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第19話 追放宣告 ― 生きる場所を選べ

 追放された者が踏み入る霧の回廊は、けっして、等しい幻を見せる場所ではなかった。

 過去と未来に、強く結びついた者だけが、

 その奥へと引き込まれていく。

 光の道が、閉じた。

 背後で、聖域の輝きが遠ざかる。

 代わりに、白く濃い霧が、音もなく満ちてきた。

 足元は確かにある。

 だが、距離も方向も、感覚としては曖昧だった。

 声を出そうとしても、音は霧に吸われる。

 隣にいるはずの気配さえ、輪郭を失っていく。


 ――拒まれている。


 ここは、迎え入れるための通路ではない。

 裁定を終えた存在を、外へ押し出すための道。

 ティアラは、歩みを止めなかった。

 振り返らない。

 振り返れば、まだ残っているものに縋ってしまうと、

 わかっていたから。

 背中で、淡い光が揺れる。

 結晶翼は形を取らないまま、

 霧と共鳴するように、細かな光粒をこぼしていた。

 霧が、反応する。

 白一色だったはずのそれが、ティアラの周囲だけ、淡い虹を含む。

 存在を、測られている。

 精霊か。

 人間か。

 混血か。

 そして――

 この理の内に、含まれるかどうか。

 霧は、答えを知っている。

 だからこそ、問いは静かだった。


 リアンの足が、わずかに止まる。

 霧が、押し返してくる感触。

 拒絶ではない。

 だが、受け入れてもいない。


 ――異物。


 そう呼ぶほかない感覚が、胸の奥に沈んだ。

 精霊でもない。

 人間でも、完全ではない。

 どこにも属していない感覚だけが、はっきりしていた。

 霧が、わずかに圧を強める。

 視界が、歪む。

 夜の記憶が、滲んだ。

 冷たい床。

 白銀の髪。

 光を宿した瞳が、感情を映さないままこちらを見る。


 ――守れ。


 それは、命令ではなかった。

 かつて口にされることのなかった、悔恨かいこんの形をした圧だった。


 ああ、と理解してしまう。


 その圧もまた、誰かを切り捨てるために生まれたものだと。

 裁く者は違っても、理の形は、よく似ていた。


 リアンは、前を見た。

 霧の向こう。

 かすかに揺れる、ティアラの背。

 一瞬、思考がかすめる。


 ここで離れれば、

 彼女は、もっと迷わずに済むのかもしれない。


 誰かを庇う必要も、

 誰かに引き留められる理由もなく。


 理屈だけを選ぶなら、

 切り離すべき場面だ。


 だが――

 それは、失ったままでいいという意味じゃなかった。


 今は、手を伸ばせない。

 ただ、それだけだ。


 それでも、足は、止まらなかった。


 選ばない。

 あの冷たい判断と、同じ場所には立たない。


 霧が、今度は深く絡みついてくる。

 幻ではない。

 だが、心の奥を撫でるような感触があった。

 ティアラの視界に、聖域が映る。

 光の泉。

 静かに横たわる、母の姿。

 呼びかければ、

 ほんの一瞬、微かに笑ったような気がした。

 それが記憶なのか、

 願いなのかは、わからない。

 胸が、締め付けられる。

 声の調子。

 指先の温度。

 確かに大切だったはずのものが、

 霧に溶けていく。


 ――代償。 


 通過を許された印。

 ティアラは、唇を噛みしめた。

 立ち止まらない。

 失うことと引き換えに、

 それでも前へ進むと決めたのは、自分だ。


 レイヴンの周囲では、霧が静かだった。

 拒まれない。

 だが、寄り添いもしない。

 光と光が、わずかにこすれ合う。

 精霊国の理と、別の場所にある光。

 胸の奥で、何かが削られる感覚。

 感情の輪郭が、また薄くなる。

 悲しみも、恐怖も、

 名前を与えられないまま、遠ざかる。

 その代わりに、

 ひとつの理解だけが残った。


 ――この国は、変わらない。


 だからこそ、彼女は、ここにいてはいけない。

 霧が、唐突に薄れた。

 冷たい空気が、肌を打つ。

 振り返れば、

 白い回廊は、すでに閉じている。

 境界の外。

 精霊国は、もう背後にない。

 それでも、

 完全に断ち切られたわけではなかった。

 見られている。

 記録された。

 次に踏み入れば、

 同じ裁定は、与えられない。

 監視対象として、

 常に視線の中に置かれる。


 ティアラは、深く息を吸った。

 胸の奥に、ぽっかりとした欠落がある。

 それでも、足は地に着いている。

 生きている。

 リアンが、隣に立つ。

 その気配があるだけで、足元が、わずかに現実に戻った。

 言葉はない。

 けれど、その距離が、答えだった。


 もう、戻れない。

 精霊国にも。

 あの理にも。


 それでいいと、初めて、はっきり思えた。

 選ばされたのではない。

 選んだのだ。

 拒まれ、裁かれ、

 それでも残った道を。

 ティアラは、前を向く。

 霧の向こうには、

 まだ見えない未来がある。

 母を取り戻すために。

 生きていていいと、自分で言うために。

 彼女は、歩き出した。

 追放された存在として。

 そして――

 自分の意思で、境界を越えた者として。


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