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論者の夢想論議  作者: 飯島鈴
第四部(仮題)
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五 一日

「ねぇ、唯野」

 ねっとりと、しかしさらりとした声が鳴る。

「唯野はさ、一日のうちで、いつが一番楽しい?」

 続く言葉は唐突で、その裏を読みたくなってしまう。かといって、読もうとして読めるものでもない。

「トガミは、いつが楽しいんだ?」

 仕方なく、望んでいるであろう答えを吐いておく。

 だがトガミは残念そうに微笑んだ。どうやら、真剣に答えることを望まれていたらしい。

「僕は朝かな。あぁ、朝って言っても少し遅いくらいで、これから唯野に会える、って時」

 こいつはそれを言いたかっただけなんじゃないだろうか。そうも思ったが、先ほどの残念そうな微笑が嘘とも思えない。

 ……結局、俺はその問いについて一日考え続けることになってしまった。


「難しい問いアルな」

 メイリンはにやりと笑う。

「何時間か前アル」

 その笑みが示す通り、答えはとうの昔に出ていたようだった。

「前? 前ってことは、今は楽しくないってことか?」

 それは残念だな、と声を漏らす。俺としては身内が楽しくなるような家庭を目指していたのだが、やはり俺一人の独善で終わっていたか、と。

「いいや、今も楽しいアルよ? でも、昔はもっと楽しいアル」

 嫌なことは忘れられるアルよ、とメイリンはネタばらしするかのように笑って、それきり顔を逸してしまった。よく分からない子だが、今が楽しいなら、それでいいのだろう。


 少女は、ううむ……と唸り声を上げる。

「僕が思うに、一番楽しいのは一日の終わり、寝る寸前だろう」

 少女っぽさを拭えないシキは嫌味に笑う。

「聞きたくはないが、それはどうして?」

 問うてみると、笑みが一層可愛らしく、そして憎たらしくなっていく。

「ようやく一日が終わるんだ。退屈で、面倒で、損しかない一日がようやく終わる。その瞬間が楽しくないわけもないだろう?」

 聞いておいてなんだが、このシキという少女、どこまで囚われているのだろうか。いっそ救い出してやりたいものの、その『救う』という認識自体が間違っていると分かっているがために、何もできずにいる。

「あぁでも、今はそうじゃないかもしれない。唯野君のことは好きだからね。一緒にいて楽しい」

 それは嬉しいな、とスルーして、席を立つ。今日も年長者の奢りである。

 次は誰にしようか、なんて考えながら窓の外を見やると、その女を見つけた。


「ふむ、いつが一番楽しいか、か」

 最初に問うてきた厄介者の姉、ナガミは顎に手を当てて悩み始める。

「難しい問いだな」

 場を繋ぐために半ば無意識で呟かれた言葉に、危うく意味のない返答をしそうになる。そう考え込む話でもないだろうに。

「夜、だろうか」

 ナガミは難問を解いて清々しそうな顔で答えた。

「慌ただしい朝に、暇をしない昼、それは楽しいだろう。だが、それを終えてゆっくりとする夜こそ、最も楽しい瞬間ではないだろうか」

 そんな小難しい言い方をする必要もないのだが、まぁ変人たちにそれを言うのは馬鹿のすることだ。

「姉弟で反対の答えになるのも、面白いな」

 言うと、「そうか?」とナガミは首を傾げる。

「なかなか両極に寄った二人だと思っていたが」

「まぁ、それもそうか」

 小さく笑って、俺はまた足を運ぶ。どこに行けば、会えるだろうか。


 図書館の中は本の匂いに溢れていた。

 本屋や図書館に入るとトイレに行きたくなる現象にも名前があったはずだが、思い出せないし正直どうでもいい。

 問題は彼女らがここにいるか、なのだが……。

「問題なし、と」

 どうやら俺の呟きが聞こえてしまったらしい。

「どうしたんですか?」

「ムーチー教に――」

「面会だけで結構」

 図書館に姉妹で来る。微笑ましい光景である。

「単刀直入に質問させてもらいますね」

 ユウカに合わせて敬語で口を開く。クミはまぁ、どうでもいい。

「一日の中で、いつが一番楽しいですか?」

 二人は顔を見合わせ、何事かささやき合う。それからこちらを向いて、にこりと笑った。

「決まってるじゃないですか」

「えぇ、決まってます」

 クミが笑い、ユウカが笑う。

「唯野さんと一緒にいる時です」

「ムーチー様と一緒にいる時です」

 この姉妹は似ている。いや、クミがユウカを真似たのだろうか。

 ともかく、これで残るは一人となった。


 ケタケタとした笑い声が、さして広くはない部屋に響く。

「分かりきった話をしないでくれよ」

 言葉とは裏腹に、あまりに楽しそうでいて、あまりに不愉快そうな表情を嘉喜は浮かべる。

「起きた瞬間さ」

 再度問うまでもなく、嘉喜は答えた。

「地獄のような一日を知らず、微睡みに包まれている瞬間。それ以上に楽しい時はない」

 嘉喜の死んだ目が、死んだままに笑った。

 この男が何を知っているのか。何を見て、何を感じ、何を思ってきたのか、俺は知らない。

 しかし、何故だろうか。

「お前は、いつが楽しい?」

 膝の上で座る猫を撫でる手だけがあまりに優しげで、いびつに思えた。


「それで、答えは出た?」

 トガミは覗き込むように問うてくる。

「あぁ、出た」

 問うまでもなかったのかもしれない。問いの意味を理解すれば、いとも容易く答えは出た。

「今だよ」

 そう、今だ。

「どうして?」

 トガミはおずおずと問うた。

「簡単じゃないか。一瞬前まで、俺は『今』を知らなかった。その今を知ることができる今は、一瞬前よりずっと楽しい」

 それぞれが自らに問い、答えを出してきた。

 その答えが皆同じはずもなく、正解もないの。

 しかし、それを問うた時、人は一歩だけ前へと進めるのではないだろうか。

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