二十八話 狂乱祭
一年の疲れを吹き飛ばすかのように、自分たちの仲の深さを誇示するかのように、はたまた寂しさを呪いという形で撒き散らすかのように、街は騒がしい。
小さい頃はクリスマスといえば一大イベントだったが、大人になると忘年会と新年会、ついでにクリスマス会まで一緒にしてしまうらしい。俺が社会に出る頃にはせめて忘年会と新年会は分けてもらえるくらいには景気が良くなってほしいものだ。
「唯野、おい唯野」
しかし、世の中の誰もが大切なことを忘れている。十二月の下旬に冬至があるということを。
「冷静になれ、今ならまだ間に合う」
火加減を調節しながら、塩加減を見る。ちょうどいい。
もう一つの方も火を点けて、甘さを確認する。単体で見れば十分な甘さだが、総合的に見ると少し足りないだろう。急いで調節しなければいけない。
「そうだ、ケーキでも買いに行かないか? ホールはほとんど売り切れだろうが、切り分けてある物なら残ってるだろう。うん、それがいい!」
軽く調節してみると、ちょうどよくなった。まだ馴染んでいないが、暫く火にかけていれば馴染むはずだ。
コンロの火に注意しながら、デザートの確認を進める。近所のスーパーや洋菓子店は空気を読めないらしくイチゴショートやブッシュドノエルばかりだったから、ネット通販まで利用したのだ。
「あぁ、なんだちゃんと買ってたんじゃないか。ちゃんと考えるだけの頭が残っているなら――」
すぐ横で小蝿のように喚いていた妹が空気を読んで静かになったから目を向けてやる。どうやら空気を読んだわけではなく絶句していただけらしい。
「唯野……。貴様、何をやるつもりだっ!」
そして怒号。
「何って、簡単じゃないか」
こんなことまで分からないとは、兄として悲しい。
「戦争だよ」
魔王城の奥深くに置かれた宝箱の如く野菜の下に隠された牛肉をクミがさらう。
自らの戦果に酔いしれ、そのまま肉の味を堪能するクミの死角からお鍋管理用の箸を伸ばし、はぶられたカボチャを取り皿に潜ませる。
一部始終を傍観して我関せずを貫こうとするナガミの皿にもカボチャを伸ばし、弾かれた。しかし諦めずに箸と箸の応酬を繰り返すと、相手が根負けしてカボチャを受け入れる。汚くとも勝利は勝利だ。
そうしている間にも左手に持った自分用の箸でカボチャと豚肉を取る。俺は父さんの英才教育によって、牛肉より豚肉の方が好きな人種なのだ。安上がりとは至高である。
「た、唯野! カボチャ、あーんして!」
カボチャを言い訳に不純なことを言う愚か者が一匹いるが、背に腹は代えられない。左手の箸でカボチャを二つ取って愚か者の口に突っ込む。愚か者は撃沈したが、笑顔だったから本望なのだろう。
攻撃の右手を止め、先ほど奪取した肉を味わう。三冊の料理本とインターネットという文明の利器を用い、自らの技量によって完成させた鍋は最高に美味い。まぁ自分で作ったのだから自分の味覚に合っていて当然だが。
しかし、それは独りよがりでもないのだろう。
塩味のきいた基本にして不動の地位を築いた鍋と、カボチャの甘味を存分に引き出した変わり種の鍋。その二種類の鍋を挟んで行われる箸と箸の争いは、鍋の味を保証するには十分だった。
ちなみに、何故か無視されるカボチャの煮物は俺の努力によって順調に減っている。いつの間にか茶碗に乗っている煮物の意味を考えるより、さっさと食べて次の鍋強襲に備えた方が効率的だと誰もが理解しているのだ。
肉とカボチャを味わい終え、再び左の箸を伸ばす。
あと一歩で豚肉を取れると思った時、横から神速で現れた箸が奪っていった。箸の色は赤。ユウカだ。
迷い箸を避けるために手近にあった白菜とネギの群れとカボチャを取って、取り皿に帰還する。
ユウカはお鍋戦争において、一次元上の強さを誇っていた。強襲する回数こそ少ないが、飛び立てば必ず戦果を持ち帰り、俺からのカボチャ爆弾を完璧に防ぐ。それでいてしっかり味わっているのだから、脱帽するしかない。
そのユウカと対面する席に座るナガミも十分に強いが、しかし俺たちと同じ土俵に立っていた。その冷静な立ち回りで相応の戦果を上げるものの、それは同じだけの妥協によって築かれている。先のカボチャを受け入れる決断の早さがそれを裏付けているだろう。
汁を吸って絶妙な柔らかさとしょっぱさになった白菜とネギ、しょっぱさと甘さが絶妙に絡み合うカボチャを頬張り、次に狙い場所を考える。
結論を下して即座に箸を伸ばすと、クミの箸と狙いが同じだった。
「う……」
