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第12話 霧の回廊

「……なぜ、ここにいる」


 リアンの低い声だった。

 警戒を含んだままの。

 低い問い。


 レイヴンは答えない。

 ただ、ゆっくりと視線を動かす。


 リアンの後ろへ――

 ティアラへ。

 まっすぐに、見据える。


「……なぜ、彼女だけが気になるのか」


 その言葉に、

 ティアラの呼吸が、わずかに止まった。


 一瞬の静けさ。


「それを、確かめに来た」

 

 理由としては、あまりにも曖昧で――

 説明にもなっていない。

 だが。

 レイヴンは、もう視線を外していた。

 霧の奥へと向けられる。

 そして――

 何の躊躇もなく、歩き出した。

 霧の中へ、静かに踏み込む。

 その背が、ゆっくりと白に溶けていく。

 足を止めることなく、そのまま奥へと進んでいった。


 リアンは、わずかに目を細める。

 視線が、隣へ向く。

 ティアラは、すでに前を見ていた。

 霧の奥へ。

 その瞳に、迷いはない。

 ティアラは、足を止めなかった。

 そのまま――

 一歩、踏み込む。

 霧が、わずかに揺れた。


 リアンも、迷わずその隣に並ぶ。

 前を行くレイヴンは、歩調を緩めた。

 振り返ることはない。

 そのまま速度を落としながら――ティアラの横へと並ぶ。

 リアンの反対側。

 無言のまま、同じ速度で歩き出した。


 その後ろに、リリス。

 視線は、リアンの背へと向けられていた。

 さらにその後ろに、クラウス。

 最後尾に、ユラが続く。

 誰も、言葉を発さない。


 ただ、前へ。

 空気が重い。

 音が、遠い。

 足音よりも先に、どこかで葉擦れだけが遅れて届く。

 距離も、方向も、曖昧になる。

 だが――

 足は、止めない。


 ティアラは、迷わず進む。

 その隣で、リアンは歩調を合わせていた。


 ――速いな。


 焦りが、歩みに出ている。

 わずかに前へ出ようとする足を、無理に抑えてはいない。

 だが――

 止める理由はなかった。


 リアンは、わずかに歩幅を合わせる。

 離れないように。

 同じ速度で、並び続けた。


 レイヴンもまた、同じ速度で歩いていた。

 霧に惑う様子はない。

 ただ、歩いている。

 それだけだった。


 霧の中で、列は静かに進む。

 だが――

 リリスの足が、ほんの一瞬だけ止まる。

 視線は、前を行くリアンの背に向けられていた。

 その先。

 隣を歩くティアラとの距離が、あまりにも近い。

 肩が触れそうな距離――その近さが、目に焼き付いた。

 胸元で、指先がわずかに強く重なる。

 一瞬だけ。

 その光景から、視線を逸らした。


 足が、止まる。


 リリスの足元の霧の色が、変わった。

 白だったはずのそれが、ゆっくりと黒く沈んでいく。

 次の瞬間。

 そこから、黒い触手が伸びた。

 足首へ――

 絡みつく。


「……っ」


 リリスの声が、詰まる。

 引かれる。

 地面が、沈む。

 踏みしめていたはずの感触が、崩れる。

 足が――沈む。

 膝まで。

 腰まで。

 黒い触手が絡みつき、引きずり込む。


「リリス!」


 クラウスが駆けよる。

 リアンも、即座に反応した。

 ティアラの手を引き、引き返す。

 ユラも無言で駆け寄る。

 レイヴンだけが、遅れて歩みを変えた。

 焦りはない。

 ただ、ゆっくりと向かってくる。


 リリスの身体は、首元まで沈んでいた。

 腕を伸ばそうとする。

 だが――上がらない。

 触手が、下へ引く。

 抗うほど、深く沈んでいく。


「手を出せ!」


 クラウスが叫ぶ。

 リリスの肩が、わずかに震える。

 歯を食いしばり――

 沈みかけた腕を、無理やり引き上げた。

 震える手が、上へ伸びる。

 その手を――

 リアンが掴む。

 同時に、クラウスが。

 ティアラも、ユラも。

 四人で、引く。

 だが、重い。

 沈む力の方が、強い。

 全員で、引き上げようとする。


 四人の足が、その場に留まる。

 足元の霧が、変わる。

 白だったはずのそれが、

 ゆっくりと黒く沈んでいく。

 次の瞬間。

 底から、黒い触手が伸びた。

 絡みつく。

 足首へと――


「……っ」


 リアンの足にも。

 ティアラの足にも。

 ユラの足にも。

 黒が、絡みついていく。

