三 積み木遊び
二本の直方体の上に立方体が乗せられており、その立方体の上に円錐が置かれる。
「はい、次は君の番だ」
「意地悪だな、おい」
尖ったところにどう置くか。方法は一つ。絶妙なバランスを保てる位置を計算する。逆に言えば、ここさえ成功させれば勝てるのだ。
慎重に、慎重に、慎重に一番小さな立方体を近付ける。
円錐の頂に触れたそれは不安定に揺れ、まだ手を離す時ではないと教えて――
「時間かけすぎ。大人気ないなぁ」
シキは可愛らしい声で言うが、俺より大人なくせして暗黙の了解を破った奴に言われたくない。積み木でどちらが先に崩してしまうかとゲームをしているのに、円錐形の積み木を持ち出してしまっては先攻の勝利確定ゲームだ。それはもう積み木遊びではなく先攻後攻じゃんけんゲームだろうに。
……などと考えていたせいで、思わず手から積み木が離れてしまう。
その立方体の積み木は奇跡的なバランスで円錐の上に乗る、……こともなく軽い音を立てて床に落ちた。
「はい、君の負け~。罰ゲームに一日僕の奴隷ね!」
「そんなルール決めてない。っていうか、なに? 奴隷って。お馬さんごっこでもするの?」
その主に胸とか背丈とか色気とかが少女っぽいシキを一瞥して言うと、シキはわざとらしくむくれてみせる。
「僕に乗れって言うの……!?」
何を言っているんだ、こいつは。
「……え、そんな軽蔑の眼差しで見ないでくれる? ちょっとした下ネタじゃないか」
どこが下ネタだったのだろうか、今の。
……。
…………。
「おい、完全にアウトだろ、その下ネタ」
疑問の眼差しを軽蔑の眼差しに変えて言うと、シキは沈黙する。
沈黙して、不意にすくっと立ち上がった。
「用事を思い出した」
そして、逃げ出した。
メイリンの部屋に逃げ込んだシキと、そのシキをかくまったメイリンを説得すること十五分。
ようやく女子部屋に入れてもらえた男子こと俺は、じろりとシキを見据える。
「言うことは?」
「……」
「言うことはないんですか?」
「…………」
沈黙するシキは、やはり少女っぽい。
「人生とは積み木遊びなのだよ、青年」
話を逸らしやがったが、まぁ聞いてやろう。
「……あれ?」
「なんだ、話すんだろ? 最後まで聞いてやるよ」
ぞんざいに答えると、シキはいささか取り乱す。ここまで簡単に取り乱すということは、よほど自分の吐いた下ネタが恥ずかしかったのだろう。恥じるくらいなら最初から言うな、乙女め。
「人生とは積み木遊びである」
うむ、と自らに言い聞かせるシキは、それから俺を見据える。
「積み木で築く山は二つ」
指を二本立てて、その片方を折ってみせるシキ。
「一つは得。積み上げれば積み上げるほど良い」
今度はもう一つの指を折ってみせる。
「一つは損。積み上げれば積み上げるほど悪い」
そこまで言うと、シキはどこからか積み木を持ち出す。
「損と得は寝る時でさえ積まれていく。睡眠が心地良ければ、それによって疲れが癒えれば得が積まれ、睡眠で時間を失えば、寝すぎて疲れれば損が積まれる」
二つの小さな塔が作られる。片方が得、片方が損ということだろう。
「そうして積み上げられていく得をいかに多く積み、損をいかに積ませないかが人生だ」
シキはさらりと言うが、それは的外れではないか。
「損得以外のものがあったらどうする?」
損と得では計れないことの一つや二つあるだろうと、問うてみるが、その考えが間違いだった。
「そんなものはないさ」
そう、この合理主義者という人種は頭がおかしいのだ。
「人助けだって、究極的には自分の得のために行う。あの人には生きていてほしい。人を救うことで自分の存在に意味が生まれる。助けに見合った見返りが得られる。助けたいという欲求を満たせる。それを生業として金銭を得る。そういった得のために、人は人を助ける」
今すぐ人命救助に携わる方々に謝れ、と言いたいが、言ったところで無駄なので黙っておく。
「人々はそうした得を積み上げる一方で、損も積んでいく。これもまた、些細なものから大きなものまである。損とは得の足場なのだよ。より大きな得を堅実に積むため、小さな損で足場を作る。無論、足場になり得ない損もあるが、これは意図せず積み上がってしまうものだ」
シキは言うと、手元にあった積み木を重ねていく。
二つの直方体を少し離して置いて、その間に四角錐を逆さに差し込み、その水平となった積み木の上に大きな立方体を置く。
「こんなふうに、無理な置き方をすると土台が増える。その土台は大抵が無駄な労力であり、損だ。しかし、どうしても欲しい得なら、多少の損くらい目をつむってもいいだろう」
そして、積み上げたものを用済みだと言わんばかりに脇に追いやる。
「繰り返そう。いかに得を積み上げ、損を積み上げないかが人生である」
きっぱりと言い切る姿を見ていると、いつかの会話を思い出す。
「それは楽しいか?」
ただ得を積むためだけの人生。得することが最大目標であり、全てが損得に置き換えられる。果たして、それは楽しいのだろうか。
「喜び、嬉しさ、楽しさ。そういったものに喜び、嬉しさ、楽しさを抱く。基本が人間である以上、それは変わらんさ」
合理主義の機械ではない、とシキは言う。
「しかし、その人生が楽しかったかと問われれば、答えは否だ。退屈だったよ、正直」
だから――
「その退屈な作業を君は延長させたのだ。その全てでもって楽しませておくれよ? 青年」
シキはニヤニヤと笑う。
今は楽しいか、と問いたかったが、それは野暮だろう。
「ま、善処するよ」
いつも通りの笑みを作って返す。
すると、シキはつまらなそうに笑った。
「君は変わらないね。唯野君」
その駄々をこねた後の子供のような笑顔に隠された意味は、ついぞ分からなかった。




