第16話 止まれない歩み
音を失ったように、霧の回廊は静かだった。
――それでも。
見失わないと、決めている。
白い霧が、道のすべてを覆っている。
だが――迷いはなかった。
ティアラは、歩みを止めない。
振り返らない。
振り返れば、
戻ってしまう。
背で、光がほどけていく。
形になりきらなかったそれは、
翼として定まることもなく、
静かに、崩れていく。
零れた光は、粒となって霧に混じり、
どこへ行くでもなく、
溶けて消えた。
――残らない。
何も、残さない。
リアンは、それを見ていた。
目を逸らさない。
瞬きすら、しない。
――見届ける。
その右隣に、リアンが並ぶ。
触れない。
だが、離れない。
反対側。
ティアラの左に、レイヴンが並んでいた。
何も言わない。
何も変わらない。
ただ、同じ歩幅で進む。
三人が先頭に立つ。
後ろを、クラウスとリリスが追い、
さらに後方で、ユラが距離を保っていた。
誰も、振り返らない。
誰も、立ち止まらない。
ただ――
同じ方向へ、歩き続ける。
リアンは、隣を歩くティアラを見た。
その横顔は、静かだった。
張り詰めていたものが、
わずかにほどけている。
ティアラは、何も言わない。
ただ、前を見ている。
来たとき、その背には不安が揺れていた。
だが今は違う。
母を救う道を見つけて戻るという、
確かな意志だけが残っている。
――進むと、決めた顔だ。
それでいい。
そう思ったはずだった。
――違う。
どこかが、噛み合っていない。
胸の奥に、消えないものが残っている。
形にはならない。
だが、消えない。
リアンは、視線を前へ戻す。
後方で、リリスは歩き続けていた。
足取りは乱れていない。
それでも、
視線は一度も逸れない。
――逸らせない。
ただ一つ。
リアンの背だけを、見ている。
その横で、クラウスが肩を回す。
何も言わない。
だが、指先だけがわずかに強く握られていた。
歩調は、わずかにリリスに合っている。
最後尾で、ユラが歩く。
霧の中、
前にあるのは、クラウスの背中。
見失わないように――
ただ、それだけを意識していた。
やがて。
霧の濃さが、わずかに変わる。
足元に、確かな感触が戻る。
冷たい空気が、肌を打つ。
霧が、薄れる。
視界が、ゆっくりと開けていく。
空気が変わる。
夜の森だった。
淡い月明かりが、
木々の隙間から落ちている。
風が揺れるたび、
葉擦れの音が静かに広がった。
霧に閉ざされていた世界とは違う。
色も、音も、確かにそこにある。
背後には、まだ霧が在る。
境界のように、
森の奥へと横たわっている。
だが――
誰も、振り返らない。
ティアラが、わずかに息を吐く。
その足は、止まらない。
リアンもまた、何も言わずに歩き続ける。
その後ろで、
リリスたちも同じように。
ただ、前へ。
誰も、止まらない。
――止まれなかった。




