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第16話 白銀の森 ― 見えない断罪

 白銀の森は、音を拒んでいた。

 霧が晴れたはずなのに、風は鳴らず、葉擦れもない。

 淡く光る木々が連なり、枝先から落ちる光の粒が、雪のように静かに舞っている。

 美しい――

 だが、どこか間違っている。

 リアンは、無意識に剣へ手を伸ばしかけ、やめた。

 敵意は感じる。

 けれど、それは向けられているものではなかった。

 最初から、そこに在る。

 排除の意志。

 理由を持たない、国そのものの拒絶。

 足を踏み出した瞬間だった。

 空気が、わずかに歪む。

 次いで、白銀の木々の影から――

 音もなく、形が現れた。

 人の姿に近い。

 だが、顔は曖昧で、表情がない。

 背には半透明の羽。

 光の属性を帯びた下位精霊兵だった。

 言葉は、ない。

 警告も、宣告もない。

 ユラは、誰よりも後ろに立ち、全員の背中を等しく視界に収めていた。


 その時、刃のように研ぎ澄まされた精霊力が、空間を切り裂いた。


「――来る!」


 クラウスが短く告げるより早く、衝撃が走る。

 リアンは前に出た。

 反射的に、氷が地面を這い、衝突を受け止める。

 だが、弾いたはずの一撃が――消えない。

 攻撃が、存在そのものに絡みつく。


「……っ」


 これは戦いじゃない。

 倒す相手ではない。

 理による排除だ。

 リリスが結界を張る。

 ユラが影のように動き、クラウスが即座に魔力を重ねる。前に出ようとしたティアラを、視線だけで制した。

 連携は、完璧だった。

 それぞれが、迷いを切り捨てて動ける者たちだった。


 それでも――

 精霊兵は、倒れない。

 砕いても、消しても、

 次の瞬間には、森そのものから“補充”される。

 終わりが、見えない。


「……ここは、そういう場所じゃない」


 ぽつりと、ティアラが呟いた。

 誰に向けた言葉でもない。

 自分に、言い聞かせるような声。

 彼女は、動かなかった。

 逃げようとも、隠れようともせず、ただ立っていた。

 白銀の光が、微かに彼女へと収束している。

 精霊兵の視線が――

 明確に、ティアラへ向いた。

 精霊兵の動きが、わずかに変わった。

 これまで向けられていたのは、排除のための均一な視線だった。

 侵入者を見る目。

 異物を処理するための目。

 だが今――

 ティアラに集まったそれは、違う。

 値踏みするような、測定するような、

 存在を「判断する」ための視線。

 攻撃対象ではなく、

 分類すべき対象を見る目だった。

 白銀の光が、彼女の周囲で淡く揺れる。

 精霊兵の刃が、ほんの一瞬だけ、ためらう。

 否定ではない。

 許可でもない。

 ただ――

 理が、彼女を「選別」し始めた。


 レイヴンは、その変化を見逃さなかった。

 口は開かない。

 否定も、命令も、選択もしない。

 ただ、剣に添えた指先に、わずかに力がこもる。

 それが精霊であろうと、

 王家の光であろうと――

 彼女を選ぶ権利が、誰にもあるとは思えなかった。

 光を帯びた精霊兵と、王家の光を宿す自分。

 そのどちらにも、彼女を委ねないという意志だけが、静かに、そこにあった。


 その変化の意味を、リアンはまだ知らない。

 ただ――何かが、決定的に傾いたことだけは分かった。

 リアンの胸が、冷たく沈む。

 

 標的は、最初から決められていたかのようだった。


 人間だからじゃない。

 侵入者だからでもない。


 ――混血だからだ。


 理の名のもとに、存在を否定される。

 かつて覚えたことのある、冷ややかな判断だった。

 リアンは、歯を噛みしめた。

 胸の奥に蘇る、感情を持たない気配。

 命を数値のように扱う視線。

 何かが、静かに重なっていく。


 「……私は」


 ティアラが、静かに息を吸う。


「ここに、生きていていい存在じゃない」


 それは、諦めではなかった。

 悲嘆でも、自己否定でもない。

 ただ、事実を受け取った声。

 精霊兵が、一斉に踏み込む。

 

 その瞬間――

 ティアラの背に、音もなく光が灯った。

 白でもなく、金でもない。

 朝露に溶けた月光のような、名を持たない輝き。

 空気が、わずかに震える。

 結晶の欠片が生まれ、砕け、また溶ける。

 羽の形を成すには、あまりにも不完全で、

 それでも――

 確かにそこに、“翼になりかけたもの”があった。

 完全には現れない。

 隠そうとしていた血が、意志とは無関係に、光となって滲み出ただけ。

 それは祝福ではなく、宣告だった。


 レイヴンは、その光から目を離さなかった。

 美しいとは思わない。

 救いだとも感じない。

 ただ――王家の光と、精霊国の理が、同時に触れた痕跡だと理解した。

 このまま進めば、彼女はいつか「処分すべき存在」として整理される。

 その未来が、はっきりと見えてしまった。

 ――それでも。

 レイヴンは、視線を逸らさなかった。


 森が、低くざわめく。

 拒絶と、確認。

 排除と、記録。

 精霊国の結界が、淡く脈打つ。

 光樹ルミナ・ツリーへと繋がる深層で、混血の精霊核反応が“事実”として刻まれていく。

 それは報告でも、告知でもない。

 ただ、理が理として処理した結果だった。

 ――精霊王セラフィオンは、まだ知らない。

 だが、国はすでに、この存在を記録していた。


 森が、ざわめく。

 拒絶と、確認。

 排除と、記録。

 精霊国が、混血の存在を“見つけた”瞬間だった。

 リアンは、迷わなかった。

 氷が、白銀の地を覆う。

 精霊兵の進路を強引に断ち切る。


「行くぞ」


 短い命令。

 逃げるためじゃない。

 立ち向かうためでもない。


 ――奪われないためだ。


 背後で、霧の回廊が完全に閉じる音がした。

 もう、戻れない。

 最初から、歓迎されてなどいなかった。

 それでも。

 リアンは、前を向いた。

 理に拒まれた存在として。

 精霊国の中へ、踏み込んでいく。

 白銀の森は、静かに道を変えた。

 導きではない。

 ただ、逃がさないための配置換え。

 見えない断罪が、

 確かに、始まっていた。



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