その事実にクミが一瞬怯んだ隙に肉をさらい、視線で勝利宣言を行う。クミは悔しそうな顔を浮かべ、うつむいた。
仕方ないから右手の箸で肉と白菜を取ってあげる。……と見せかけて白菜の裏にカボチャを潜ませた。
「あ、ありがとうございますっ!」
その策謀に気付けなかったクミの悔しがる顔を見る時間も惜しんで、再び箸を伸ばす。
俺の目を盗んで二種類の鍋を別の鍋に取り籠城作戦に入ったメイリンを引きずり込みたい気持ちもあるが、鍋と同時にカボチャの煮物も減っていたので、俺は紳士的な態度を取らざるを得ない。あれは完全なる勝利を捨てて自らの利益を守ったのだ。
しかし、人数が一人減ったことで、お鍋戦争は混沌に陥ることはなかった。
乱戦であれば恋情にほだされて戦争のせの字も忘れてしまったクミとトガミにも勝機はあったが、静粛な戦争ではその可能性もない。
そして、争いは俺とナガミによる二位決定戦へともつれ込む。
カボチャスイーツの残骸の山から鍋を持ち上げる。汁まで食べきられて軽くなっていたから、もう一つの鍋も持って台所へ向かう。
結局、お鍋戦争はユウカの独走によって終わり、二位の座はナガミに奪われた。しかし、続くデザート冷戦で二人の配下を得た俺がユウカにすら勝てたのだから、満足の結果だ。
流しに鍋を置き、お湯をそそぐ。今は疲れていて洗う気になれないから、明日洗おう。ちょうど明日は休みだ。
続けてナガミと協力してデザートの残骸を片付け、一息つく。何気なくつけたテレビでは芸能人がサンタのコスプレをして不幸自慢大会をやっていた。芸能人は少しでも笑いを取ろうと必死になり、世間の男は女を口説く。対する女は男に貢物を求め、それらとは無縁の方々は躍起になって壁を叩く。クリスマスというのは、どこでも戦争らしい。
「やってくれたな」
クミと仲良く眠っているトガミに愛でるような視線を向けていたナガミが呟く。
「第二次鍋戦争は最終的に俺の勝ちだ」
「馬鹿言え。鍋戦争自体はユウカが勝ち、次点は私だ」
そのまま三回戦を始めようか悩んでいるうちにも、テレビの向こうで詐欺に遭った芸能人が涙ながらに悲しみを語っていた。百万盗られたお陰で一般人の年収以上は稼いだはずだが、楽しい楽しいクリスマスの夜なのだから、気にしないでおこう。
「……と、そういえばクリスマスか」
理解していたはずなのに、失念していた。
「今更そんなことを言うか?」
笑うようなナガミの声にちょっとした居心地の悪さを感じて、話題を変える。
「そっちは、クリスマスとかどうなんだ?」
質問が曖昧すぎたらしく、ナガミは疑問符を浮かべるだけだった。
「サンタさん……って歳じゃないから、家族でパーティーとかプレゼントとか、そんなことはやらないのか?」
明確な言葉にしてみたが、返ってきた「そんな円満な家ではないからな」という答えを聞いて、後悔する。てっきりナガミのようにトガミを溺愛している家庭なのだと思っていた。
「いや、多分貴様が想像しているのとは違う」
後悔が顔に出ていたのか、ナガミが気を遣うような、諦めるような声を投げてきた。溺愛しすぎて大変なのか。
「しかし、あれだな」
勝手に家庭事情を想像して勝手に呆れてしまったことを隠すために、言葉を紡ぐ。
「こうしてナガミと話すことが多々あるのは、偶然か?」
……なんて言ってみたが、理由なんて分かりきっている。トガミの寝顔を観察するナガミと、夜だけはトガミから逃げようとする俺とが顔を合わせることなんて当然のことだ。できれば当然のように同じ屋根の下で過ごすことが多々ある現状を打開したい。
「唯野は私のことが嫌いかな?」
からかうような声を聞くと、歳と腹が黒い少女を思い出す。
「いや、全く」
トガミが聞けば色々うるさいのだろうが、これは異性のそれではなく同性のそれに近いのだと弁明しておく。勝手に同性扱いしたことを心中でナガミに詫びることも忘れない。
「……暇だな」
そんな会話を気恥ずかしく思ったらしいナガミが、強引に話題を変える。
「俺は少し出かけてくる。久しぶりにメイリンにクリスマスプレゼントを買ってこようと思うんだが、一緒に行くか?」
中途半端な田舎でも、二十四時間営業の店は少なくない。仕方ないからトガミとクミと、ついでにユウカの分も買ってこよう。
「クリスマスの夜に女を誘うか。しっかりしてるな」
返ってきたからかいの言葉に「付き合ってくれたらスルメでも奢るよ」と答える。
そしてテレビを消した後の静寂に漂う心地の良い雰囲気を味わいながら、ナガミと二人で、家を出た。




