四 神とは
にっぱりと笑顔の華が咲く。
その笑顔は俺に向けられているのだが、その事実を否定したくなるほどに薄ら寒い。作られた笑顔の裏に、どれだけの熱情がこもっているか知っているからだ。
「唯野?」
笑顔の主、トガミが口を開いた。あまりに晴れ晴れとしていて、あまりに曇っている笑顔。急ごしらえの理性で抑え込まれた本能。その本能からわき出る熱情をそのまま凝縮したような声だった。
「神って、なんだと思う?」
唐突に始まったかのように思える問いは、しかし遅すぎるほどに遅い始まりを告げる。
「世界を作る者。世界を見守る者」
神とはなんぞや。そう問うた者の数は数えきれず、それでも出された答えは数えるほどだろう。
「じゃあ、人がなりたがる神とは?」
すらすらと、原稿を読むかのように続けられる問い。
「世界を作り変える。世界を征服する。世界を壊す」
予定調和などうんざりだと笑ってやると「ファンタジー小説の読みすぎ」と笑みが返ってくる。やはり晴れ渡った曇天のような笑顔だ。
「そういう意地悪な答えはなしで、人が望む神とはなんだと思う?」
意地悪。どちらが意地悪だというのか。
「人々を救う。世界を平和にする。悪役を退治する」
そんな存在だ、と言葉を締める。トガミはうんうんと笑って頷いた。
「そんな誘導尋問の末に言いたかったことは、なんだ?」
俺が言うと、「意地悪な男は嫌われるよ?」といじけるような声が返ってきた。できれば嫌われてほしいし、その言葉が真逆の意味だということも知っている。
「回りくどい男も嫌われる。言っておくが俺は正直者だ」
今日は晴れているね。星も綺麗だね。そんな言葉では伝わらない。それすら分からない男は嫌われる。
「それなら、単刀直入に言うよ?」
トガミは笑う。心からの笑みだった。
「僕が夢見た神は、どんな神だったのか。改めて考えてみると、答えは出なかった」
人々を管理する超越者。
世界を見守る傍観者。
それから……。
トガミはいくつもの神を挙げてみせ、その全てを否定した。
「どれも口先だけの神だった」
理由は単純だった。何かの目的や理由があって存在する神ではない。神がいる前提で存在するための目的や理由をでっち上げたのだ。
だから、トガミは嘘っぱちだと言う。
「人々を管理する神。世界を見守る神。それ自体は否定しない」
でも、とトガミは苦々しい笑みを浮かべる。
「それは目的や理由があってはじめて存在する神でなければいけない」
結婚したいがために男を探すのは間違っているよね、とトガミは微笑んでみせる。お前が探すべきは男ではなく女だと思い出せ、変態。
「それで、トガミはどんな神を夢見る?」
先んじて問うと、トガミはすねるように口を尖らせる。言っておくが可愛くなどないからな。
「それを唯野と一緒に考えたいんだよ」
そう言って手を差し伸べる姿は、悲しいかな絵になる。
「どうして、俺と?」
これも、トガミに言わせれば『意地悪な質問』なのだろう。
「人神論はね、一生を費やすほどの難題なんだよ」
重苦しさすら抱きそうになる言葉とは裏腹に、その声は軽やかだ。
「円周率は割りきれない。その答えを見つけようと思ったら、一生を費やして『答えは出なかった』っていう答えを出すしかない」
それと同じ、とトガミは言う。
「悲劇か喜劇か、哲学なんてものに答えはない。あるとすれば、答えられなかったという答えだけ」
それは無意味だ、などと無粋なことはもう言わない。
しかし――
「それに付き合う道理はない」
俺は人神論者ではない。曰く不可知論者。答えは出ないのだと吐き捨てる無作法な輩だ。
「でも、唯野は付き合ってくれるよ」
確信の言葉。それを覆すだけの言葉を、俺は持たないのだろう。
「コーヒーをくれ。紅茶をくれ。そのくらいの歳になったら酒をくれ」
それが駄賃だ、と吐き捨てる。
「ひどい……。飲み物が目当てだったのね……!?」
「気持ち悪い言い方するな阿呆」
青臭くなった雰囲気を寒い冗談で流して、その目を見据える。
「どうして、俺なんだ?」
トガミと初めて話したのはいつだったか。その好意に気付いたのはいつだったか。
そして、その好意はいつから向けられていたのか。
「そんなのは運命に聞いてほしいな」
この世にそれ以上の答えなどないかのように、トガミは言いきる。それはメイリンの領分だろうに。
「まぁ、しかし」
もう一度トガミの目を見据える。熱情を隠しきれない瞳は燃えていた。
「そろそろ座ろうか、な?」
このトガミという男、未熟である。
付け焼刃の理性は本能を抑えきれず。嘘っぱちの理性はいつか昇華するのか、それとも嘘っぱちのまま肥大化するのか。
まぁ、それがトガミという人間なのだろう。