 そのとき。

 クラウスだけが、わずかに横へ踏み出した。

 触手を避けるように。

 次の瞬間――

 足元の黒が、崩れた。

 触手が、音もなく消える。


「……今のは」


 クラウスの視線が、鋭くなる。

 足元の霧を見る。

 絡みついていたはずの黒が、消えている。

 そのまま、もう一歩、横へ踏み出す。

 黒は――現れない。

 リアンたちの足元では、まだ触手が絡みついている。

 クラウスは、歯を食いしばった。


「足、動かせ!」


 鋭い声が飛ぶ。

 リアンたちが、はっとする。

 足を、動かす。

 一歩でもいい。

 前へ――

 その瞬間。

 絡みついていた黒い触手が、崩れた。

 霧が、白へと戻る。

 沈む力が、消える。


「……なるほどな」


 クラウスが、低く呟く。


「止まると来る。動けば消える」


「引け! 動きながらだ!」


 全員が、足を止めないまま引く。

 一歩。

 また一歩。

 前へ進みながら――引き上げる。

 リリスの身体が、少しずつ浮く。

 だが――まだ足りない。

 そのとき。

 遅れて、ひとつの影が踏み込んだ。

 レイヴンだった。

 足を止めないまま、静かに距離を詰める。

 視線は変わらない。

 表情も、揺れない。

 ただ――手を伸ばす。

 リリスの腕を、掴む。

 その瞬間。

 沈んでいた身体が、一気に引き上がった。


 腰が戻る。

 膝が抜ける。

 足が――地面に触れる。

 完全に、引き上げられた。

 だが――誰も止まらない。

 そのまま、前へ。

 歩き出す。

 振り返らない。


「……ありがとう、ございます」


 リリスの声が、かすかに震えた。


 リアンは歩みを緩めないまま、隣のリリスを見る。


「……無事でよかった」


 短く、それだけを告げる。

 リリスの肩が、ほんのわずかに揺れた。

 驚いたように、隣を見上げる。

 すぐ近くに、リアンがいる。

 同じ歩調で、並んで歩いている。

 その事実が、胸の奥に静かに落ちた。

 リリスは、小さく息を呑み――

 こくりと、頷く。


 ティアラが、振り返る。

 そっと、リリスへ視線を向けて――


「……大丈夫?」


 やわらかな声だった。

 リリスは、ほんの小さく頷いた。

 

 だが――

 足は止めない。

 リアンも、振り返らない。

 ただ、前を見る。

 ティアラの背が、そこにある。


 やがて、霧の濃さが、わずかに変わる。

 白が薄れ、世界に輪郭が戻り始める。

 足元の感触が、確かなものへと変わる。

 そのまま、歩みを止めずに踏み出す。

 霧が、ゆっくりとほどけていく。

 視界が開けた先には――白銀の森。

 淡く光を受けた木々が、静かに揺れている。

 澄んだ空気が、わずかに肌を撫でた。


 空気が変わる。


 ――そして。

 

 結界が、強く脈動した。

 精霊たちの気配が、一斉に立ち上がる。

 無言の圧。

 歓迎は、ない。

 ただ、排除の意志だけが満ちていた。


「……混血が、戻った」


 どこからともなく、理の囁きが響く。

 ティアラは、胸を押さえた。

 ここは、自分の居場所ではない。

 その事実だけが、はっきりと突きつけられる。


 リアンは、静かに前に出た。



 精霊宮、最奥。

 光樹ルミナ・ツリーの前で、ひとつの影が目を開いた。


「……やはり、通ったか」


 精霊王セラフィオンは、静かに呟く。

 それは嘆きでも、怒りでもない。

 ただ、理に沿った事実確認だった。


「混血は、理の外で生を保っていた。

 王家の血が、外界と結びついた」


 白金の翼が、わずかに揺れる。


「……裁定の時だ」


 その言葉と同時に。

 精霊国は、完全に動き出した。



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― 新着の感想 ―
止まると一気にピンチという仕掛けが気の抜けない状況というのをよく思い知らせてくれる設定だったと思います。それぞれのスタンスや頼りになるならないが如実に見える一幕でもありました。今回もとても面白かったで…
精霊国へ向かう。 そこには審判があったようで。 リアンもティアラも。 精霊国もそんなリアン達の審判を。 さあリアン達はティアラを無事精霊国に届けることができるのか!? 続きも楽しみです°・*:.。.☆
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