 ひとりでもない。

 どちらも、否定できない。


「……そんなの、ずるい」


 かすかに漏れる。


 責めているわけじゃない。

 逃げ場を失ったことへの、かすかな悲鳴だった。


 リアンは何も言わない。

 それでよかった。

 もう、言葉はいらない。













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異世界ファンタジー 第七王子 王家の闇 貴族社会 王宮陰謀 双子 出生の秘密 精霊 七属性 魔法 能力覚醒 成長物語 シリアス ゆっくり恋愛 純愛
― 新着の感想 ―
ティアラにとっては、生きるだけでも他者を言い方によっては生贄にするかのような。自身の生まれてきた種族の性質が、人間の良識としてはヘビーなので、なかなか読んでいて面白い設定でした。光の器という縁で強制的…
ひとまず、皆無事に帰ってこられてよかった…。 ここまで拝読し、とても静かな物語だなと感じました。 情景描写や心理描写が丁寧で美しく、一つ一つの間というか、行間がとても感じられます。 リアンの静かな強さ…
アルシェ家に戻ってきたリアン達。 ティアラを連れ帰ると母もそしてアルバートも受け入れてくれた。 ティアラのこれからそしてリアンに語られた真実。 果たして!? 続きも楽しみです°・*:.。.☆
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