第9話 静寂が砕ける前に
部屋の中、静かな緊張が空気を支配していた。
リアンはティアラの手を握り、微かな光を胸に宿しながら、外の気配に集中する。
その光は、確かに温かい。だが同時に、いつ失われてもおかしくないほど脆くも感じられた。
リリスは耳をぴくりと動かす。屋敷の奥に潜む闇が何なのかは、まだ掴めない。ただ、理由のない不安だけが心の奥底でざわついていた。
クラウスは腕を組み、結界の光に意識を向けていた。
淡く広がる光の膜に、わずかな歪みが走る。見逃せば、その瞬間に崩れる――そんな予感があった。
ユラは部屋の片隅に身を潜める。
誰も知らない夜織の隊長という正体を隠したまま、屋敷全体の気配を探る。目立たず、声も立てず、ただ闇の動きを見据えていた。
外の森の向こうで、風が葉をざわめかせる音が微かに響く。
次の瞬間、その音が不自然に途切れた。
低くうなるような気配が、屋敷を取り囲む。
結界はまだ堅固だ。だが、影はその壁を前に、苛立つように圧を強めていた。
リアンはティアラに、そっと声をかける。
「怖くない。俺たちはここにいる。
この場所が崩れない限り、あいつらは踏み込めない」
ティアラの瞳に微かな紋様が浮かぶ。
力はまだ完全ではない。それでも、その光は屋敷と二人を結ぶ結びとなり、結界に静かに重なった。
その瞬間、影の動きが一瞬、止まる。
アルバートは結界の揺らぎを見つめ、低く告げた。
「結界は長くはもたない。屋敷の者の意思が揺らげば、壁は一気に脆くなる」
クラウスはすぐに印を結び直す。
だが、結界の裂け目は次々に生まれ、補強が追いつかない。
光を重ねるたび、外からの圧がさらに増していく。
部屋の中には、張りつめた沈黙が落ちた。
誰もが言葉を失い、外の闇に意識を集中させる。
ユラもまた、その沈黙に溶け込みながら、影の動きを読み取っていた。
指先がわずかに動きかけ、次の瞬間、ぴたりと止まる。踏み出すには、まだ早い――そう判断するかのように、彼女は再び静止した。
その時、森の奥から低いうなりが響いた。
葉が大きく揺れ、地面がわずかに震える。
影が、屋敷の外周へと一斉に動き出した。
影の襲撃が、静かに、しかし確実に迫っていた。
屋敷の中にいる全員が、その気配を感じ取り、息をひそめる。
嵐の前の静寂の中、月光に照らされた室内の光は、屋敷と彼女を繋ぎ留める、かろうじて折れない支点だった。
ユラは瞳を細め、気配を殺したままその場に留まる。
立ち位置は、あくまで控えめに。
誰にも知られぬまま、闇と相対する準備だけが、静かに整えられていった。
そして、闇が屋敷の外周を押し固め、静かだった夜は、一気に戦場の気配に染まった。




