表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/41

第9話 王の密命

 血の匂いが、まだ消えていなかった。

 青白い光が、屋敷の梁に絡みつく。


 その瞬間だった。

 刃が閃いたのは、アルバートが次の一撃を放とうと踏み込んだ、そのわずか半歩の間だった。


「父上ッ――!」


 夜織の影が背後から滑り込み、その刃がアルバートの脇腹を深く貫いた。


 刃が沈む。

 遅れて、赤が噴いた。


 アルバートの体がよろめき、膝が落ちかけた――が、倒れない。

 彼は咄嗟に魔力で傷口を押さえ込み、その場に踏みとどまる。

 その一瞬で動いたのはクラウスだった。


「父上に――触れるな」


 普段の冷静さなど微塵もない。

 クラウスの眼が赤く血走り、剣に黒雷のような魔力が走る。

 斬撃が空気を裂く。

 夜織二人が横へ弾き飛ばされ、壁へ叩きつけられる。

 同時にリリスの尾が一気に五本まで増えた。

 瞳の紫が濃く輝く。


「お父様を……傷つけた……!」


 声が震え、床が紫光でひび割れる。

 怒りで九尾化寸前――しかしティアラの叫びがその暴走を止めた。


「だめ……リリス……!」


 その声は震えていたが、確かに響いた。

 ――だが次に暴走したのは、ティアラ自身だった。

 夜織たちが再びティアラへ殺到するのを見た瞬間、彼女の瞳に虹色の縁取りが現れ、白金の紋章が一瞬、奥で揺らめいた。

 空気が震える。

 光が制御を失う。

 窓硝子が一斉にひび割れた。


「……こないで……!」


 小さな囁き。

 だが、闇を吹き飛ばすには十分すぎた。

 ティアラの周囲に光の衝撃が波のように広がり、夜織三人が弾き飛ばされる。

 彼女の銀色の髪がふわりと浮き、毛先の紫が光を帯びた。


「ティアラ、抑えて……! その力じゃ――」


 リアンの声が届いた瞬間、ティアラは胸元をぎゅっと押さえ、瞳の発光が弱まった。


「……ごめ……」


 力の余波でその場に崩れかけた少女を、リアンが抱き支えた。


「謝らなくていい。怖かったんだ。

……ここにいる。だから、今はそれでいい」


 胸の光が揺れ、ティアラを包むように落ち着いていく。

 この隙に、残りの影が再編しようとしていた。

 低く、抑えた声が闇の中で響く。


「……さすがは、第七王子」


 その一言で──リアンの動きが止まった。

 息を呑むほど短い沈黙。

 疑問が胸の奥を刺す。


 ――なぜ、その名を。


 胸の奥が、冷えた。

 それは恐怖ではない。

 知らないはずの呼び名が、

 先に“自分を知っている”。


 だが夜織が再び動いた刹那、リアンは迷いを封印した。


「揺らめく水よ……我が影を映し――《水鏡ノ護》!」


 水鏡がアルバートとティアラを包む。

 次の瞬間、クラウスの剣とリリスの尾が交差し、夜織の突撃を弾いた。

 リリスの尾がしなるたび、紫の狐火が闇を焼く。

 クラウスの剣が黒影を裂いた。


「父上に手を出した報い……覚悟しろ!」


 黒装束の集団は、じりじりと距離を取った。

 その奥で、短い合図が交わされる。


「少女は後日、必ず回収する」


 短い沈黙ののち、冷えた視線がリアンを射抜いた。


「……“第七王子”。今は手を出さない。だが――忘れるな」


 黒影は霧のように散り、森へ消えた。

 夜が静けさを取り戻すと同時に、アルバートがふらりと膝をついた。


「父上!」


「……大丈夫だ。かすっただけだ……」


 そう言いながら、血は止まっていない。

 リアンは即座に手をかざした。


「《水鏡ノ護》……!」


 水鏡が傷口を覆い、血の流れだけを静かに押さえ込む。

 ティアラが震える手で彼の肩に触れ、微弱な光を流す。


「ティアラ……? 君の力は……?」


「ちょっとだけ……治せる……みたい……」


 光が淡く脈を打ち、アルバートの苦痛が和らいだ。

 だが、リアンの胸には別の痛みが残っていた。

 夜織の言葉――“第七王子”。

 リアンは静かに口を開く。


「父上。……さっきの言葉は、どういう意味なんですか?」


 一瞬、アルバートの瞳が揺れた。

 隠していた真実に触れられた時の、あの深い影。


「……リアン。お前には、いずれ話す。だが今は……まだ時じゃない」


「俺は、知るべき立場ですよね」


 アルバートは短く息を吐いた。


「王からの命はあった。だが……今は話せん」


 僅かな沈黙。


「だが、それとは別に……俺が背負ったものがある。命令じゃない。選んだ結果だ。王に従ったのは俺だ」


 アルバートの視線が、静かに地へ落ちる。


「リュミエルが命と引き換えに残したものだ」


 その名に、リアンの呼吸が止まる。


 知らないはずの名だった。

 だが、胸の奥がわずかに軋んだ。


 理由は分からない。

 それでも、忘れてはいけない名のように思えた。


 外は、静かだった。

 だがリアンの胸には、消えない冷たい感触が残っている。


 青白い光は、まだ消えていない。


 第七王子。


 知らないはずの呼び名が、

 胸の奥で静かに凍りつく。


 夜は静かだった。


 だが――

 第七王子。

 その呼び名だけが、まだ胸の奥で、凍りついている。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界ファンタジー 第七王子 王家の闇 貴族社会 王宮陰謀 双子 出生の秘密 精霊 七属性 魔法 能力覚醒 成長物語 シリアス ゆっくり恋愛 純愛
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