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論者の夢想論議  作者: 飯島鈴
第二部
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二十話 うるさい問答

 十月中旬の図書館は珍しく騒がしかった。文化祭でちょっとした出し物をやるということで、その準備が始まっているのだ。

 その騒がしさのせいで勉強に集中できない生徒は自習室で勉強をしている。準備期間中は一部の持ち出しを禁止している本も持ち出せるから、支障はあまりないだろう。

 ……というより、図書館が騒がしい程度で勉強に支障が出るなら根本的に何かがおかしい。

 そんな騒がしい図書館の中で、俺は読書に耽っていた。

 読んでいる本はいつもと変わらず、何を言っているのか今一分からない宗教書。変わっていることと言えば、最近は隣でうるさく唸っていたクミがいないことか。

 それもそのはず、数分前に「お手洗いに行ってきます」と席を立ったのだから当然だ。

 そして更に変わっていることは、机に置かれた筆箱だ。

「『絶対に開けるな』だったか?」

 あの頭の悪そうな言動にしては頭を使った作戦に出たらしい。

 見るな、と言われれば見たくなるのが人間であり、昔話や神話の時代から受け継がれてきた遺伝子に刻まれている。

 そして、得てして言いつけを破った者には不幸な結末が待っているのだ。

「あいつが何を企んでいるのか……」

 騒がしい図書館にぽつりと呟いてから、頭を動かす。


 ――数秒後、結論が出た。

 何を(たくら)んでいようが、開けなければいいだけの話だ。


 クミが『お手洗い』に行って二十分ほどが過ぎた。女子の事情は知らないが、普通に考えれば体調を崩したりしているのではないかと心配するような時間だろう。

 それほど時間が経っていることに気付かないはずもないのか、先ほどから視線を感じる。

 更に一分ほど待つと、騒がしい図書館に新たな足音が一つ加わった。

「遅かったな」

 言ってから、『お手洗い』に行った女子に対する言葉としては相当に悪いものだったと気付く。まぁ気にする必要はないのだが。そもそもクミはトイレに行っていたわけじゃあるまい。

「あ、開けましたね!?」

「開けてない」

 俺のすぐ横で机に手を突いたクミの顔を覗くと、些か引きつっていた。

 なるほど。開けなかったことが分かるような仕掛け――いや、『開けたことが分かる仕掛け』だろうか――がしてあったのか。

「う……嘘ついても分かるんですからね!?」

「嘘をついてないことは分かるよな?」

 これ以上開けた開けてないの問答を続けても埒が明かないのだが、どうすればクミは引いてくれるのだろうか。というか、ここまで明白な状況で主張を曲げないのは凄い。

「フフフ……。白状するなら今のうちですよ? 今なら怒らないであげます」

 それは怒る時の台詞だろうに。

「はぁ……。お前は馬鹿か。同じペースで勉強してる俺に対して昨日今日覚えたばかりの知識を使って通じるわけがないだろうが」

 知識とは言っても、インターネットで検索すればすぐに出るような話だ。そもそも『見るなと言われれば見たくなる』なんてことは、大した知識がなくとも理解していることだろう。

「まぁアレだな。早速実践に移したのは良いことだ。……ここで俺が開けたら何が待っていたのかにもよるが」

 手の内まで分かっていると言えば、これ以上強情に言い張ることもないだろう。

「それで、どうするつもりだったんだ?」

 ダメ押しするように言うと、クミは溜まっていた緊張を吐き出すようにため息をついた。

「上手くいくと思ったんですけどね」

 言いながら椅子に座り、俺の方を向いてから言葉を続ける。

「ほら、この前あったじゃないですか。返報性の原理。唯野さんが筆箱を開けたら、そのことを理由に何かしようと思ったんですけど、やっぱり難しいですね」

 二段構えだったのか。思った以上に頭を使っていたらしい。……それでもこの(てい)たらくだが。

「そんな付け焼刃の知識で人を思い通りにできたら楽だろうな」

 それから俺もため息をついて、気になっていたことを訊ねる。

「結局、その筆箱の中には何が入ってたんだ?」

 軽い気持ちで問うた俺とは対照的に、その言葉を待っていたらしいクミは先ほどと同じような含み笑いを漏らした。

「知りたいですか? 教えてもいいんですけど、教えたら今週末――」

「よし帰ろう。さっさと帰ろう」

 面倒なことからは逃げるに限る。そもそも逃げて困るようなことからは逃げられないし。不意打ちのボス戦とかやめてほしいよ、本当に。


「ちょっと待ってくださいよ~!」

 後ろの方から大きな声と足音が聞こえてきた。走っているようだが、声の割には静かで整っている。

 その声と足音を無視して暫く歩くと、隣まで走ってきたクミが息を切らせたような素振りをして口を開いた。

「本当に帰らなくてもいいじゃないですか。何度目ですか?」

 何度逃げられても諦めないところは凄い。前の五人みたいにさっさと諦めてほしいが。

「お前がふざけたことをするからだろう? それこそ何度目だ」

 言い返しながら横を見る。待っていたのはわざとらしくむくれた顔だった。

「そんなこと言わなくてもいいじゃないですかぁ! 唯野さんだって色々意地悪するくせに!!」

 ムカつく。物凄くムカつく。

 それを含めて色々言いたいことはあるが、言ったところで堂々巡りなので一つだけにしよう。

「人が聞いたら誤解するような言い方をするのはやめてくれるか?」

 俺の考え過ぎかもしれないが、年頃の男女間で『意地悪』という言葉を使うのはよろしくない。仮に誰かが聞いていたら……というかトガミに聞かれていたら面倒なことに――

「あれれっ? そんなふうに聞こました!?」

 やはり確信犯だったか。

「そういえば、確信犯ってのは――」

「で、唯野さん」

 こいつら、人にウンチクを話させないところまで似てやがる。

「この前一緒に行った姉弟(きょうだい)いたじゃないですか。ナガミさんとトガミさん、でしたっけ?」

 突拍子もなく始められた言葉は、その素っ頓狂さとは裏腹に真剣な色を持っていた。

「どういう仲なんですか? なんていうか、アレでしたけど」

 語尾を笑いで濁すような素振りが真剣な印象を強くする。

「どういうって、どういうことだ? 同じクラスで、度々話す程度だ」

 恐らく『度々話す』なんて程度の仲ではないのだろうが、脳が考えることを拒否しているので仕方ない。

「へぇ……。そんなふうには見えませんでしたよ?」

 ならば誤解だ。まず間違いなく誤解だ。

「あれはトガミが一方的に押し寄ってくるだけだっただろ? あれで仲が良いなら俺とお前も仲が良いことになるだろうが」

 笑って誤魔化すように吐いた言葉に、「傷つきますよ?」とだけ答えたクミは、それとは別のことを口にする。

「あたしが言っているのはナガミさんの方です。なんていうか、話さなくてもお互いに気持ちが分かっているというか、本当は裏で付き合っているんじゃないか、みたいな感じでしたよ」

 それこそ誤解だろうに。

「話さなくても分かって当然だ。トガミしつこい。クミは馬鹿。メイリン自由すぎ。どれも口にするまでもないことだ」

「本当に傷つきますからね?」

 キャラ的には馬鹿と言われてむくれるのが正解だと思うが、人間としてはそっちの方が好印象なのだろうか。

 ……どっちもどっちだな。

「傷つくなら言われるような行動するなよ、いい加減。本当に確信犯か?」

 再び茶化すように吐き出した俺の言葉に返ってきたのは、「はい」という、至極単純な答えだけだった。

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