十八話 夢の国と夢の板挟み
昼前という時間にも拘らず、入口のゲート付近には人が大勢いた。
行き交う人々の顔には様々な喜怒哀楽の色が浮かんでいたが、その大半は楽しみにしていたことが窺える。喜んでいる人、楽しんでいる人は勿論、怒っている人も悲しんでいる人も、楽しみにしていたからこそ怒ったり悲しんだりしているのだ。
しかし、そんな中で俺は、心底げんなりした顔をしていたことだろう。そもそも楽しみではなかったのに、いざ来ても全く楽しくないのだから当然だ。
「それで、一応どういうことか教えてもらおうか」
苛立ちを隠さずに吐き捨てる。
「唯野さんが誘ってくれたんじゃないですか!」
誘ってない。
「こんな女に唯野が騙されたら将来の生活費に困るアル」
自分の生活費くらい自分で稼げよ、哲学者という名の無職。
「唯野は誰にも渡さない!」
元々お前のものじゃない。ていうか、恋愛感情は隠せ。
「まぁ、全員分の金を出したのだから、来て当然というものだろう」
そのことは感謝する。だが俺は見世物じゃないから俺を見て面白がるのはやめてくれ。
「まとめよう。何もかも原因はお前じゃねえか」
クミの方を向いて言い放つが、当のクミは左右に立つ人物の顔を見る。右がトガミで左がメイリンだ。
「我は悪くないアル。生活費を守っただけアル」
「僕も未来の夫……じゃなくて嫁? あれ? まぁいいや。それを守っただけだよ」
なんだろう。もう一々ツッコミ入れるのも疲れてきた。
「知っているか?」
そんな様子に見かねた……ではなく、面白がったナガミが口を開く。
「こういう時は幹事に全権があるのだよ。さぁ選べ! 時計回りか反時計回りかを!!」
曲がりなりにも女子高生なのだから、高笑いみたいな真似はしないでほしい。周りの人が驚いて変な目で見てきていることを自覚してほしい。
「まぁ、のんびりいこう。効率とか無視して」
ここは国内随一の遊園地である、夢の王国『ネズミーランド』だ。急いで多くのアトラクションに行くのも一興だが、高校生にもなると、のんびり余裕を持って楽しむ方が合っている。
「あっ! はい! 提案がありますっ!!」
ダラダラと歩き出しそうになっていた一同に向けて、クミが手を挙げた。その声音と表情から察するに、ろくなことじゃない。
「効率よく回るためには二組に分かれて左右から同時に攻めていくのがいいと思いますっ! だからあたしと唯野さんは右から――」
「今効率を無視するって言ったばかりだよね!?」
言葉を最後まで聞かない一喝でクミを黙らせる。そもそも左右から攻めたところで、結局二組が全て回るのだから時間は変わらない。……というか、集団で来て二つに分かれるとか意味が分からん。
「唯野、僕は賛成だよ。でも、やっぱり僕と唯野で左から行った方が――」
「ナガミ、全権あるんだよな? どこから行くんだ?」
ナガミは颯爽と歩き出し、そのまま身体を右に向けた。反時計回りで行くらしい。妥当なところだろう。
……ただ、俺としては入口ゲートが終わったところの左側にある店のホットドッグもオススメだ。中にある店の料理に比べれば特段変わっているとか、非日常感があるというわけではないが、値段の割にとても美味しい。食べ歩きの第一歩には打って付けの一品だろう。
昼時を過ぎてさほど混んではいないレストランの中で変態野郎と痛い子に挟まれて食うカレーは、大して美味くなかった。不味いといほどではないが、これならレトルトのカレーの方が安い分マシだ。
もっとちゃんとした店を選べばよかったと後悔しかけたところで、左隣から不快な声が上がった。
「唯野、一口ちょうだい? 僕のも一口あげるから」
『あ~ん』とかデジャヴも甚だしい。
「あ、唯野さん、あたしにも一口ください。勿論、あたしも一口あげます。なんなら全部あげます!」
ちなみに、クミは「唯野さんと一緒の食べますぅ」とか言って、同じものを注文している。必死すぎて可愛さすら感じてしまう。
「唯野、我はもう限界だ。不味い。不味すぎる。これならトイレでカレーを――」
食事中、特にカレーを食べている時に言ってはいけない話を出して自滅したメイリンは、しかし俺を救ってくれた。見た目は女と間違えそうな男と、高校デビューに失敗した痛い子の洗脳に近い挟撃を受けているうちに、受け入れた方が楽だという自衛本能によって可愛いとか思ってしまっていたのだ。……ちなみに、トガミの方は随分前、まだトガミの本性を知らない頃に認めてしまっている。
「それで、次は何に乗る?」
この中で唯一静かにカレーを食べていたナガミが口を開いた。
「ここまで何に乗ったっけ……?」
まず回るコーヒーカップに四回。内訳はトガミと一回、クミと一回、トガミとクミと三人で一回、メイリンと一回だ。
滝を滑り落ちるジェットコースターに四回。トガミと並んで一回、クミと並んで一回、写真が上手く撮れなかったと喚いたクミと一回、クミだけずるいと喚いたトガミと一回。
