二十一・五話 打算野郎と変人姉弟
「唯野? 昨日はなんだかお楽しみだったらしいけど、本当なの?」
文化祭の二日目は、明らかな誤解から始まった。
「ちょっと待て、その言い方には尋常じゃなく語弊がある。というか、語弊しかない」
いつもならもっと強気に出られるのだが、今回に限っては無理だ。
「誤解かどうかは僕が判断するから。それで、その人とはどういう仲なの?」
横暴だ。ついでに噂で聞いたにしても相手が男だということは分かるはずだが、それでも詰問してくるあたりに執念を感じる。
「ただ話しかけられて一緒に飯を食ってただけだよ。気味の悪い妄想するな」
答えてから、大きくため息をつく。こんな説明で納得してくれれば楽でいいのだが、トガミがそう簡単に頷くわけ――
「うん、分かった」
「え?」
予想外の返答に、思わず聞き返してしまった。
「なに? もっとしつこく聞かれると思ったの? しつこく聞かれるような関係なの!?」
これは一難去ってまた一難と言っていいのだろうか。……まぁ、身から出た錆の方が近いだろうな。俺何も悪いことしてないけど。
「いや、別に。なんだか今日はあっさりしてるなぁ、と思っただけで」
できる限り平静を装って答える。あからさますぎるような気もするが、気にしない。
「怪しいなぁ……」
再び疑うような視線を向けてくるトガミから視線を逸らす。すると、面白がるような視線を見つけた。
「何か言ってやってくれよ」
少し離れた自分の席からこちらを見ていたナガミに声を投げる。相手は呆れるように息を吐いた。
「そのくらい自分でどうにかできないと困るぞ? この先」
ナガミの笑い声に僅かな苛立ちがわく。その言い方だとこの先もずっとトガミと付き合っていくみたいじゃないか。
「唯野、それは僕の台詞だよ? 唯野こそ姉さんからもしっかり言ってもらわないと」
トガミはわざとらしく口を尖らせる。念のため言っておくが、全く可愛くない。
「あぁそのことだが、大丈夫だぞ、トガミ。こいつの話していた相手はそっちの人間じゃない」
少し不安だったが、ナガミは俺の味方をしてくれるらしい。
「あの男はこっちの人間だからな」
……何言ってんだ、こいつ。
「ええと、『そっち』がそっちで、『こっち』がノンケか? そうだよな? そうだと言ってくれ」
純粋なる同性愛者の方々のためにぼかしつつ言って、相手の答えを待つ。ナガミの顔に浮かんだのは、またもや呆れだった。
「いやいや、『そっち』はそっちだが、『こっち』はこっちだ。私たちの同類に近いと言えば分かるか?」
「それ、全く説明になってないの分かってるよな? 分かって言ってるよな?」
そうは言ったが、嫌なことに気付いてしまった。
「……で、こっちのなんなんだ?」
今なら何論者と言われても驚かない自信がある。なんせ変態人神論者におかしな妄想で責め立てられている状況なのだ。運命論程度なら驚けない。
「ほう、ようやく察したか」
ナガミが目を細めて、息を吸う。
「人は彼に侮蔑、または尊敬の意を込めてこう呼ぶ。『打算先輩』と!」
「とりあえず黙ろう」
なんで侮蔑を込めて呼ぶのか分からないし、なんでそんな言い方をしたのかも分からない。しかし推測できることはある。
「あの人は二年生じゃねえか。先輩なんて呼ぶのは一年生だけだよ。そして、その一年生でそんな失礼な呼び方する連中を俺はお前くらいしか知らない」
手を握り、人差し指を突き出す糾弾のポーズを取って言い放つ。
「あ、バレた?」
ナガミはお茶目に笑って見せる。凄い。トガミの方がまだ可愛い。
「それで、なんなんだ、その失礼すぎる呼び方は」
俺が問うと、トガミも頷く。さっきも思ったけど、こいつは話を受け入れるのが早すぎる。
「なんだ、本当に知らずに話していたのか?」
今度は自然に笑う。そっちの方が良いと思うのだが、ナガミはトガミと違って見て呉れなんて気にしてないのだろう。
「あの人が一年の書き初めでなんと書いたか知っているか? 『損得勘定至上主義』だぞ?」
あ、真性の馬鹿だ。最近大発生してる馬鹿の一種だ。
「それどころか、ダメだから書き直せと言われて新しく提出したのが『合理主義』で、しかも名前のところに『合理主義者』と書いて出したらしい」
言い終えると「いやぁ、傑作だ」と笑い出す。そしてひとしきり笑ってから、冷静な表情になって再び口を開いた。
「最初から合理主義と書けば分かりやすいのに、無理に個性を出そうとするから突き返されるんだよ」
「いや、そういう問題じゃないだろ?」
そもそも書き初めで合理主義を主張する意味が分からないし、学校の課題だか授業でそう書いてしまう勇気も無駄だ。
「あぁ、そういえばこんな噂もあったな」
一人で盛り上がっているナガミが続けようとしたところで、手を挙げて遮る。
「もういい」
俺と一緒になって聞いていたトガミは既に俺とカイリさんの関係性に対する興味を失っている様子だし、俺はこの話に興味があるわけでもない。食への拘りは共感できたが、それだけだ。
「まぁ最後にこれだけ聞いてくれ」
もうお腹いっぱいなのだが、トガミの意識を逸らしてくれたことへの感謝の意味で、「分かった」と耳を傾ける。
「あの人は顔だけはそこそこ良いから、一年の頃はそこそこモテてたらしいんだが、告白された時の答えで幻滅されたらしい」
『そこそこ』と強調するのは遠回しな嫌がらせなのかな。そうだよね絶対。
「それで、なんて答えたんだ?」
少し待っても言葉を続けないから、礼儀として問うてみる。ナガミは満足げに頷いて口を開いた。
「『君と付き合っても利益がない』って直球で言ったらしい。しかも、そのまま性欲がどうの、出費がどうのと細かい理由をくどくどと説明したから、その告白した相手どころかクラス、学年中にまで噂が広まって今はほとんど話す相手がいないって噂だ」
うわぁ、可哀想。自業自得だけど可哀想。話を聞く限り一年の頃から友達いないとか可哀想すぎてクミなんかが可愛く見え――
「唯野、他人事じゃないぞ?」
俺の同情を引き裂く声に、首を傾げる。完全なる他人事だろうに。
「そんな男と熱心に話してたんだぞ? 曲がりなりにも文化祭の昼に、人目の多いところで」
……。地味に笑えない。話していた内容も内容だから、本当に笑えない。
「大丈夫だよ、唯野! 唯野は元から友達少ないから!!」
トガミの言葉は、言うまでもなく全くフォローになっていない。しかし、それ以前に言いたいことがあった。
「誰のせいだと思ってんだよ、お前のせいだろ、お前たちのせいだろ」
本当に、どうして俺の周りにはこんな人間が沢山いるのか分からない。




