十一 善悪
「ロシア文学ではないが、百の善行のためになされた一の悪行は悪か否か」
「そりゃ、悪行は悪だろ」
嘉喜の戯れ言を一蹴すると、部屋の反対側から笑い声が飛んできた。
「不可知論ここに極まれり」
ナガミは呵々大笑しているが、不可知論ってそんな意味だったっけ。
「中学の頃、授業でこんな話があったんだよ」
まぁ何はともあれ、振られた話は広げなければいけない。
「昔の話だ。簡単に要約すると、これ以上は生きるのが苦痛だから殺してくれ、と兄が弟に頼んだ。兄が頼んだのか弟が頼んだのかうろ覚えだが、それはどうでもいい」
同級生のナガミは思い当たる節があったらしく、「あぁ」と頷いた。嘉喜は昔のことだったからか「ふむ……」と少し考え込んでいたが、すぐに考えることをやめたらしい。
「そして弟が兄を殺したところへ、近くの住人が訪問してきてしまう。住人は弟が兄を殺した現場をしっかり見ていて、弟はお縄になって島流しというオチのお話」
よくある話だな、と嘉喜は笑う。教科書に載っているような話だから、在り来りで当然だろう。
「さて、そこで教師は言った。『この弟は有罪か、それとも無罪か』と」
予想した通り、思考回路が腐ってやがる二人は大いに笑った。
「さっきの話はこれと同じだ。物語は司法が弟に有罪判決を出し、島流しにしたところで終わる。それなのに『有罪か無罪か』なんて、問うまでもない」
大笑いする二人に吐き捨ててから、最大限の悪意を込めて続ける。
「それで、なんだって? 『一の悪行は悪か否か』だったか?」
いつも他人を冷笑している嘉喜に仕返ししてやる。言葉尻を捉えられて笑われる不愉快さを味わうがいい。
「いや、面白い話だ」
しかし、嘉喜は嫌がる素振りも見せずにうむうむと頷く。
「どれほど善行を積み上げようと、悪は悪か。では悪を隠していたらどうだろう? 人々はその者を聖人に最も近い善人だと思うだろうか。それとも、悪の上に築かれた善は悪の色が透けて見えるだろうか」
そんな言葉を聞いて、ようやく理解する。この男は真摯に問うていたのだ。俺にではなく、自らに。
「だが、人々は善を享受する。それが悪の上に築かれていると知っていたとしても、やはり善の上に座るだろう」
独り言を漏らし始めた嘉喜を一瞥し、ナガミに目を向ける。ナガミもこちらを見ていた。
「悪とはなんだと思う?」
そして問うた。
悪とは何か。答えなどいくらでもある。こういう問いの面倒臭いところは、用意された答えを導き出さなければ正解にならないということだ。
「悪の上に築かれた善の上に座る。……となれば、悪は犠牲だ」
しかし、答えはすらすらと出てきた。
「善は平和や幸福。犠牲、すなわち戦争や人の不幸によって成り立っていると理解していながら、人々は平和や幸福の上に座り込んで駄弁ったりするわけか」
その平和や幸福を成り立たせる行為は、善か悪か。
「さて、唯野」
ナガミはにやりと笑う。
「一の悪行は悪なのか、それとも善なのか。答えは出せたかい?」
九十九人にとって、それは善だ。平和と幸福を築く、偉大な者だろう。
残る一人にとっては、この上ない悪だ。理不尽に虐げる、悪逆の者だろう。
「では、唯野」
もうその目を見る気にはなれなかった。
しかし、耳は言葉を拾い、頭に届ける。
「貴様にとって、それは善か? それとも悪か?」
俺は悪を享受し笑う外道か、悪に虐げられる弱者か。
世界が犠牲の上に成り立っていることは知っている。世界はゼロサムだとまで言う者がいた。現代を牽引するインターネットは戦争の産物であり、核や武装勢力の存在が合理主義者たちを結託させる。
いや、もっと小さな話でもいい。
日頃のストレスや不快だという感情を吐き出すために、人は人を虐げる。一人が損をするか、全員が損をするか。簡単な問題だ。
世界に聖人はいるだろうか。弱者を救い出し、外道を払い除け、諸悪の根源を排除しようとする聖人はいるだろうか。
いるかもしれないが、少なくとも俺ではない。俺は利他主義者になどなれやしない。
「ならば、なぁ、唯野」
その声を聞きたくはなかった。
「一人の犠牲者が悪を容認したなら、貴様は百の善行をなせるか?」