あとは……あとは…………。
「あ、俺二つしか乗ってないじゃん」
チラリと時計を見ると、既に短針が三を指していた。四時間ほどでよくこれだけ乗れた、と喜ぶべきだろう。それとも二人の執念に賞賛するべきだろうか。
この二人が普段は厳しいけど可愛いところのある生徒会長と、眼鏡で巨乳の学級委員長だったらどれだけ嬉しかったか。……まぁ、うちの高校は両方ともパッとしない男子だけど。
「我は絶叫系は無理アル」
それは分かる。飯を食べた直後に絶叫系に乗ると酔うどころか、最悪吐く。
「じゃあ絶叫系はなしにして、ゆったり乗れるのがいいか」
言ってから、そういうアトラクションは概して二人乗りだということを思い出した。
「いや、ここのは酔うような動きをするのが多いからダメだったな」
一瞬にして顔を輝かせたトガミとクミを一瞥して、前言を撤回する。そもそも二人は僕があたしがと争うのだから、二人乗りは諦めて三人乗りで妥協すればいいのに。
「ならアトラクションはダメか。……そうなると、パレードくらいしかないな」
ネズミーランドからアトラクションを引いたらパレードくらいしか……いや、お土産や食べ歩きもあるし、ただ歩いているだけでも楽しめる。それにアトラクションなのか微妙なカントリー熊シアターもあったか。案外沢山残るな。
「土産物を買う時間を考えれば五時か、遅くても六時までになるな」
左手でスマートフォンを操作するナガミが呟くように言い、更に数十秒ほどその作業を続けた。
そして、「ちょうどいいのがあった」と声を上げる。
「すぐ近くを、もうすぐ通るらしい」
「それに決定だな。土産はゲート付近の店でいいのか?」
俺の問いに異を唱える者はいなかった。
「それでは行こう!」
意気揚々と立ち上がったナガミが、綺麗に食べ尽くされたカレーの皿を持って歩いていく。
俺もその後に続こうとして、机の惨状を思い出した。
「四人とも食べ残すとか、作った人に申し訳ないな。……レトルトなら工場の人に」
しかし、今から食おうにも、冷めて余計に美味くなくなったカレーなど胃が受け付けてくれそうにない。メイリンは当然として、他の二人もさほど興味がなさそうな顔をしている。
静かに無言で、厨房の人と工場の人とビーフカレーの牛とチキンカレーの鳥、その他大勢の農家の方に謝ってから、自分の皿とメイリンの皿を持って立ち上がる。
それを見た右隣のクミも立ち上がり、続いてトガミも立ち上がった。
『うーまいメロン、うーめろん!』
なんやかんやで楽しかった一日の代償として残った寂しさの中に、呪文が鳴り響いた。
その呪文にすがるように携帯を手に取り、ボタンを押してから耳に当てる。
無言。というより、無音。
もしやと思って画面を見ると、やはり開かれていたのはメール画面だった。そろそろメールと電話の着信音を別のものに変えた方がいいのかもしれない。
どうでもいいことを考えつつメールそのものに目を向けると、送り主の名前は表示されておらず、代わりに見覚えのないアドレスが書かれていた。
視線を下に下げていくと、件名のところに『クミです』という文字を見つける。
メールの内容は『今日は楽しかったです。ありがとうございました。また月曜日、話しましょうね』という、あまりに常識的なものだった。本当に中学までは普通の大人しい子だったのだろう。
そのメールに『俺も楽しかった』とだけ返して、携帯を閉じた。スライドされた上画面が携帯の上部にあった紐に当たり、揺らす。それは『お土産』と称して渡されたストラップだった。
二つのストラップは全く同じ物で、トガミとクミの二人が張り合うように買ったのだ。全く同じ物を二つぶら下げているというのもおかしな光景だが、まぁ思い出という意味では良いだろう。
しかし……。
「あいつが目を覚ますのはいつになるのかね」
諦めが早いのか、飽き性なのか、はたまた遊びなのかは知らないが、半年で五回という告白回数は異様だ。言うまでもなく、客観的に見て好ましいことではない。
そしてそれは、新たに『標的』にされた者でも思うだろう。
「まさか、あのチンケな色気に絆されたというわけでもあるまいに」
いつの間にか風呂から上がってきていたメイリンが、射抜くように冷たい声を吐き出す。
「無論だ」
吐き捨てて、風呂に向かう。
遊んでしまったせいか、遊んでいて課題を終わらせなかったせいか、遊んで疲れてしまったせいか、というか正直に言うとトガミとクミに会いたくないから月曜日になってほしくない。
風呂上りに外出て湯冷めからの風邪を狙うか。それとも風呂で溺れるというのが斬新でバレにくいだろうか。……もういっそ運命信じちゃおうかな。どうせ人は死ぬ生き物だから無理に生きる必要なんかないとか言っちゃおうかな。




