二十九話 背中合わせ
「ユウジさんの息子だというのに、あまりに不信心ではないですか?」
和やかだった元日の昼下がりに、みかんの皮で山を作ったコウさんが声を投げた。正座したままコタツの中に足を入れるのは器用だが、あまり品はないので普通にした方が良いと思う。
「誰が好き好んで寒い中で人混みに行くんですか」
俺の向かいに座って美味しそうにコタツの上のみかんを頬張るコウさんはスーツ姿だ。そのままの格好で初詣にも行ってきたというのだから、少し頭がおかしい。まぁサラリーマン風のおじさんがスーツ姿で手を合わせる様は何度か見たこともあるが。
「……? 誰もが寒い中で出向く意味が分からないのですか?」
心の底から怪訝な声を出す様はスーツやみかんと合わさって、不思議な空気を演出した。
「その大半はわいわい騒ぐことが目的だと思いますけどね」
みんながやっているから正しい、という考え方は、万引きした理由を同級生がやっていたからとする頭の足りない小中学生を連想させる。
「まぁ平行線ですよ、どうやっても」
俺がため息とともに吐き捨てると、コウさんも「宗教の自由として流しましょう」とため息をつく。
「それで、今日はなんの用件で?」
再びみかんを至福の顔で頬張っていくコウさんに気になっていたことを問う。父さんと二人で来るなら分かるのだが、その父さんは年末年始も関係なく仕事だ。
「私もユウジさんの妻になったのですから、一応ここは我が家なのですが……」
……。
…………。
「あ、『母さん』と呼んでいただいても構いま――」
「断固拒否します」
完全に失念していたが、このコウという女性は俺と一回りも違わないように見えて義母であった。しかし眼前の女性を母として見ようとすると、何故だか頭の奥でけたたましく警告音が鳴るのでこれまで通り父さんの仕事仲間として見ることにしよう。
「……私はそんなに嫌われていましたか」
俺の言葉と沈黙を受けて一言嘆いたコウさんは、それでもやはりみかんを頬張る。父さんの昔馴染みから送られてきたみかんが凄まじい勢いで減っていた。
「あぁ、用件でしたね」
十数秒ほどみかんに夢中だったコウさんが口を開く。先ほどの言葉通り正月だから新たな我が家に帰ってきた、というわけではないらしい。
「唯野さ……唯野く…………ただ――」
「さんでも君でも呼び捨てでもいいですよ」
突然の親子ということで混乱しているのは俺だけではなかったということなのか、人の名前に混乱しやがったということなのか、その真相は気にしないでおくことにする。ただ冷静に考えると数ヶ月前から親子になっていた気がしないでもない。
「それでは、唯野さん」
呼び方が定まって安堵した様子の声で、改めて口が開かれる。
「今日はあなたに話があって来ました」
「理神論というものを、ご存知でしょうか?」
無神論と相対する有神論だが、その有神論の中にも対立がある。同一宗教の宗派のようなもので、有神論には大きく分けて三つあり、そのうちの一つが理神論である。
……という説明を先にされたので、ご存知と言えばご存知なのだが、逆に言えば知らなかったということだ。
「知りません」
素直に答える。こういう時に知ったかぶりをすれば痛い目を見るのは分かりきったことだろう。
「知っているわけもありませんか」
コウさんは諦めるように呟き、「では」と声音を変える。
「世界の始まりは、ご存知でしょうか?」
とてつもなく飛躍した。……飛躍したのだが、この手の展開は慣れている。
「それも知りませんが、ビッグバンのことですか?」
宇宙は今でも広がり続けているが、広がっているということは広がる前、非常に小さい時があったのではないかという理屈がビッグバンの概要だった気がする。
いつだったかトガミの話を聞いて軽く調べた時に見た説明を思い出すべく脳内検索をかけるが、その思考もろとも「違います」という冷酷な言葉が引き裂いた。
「そのビッグバンより前、世界という概念そのものの始まりです」
世界という概念などと言えば難しく聞こえるが、それは進化論に対して生物がどこから来たのかと問う話と同じだろう。
「分かりません」
そんなことが分かる人間など存在しない。最先端の科学であっても現在進行形の宇宙の端を捉えることすらできていないのだ。過去に遡った上で始まりを観測することなど不可能に等しい。
「そうです、分かりません」
コウさんは頷き、指を立てて言葉を続ける。……しっかりみかんを口に入れることも忘れない。
