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第17話 聖域 ― 封印された母の場所

 白銀の森を抜けた先で、空気の質が変わった。

 冷たいのではない。

 澄んでもいない。

 ただ、重い。

 音が吸い取られるような静寂の中、淡い光の道が一本、前方へと伸びている。

 道の両脇には、白い石柱。

 精霊の文字が刻まれているが、意味を伝えるためのものではなかった。

 ここが聖域であると、理そのものが主張している。


 ――踏み込む資格があるか。


 そう問われているような圧迫感。

 ティアラは、無意識に足を止めた。

 胸奥の精霊核が、かすかに疼く。

 懐かしさと、拒絶が混じった感覚。


「……ここ」


 声は、思ったよりも静かだった。


「お母さんが、いる」


 誰も問い返さない。

 答えを必要とする空気ではなかった。

 聖域の中心には、泉があった。

 水面は揺れず、鏡のように光を映している。

 その奥――

 白い光の膜に包まれた台座の上で、一人の女性が横たわっていた。

 淡い銀白の髪が、台座の縁に沿って静かに流れている。

 月光を落としたような色合いは、ティアラの髪よりわずかに深く、落ち着いていた。

 腰に届く長さの髪は、緩やかに波打ち、眠りの中でも乱れはない。

 閉じられた瞼の下には、薄い金を溶かしたような淡い琥珀の瞳があるはずだった。

 強く輝くことのない、潤んだ静けさを宿す眼差し。

 眠っている。

 だが、それは自然な眠りではない。

 呼吸は浅く、時間の流れから切り離されたような静止。

 ティアラの喉が、小さく鳴った。

 そこに横たわる姿を見た瞬間、胸の奥で、長いあいだ封じられていた何かが、静かにほどけた。


「……お母さん」


 駆け寄ろうとした、その瞬間。

 見えない壁が、彼女を遮った。

 触れられない。

 近づけない。

 聖域は、許可なく踏み込める場所ではなかった。

 リアンは、その光景を見つめながら、拳を握った。 


(生きている。だが、奪われている)


 殺されていない。

 だが、自由も、時間も、意思も――

 すべてを封じられている。

 それが“慈悲”と呼ばれるものなら、あまりにも冷たい。


 レイヴンは、泉と結界を一瞥しただけで、状況を理解していた。

 これは拘束ではない。

 処刑でもない。

 均衡のための隔離。

 存在を消さない代わりに、世界から切り離す選択。

 感情が介在しないからこそ、残酷だった。


 リリスが、そっとティアラの袖を掴む。

 その指先が、わずかに震えた。


 ――同じように、誰かを奪われる未来が、脳裏をよぎったからだ。


「……眠って、いるだけ?」


 ティアラは、首を振った。


 「違う……」


 視線を逸らさず、言葉を探す。


「ここに“置かれている”。……殺されなかった、その代わりに」


 誰かの判断だ。

 誰かの許可だ。

 そして――

 誰かの命令。

 そのとき、空気がわずかに揺れた。

 泉の水面に、光の輪が広がる。

 精霊文字が浮かび上がり、淡く脈動する。

 警告ではない。

 だが、歓迎でもない。

 聖域が、“侵入”を認識した合図だった。

 遠くで、低い音が鳴る。

 鐘にも似た、振動。

 精霊宮の中枢へと伝わる、静かな警報。


 ――聖域まで、踏み込まれたか。


 その声は、まだ届かない。

 だがその事実は、確実に、理の中へと刻まれていた。


 ティアラは、結界越しに母を見つめたまま、動かなかった。

 涙は落ちない。

 叫びもしない。

 ただ、唇を引き結び、そこに立っている。

 守られていた子供ではなく、裁かれることを知った存在として。


 リアンは、一歩前に出た。

 結界に触れることはしない。

 だが、その背中に、迷いはなかった。


(ここまで来た以上、戻る道はない)


 選んだのは、ティアラだ。

 そして、自分たちだ。

 精霊国は、説明をしない。

 理解を求めない。

 ただ、理を示し、従うか否かを問うだけ。

 聖域の光が、わずかに強まる。

 まるで、次の裁定が近いと告げるように。

 侵入そのものよりも――

 拒絶を知りながら踏み込んだ“選択”こそが、理を動   かしていた。

 封じられた母。

 記録された混血。

 拒絶された侵入者たち。

 すべてが揃い、舞台は整った。

 精霊国の中心で、

 静かな断罪は、次の段階へ進もうとしていた。

 誰も、声をかけなかった。

 慰めが、ここでは暴力になると知っていたからだ。



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