第11話 錨となる光
黒い影が一斉に跳躍する。夜織の刃が氷結の魔術陣を切り裂こうと突き進む。
リアンは胸の光をさらに膨らませ、氷刃を空中で連続展開。蒼白の軌跡が影を断つ。
その直後、刃が届くはずの距離で、空気がわずかに歪んだ。
音もなく、影の動きが鈍る。空間そのものが拒絶したかのように、夜織の一撃が失速する。
「ティアラ、離れるな!」
リアンの背後で、クラウスが一歩だけ踏み出していた。
視線は敵陣全体を捉え、無詠唱のまま“形のない防壁”を編み上げている。
彼の存在そのものが、戦場の法則を静かに書き換えていた。
ユラの剣が閃き、飛びかかる夜織を弾き飛ばす。深藍色の髪が風に揺れ、鋭い銀青の瞳が冷徹に敵を見据える。刹那、剣先から火花が散り、床にひびが走る。
「アルバート様、正面を押さえて下さい!」
アルバートの深い青い瞳が冷たく光り、彼の掌から無色の衝撃波が放たれる。
数人の夜織が吹き飛び、空気が裂ける音だけが残った。
その衝撃が仲間に及ぶ前に、クラウスの結界がわずかに収束し、余波を“無”に還す。
リリスの尾が一閃する。白銀の毛並みが月光を反射し、薄紫の結界が亀裂を塞ぐ。九尾化の兆しが背中を刺激する。
ティアラは震えながらも手を組み、指先に水の魔力を集める。
視線は自然と、リアンの背へと向いていた。
無意識のうちに、そこが一番安定する場所だと知ってしまっているかのように。
微かに虹色の紋章が瞳の端に浮かび、淡い水の膜が仲間たちを包む。
「《アクア・サークレット》……!」
前とは違う。
恐怖に縋るような魔力ではなく、戻る場所がある水の流れだった。
水の輪が広がり、氷結と光と融合する防御陣が屋敷の中に形を成す。
その中心に、リアンの存在が“錨”のように据えられている。
リアンは、その感覚に小さく息を詰めた。
守っているはずなのに、皆の魔力の流れが――自分を起点に、揃えられている。
違う。
自分が立ち続けているから、崩れずに済んでいるのだと、身体が先に理解してしまった。
夜織の刃が触れ、波紋が弾けるたび、敵の足が揺らぐ。
しかし、夜織は冷静だった。黒い刃を素早く左右に振り、次々と影を操る。屋敷の壁際で待機していた夜織も合流し、リアンたちを挟み込むように移動する。
「──ならば、力ずくで排除する」
夜織が低く呟き、闇の刃を地面に突き刺すと、影が蠢き、黒い触手のように伸びてきた。
だがその一部が、クラウスの足元で唐突に“消失”する。
魔力の流れが断たれ、影は形を保てず崩れ落ちた。
「くっ!」
リアンが氷刃を突き出し、触手を切り裂く。
その瞬間、胸の奥で、ティアラの鼓動が重なった気がした。
彼女の水の魔力が、迷うことなくこちらへ寄ってくる。
それが安心であると同時に、胸を締めつける感覚を、ティアラ自身も否定できずにいた。
守られているのではなく、預けてしまっている――その事実が、かすかな罪悪感として残る。
氷と光が反射して影を断ち、氷刃はさらに鋭さを増す。
だが次の瞬間、別の影が彼の側面を襲う。
「リアン!」
ティアラの叫びが、胸の奥に直接響く。
光と水の共鳴が短く脈打ち、リアンの魔力が応えるように立ち上がった。
ユラは剣を回転させ、飛びかかる敵を正確に弾き飛ばす。鋭い足さばきで床を蹴り、次の敵に連続攻撃。
アルバートは衝撃波を連続で放ち、屋敷の廊下を奔流で染め上げる。
その軌道を、クラウスがわずかに歪め、味方への干渉を完全に遮断する。
リリスは尾を旋回させ、結界の裂け目を補強する。白銀の髪と尾が月光を反射し、淡い紫の残像が敵を惑わす。
だが夜織は一歩も引かない。冷徹な動きで陣形を維持し、夜織の影がさらに迫る。黒い刃の旋律が屋敷を震わせ、闇の圧力が仲間たちに押し寄せる。
リアンは胸の光を最大限に膨らませ、氷刃を大きく振るう。屋敷の床に青白い光が走り、夜織の足が再び止まる。
「……ここまでか?」
夜織が静かに問いかける。血も恐怖もない声が、逆に凄まじい威圧を放つ。
リアンは氷刃を握り直し、ティアラを守る意志を瞳に宿す。
「──絶対に、渡さない。
ここにいる限り、俺が立ち続ける」
光と氷、水と闇。屋敷の中でぶつかり合う力の奔流は、まだ終わらない。夜は深く、戦いは今、最も激しい波を迎えようとしていた。