「有神論の大半は世界を作ったのは神である、という理論です。ビッグバンすら神が起こしたものになります。分かりやすく言えば、神がプログラムを作ったということでしょうか」
いつかの口喧嘩に近い論議の時とは違い、感情ではなく理性的な言葉だった。自らの信じる教えを熱弁する教徒だった以前に対し、今は自らの信じる教えを一つの例として述べる宣教師役といったところか。
「理神論とは、神は神自身が作ったプログラムに干渉することはなく、世界はプログラムのままに動いているという理論です」
そんな理路整然とした言葉なら、理解するのはそう難しくない。
「今の世界を支配するのは神ではなくプログラム、つまりは物理法則やら何やらで、神の断罪や救済は存在しないということですか?」
俺の確認に、コウさんが「えぇ」と頷く。その笑みは苦労せず理解してもらえたことに対する喜びか、それともみかんの美味しさに対する喜びか。
「その理神論がどうしたんです? 前に会った時の感じだと、コウさんは神様の救いとかを信じているようでしたけど」
これは偏見なのだろうが、神による救いを信じる者は些か偏屈だ。物理法則を無視したそれは現実的ではない。それでも信じる以上、ある種の熱狂は必要になる。そして自らの信念に熱く燃えている者は往々にして客観的な視点を持てない。
だから以前の話ではナガミとコウさんは真っ向から対立したが、今はその熱狂が薄れているように見える。それは信心が揺らいだというわけではなく、先の印象通り理性的になったということだろう。
「私は、少し思ったんですよ」
俺の思考が終わることを待っていたかのように、コウさんが沈黙を破る。
「唯野さんはあまり考えることもせず、無知のままに神を否定しているのではないか、と」
前言撤回。やはり偏屈だ。王道ファンタジーの偏屈ジジイにも劣らない偏屈野郎だ。人のことを無知とか言いやがった。いやまぁ、事実として賢くはないけど。
「何が無知で何が浅慮なのか分かりませんが、何を言ってるんですか?」
言い捨ててから、自分の声が苛立っていることに気付く。自制だ。自制しろ、俺。
「それはこちらの台詞ですよ」
コウさんの声は俺の苛立ちすら想定内とばかりに、子供を諭すようなものだった。
「理神論において、神というのは世界が始まった時点で手を引いています。それはつまり、現在の人間が観測できる領域では証明も否定もできないということです」
証明できず、否定できない。それは悪魔の証明だろう。文字通りの悪魔のような現実によって、無神論や理神論が平行線をたどる。だからこんな話も――
「違う、な」
違う。無神論も同じく、証明と否定ができない。餓死する難民の子供は救われず、人を殺した者は裁かれない。だから神様はいないのだと言えば簡単だった。
それで浅慮か。
「理神論では神様による救済と断罪はない。全ては法則によって動くから、その点だけ見れば無神論と変わらない」
ようやく辿り着いた言葉を漏らすと、コウさんは頷いた。
「違いは世界の始まりだけです。世界を作ったのが神か法則か。どちらも証明と否定はできません。ですから、無神論と理神論は二律背反の関係にあると言えます」
その二つは証明も否定もできないという点で同じだけの信憑性を持ち、或いは持たない。
「では、唯野さん」
そして、決定的な言葉が吐かれた。
「何故、神がいないと思うのですか?」
冷え切った足から出た汗が靴下ににじむ。凍えそうな手をなんとか動かし、額に持っていく。熱くなった額に触れた指がかすかに暖かみを抱き、溶けていくように感じた。
そんな感覚と同時に、思考も解けていく。
俺はどうして無神論を信じていたのか。
世界には救われない人々が大勢いて、裁かれない悪人が大勢いる。だから神様なんて実在しない。
そんな答えは欺瞞だ。
本当の答えなんて分かりきっていて、理解していたからこそ、無視していた。
実感したことがないから。
今まで生きてきて神様の存在を実感できたことがないから存在しないのだと、本気で思ってきた自分に腹が立つ。
それはあまりに個人的な主観で、客観性を欠いた子供の考えだろう。
俺はそんな幼い考えで、人の信じるものを否定してきたのだ。
暖房の効いていない自分の部屋で、机の前に座って呆然と天井を眺める。
今まで否定してきた話を、メイリンやトガミ、父さんにコウさんの話を、まともな理屈で否定できるだろうか。感情論に頼らず、悪魔の証明だと逃げず。
「できないよな」
乾いた笑いがこみ上げてきた。
空気の抜けたボールのように、空虚に笑った。




