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論者の夢想論議  作者: 飯島鈴
第二部
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二十・五話 静かな問答

 ただでさえ小難しい本の後書きはより一層小難しく、難しい言葉を使えば頭がよく見えるとでも思っているのではないかと疑いたくなるほどに小難しい。

 しかし、逃げることはできないだろう。

 仮にこの本から逃げたところで、また別の本を読むことになる。既に後書きまで読んだのだから読破したと言ってもいいはずなのに、だ。

 どうしてこんな沼に足を突っ込んだのか分からない。これは正真正銘の底なし沼だ。円周率を割り切れと言うに等しい。

「こんなのを好き好んで考えてる連中がいるんだから驚きだ」

 神様がいようがいまいが、毎日の生活に変わりはない。

 本当に、何が楽しくてこんなことを考えているんだろうか。


「何が楽しくて、か」

 風呂上りで髪が濡れたままのメイリンが長い沈黙の末に口を開いた。

「そうアルな……。我はそれくらいしか楽しめることがないからアル」

 いつもの一人称に、いつもの語尾。変わらない。

「ネトゲとか、アニメとかは?」

 他にも娯楽なんていくらでもあるし、メイリンだってそれらをやっている。それが楽しくないのなら、そもそもやらないはずだ。

「別物アル。一口にゲーム、アニメと言っても終わりがあるアル。小説もそう、映画もそうアル」

 物語の終わりやゲームクリアということか。

 それでも、終わったところで次がある。

「分からないアルか? 本を読んでいて残りのページが少なくなると怖い。ゲームで『最終章』と表示されれば怖い」

 分からない。物語は終わらなければ意味がない。延々と続く物語になんの意味がある。その終わりが怖いなら、どうして物語に触れるのか。

「そうだな、全く分からん。終わるために読んで、進めてるんだろう?」

 終わるために、というのは少し強引すぎる言葉だったが、間違ってはいない。結末を見るために読み、進めるのだ。

「そうアルな。終わらなければ意味がないアル。それでも、我は終わってほしくないアル。最初から終わることが分かっているのにやって、終わりそうになって怖がるアル」

 吐露するかのように言ったメイリンは、「だから」と声色を変える。

「だから、本当に楽しめるのはこれだけアル」

 終わらないから怖がることなく楽しめるということか。

 どうして終わりが怖いのにゲームやアニメに手を出すのかは分からいが、新しい疑問が出てきた。

「それなら、他にも終わらないことくらいあるだろ。スポーツとか食べ歩きとか、一回の試合や食事が終わっても本質的には終わらないことなら、いくらでもある」

 『自分との戦い』なんて言われることなら、ほとんどが終わらない。

「それを本当に楽しめれば少しは違ったアルな」

 やはり静かな声だ。

「何をやっても、無駄。無駄じゃないと言い訳しても、結局無駄。運動をして何になる? たとえ世界記録を出したところで、何も変わらない。何をしていても死ぬのを待っているだけ。死ぬのが怖いわけでもなく、ただ無駄になるのが怖い」

 その吐露を聞いて思ったのは、『こんな深刻に話すメイリンを見たのはいつ以来だろう』ということだった。

 そんなことを考えてから、嫌味な言葉を思い付く。

「なら、そんなふうに考えることも無駄だ。どれだけ考えても終わりは来る。医学を寝ずに研究しても、現実的には終わって終わりだ」

 どう考えても妹に吐く言葉ではない。……まぁ、今は許されるだろう。

「そう、無駄アルよ」

 ギラギラと燃えたぎるような、いっそ勝ち誇るような目だ。

「結局は騙しているだけアル。自己欺瞞、とでも呼べば聞こえはいいアル。ただ、それが最善で最良アル。嫌な現実から逃げて、現実を見ようとする自分を騙すアル。そのために無い頭を振り絞って、延々延々考えるアル」

 それが勝ち誇ってまで言う言葉か。阿呆だ。

「一応言うぞ。『自己欺瞞』を聞こえがいいと思う人間はいないと思う。あと、それはただ無職がする言い訳でしかない。綺麗にまとめるなよ、馬鹿が透けて見える」

 俺の言葉を聞き終えると、メイリンは満足げな表情でリビングを後にした。

 どこに満足したのか分からないし、結局何が言いたかったのかも今一分からない。それでも、一つくらいは分かったことがある。

「あのくらい吹っ切れられれば何かと楽だろうな」

 年に数回は、厚顔無恥が羨ましくなる時がある。気遣いなんて知らないで自分勝手に振舞うことが、どれだけ羨ましく思えるか。もっとも、それはそれで疲れるんだろうけど。

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