十四話 加速する論議
二学期が始まって早々の某日。うちのリビングは賑わっていた。賑わっているのだが、雰囲気はピリピリとしている。
その理由は、集まっている面子だ。俺とメイリン、トガミとナガミ、ユウカに父さんと父さんの再婚相手――名前は『コウ』というらしい――までが一つのテーブルを囲んでいる。
「偶然と言うには、あまりに不自然だな」
父さんが沈黙を破ると、緊張の糸がいくらか緩まったように思えた。
しかし、それは危うい均衡を崩したことに他ならない。
「理由などどうでもいいのではないか? 始まってしまった以上、何かしらの結論を出すのが道理というものだ」
次に口を開いたのはナガミだった。俺が知っている範囲では、この中で二番目に肝が座っているだろう。
だが、落ち着きという意味でいえば、メイリンやトガミも負けていない。その二人は本来のマイペースさを存分に発揮し、緊張状態をなんとも思わぬような表情で口を噤んでいる。
対して、一番取り乱しているのは俺だ。次いでユウカが慌てているように見えるが、それは仕草だけで、視線は泳いでいない。
「ええと……。それで、どうしてこうなったのか――」
俺の言葉は、ナガミと父さんの鋭い視線に遮られる。
既に父さんが言った通り、事態の原因は単なる偶然。たまたま父さんたちが帰ってきていた日にトガミとナガミが家に来て、何故かいつもより早くユウカまで来たに過ぎない。
「私は別に、結論なんて出さなくてもいいんですけど、売られた喧嘩は買わなければ……ねぇ?」
偶然が重なった結果、以前会った時の印象とは全く違うコウさんとナガミが一触即発の状態になってしまったのだ。
「我はどうでもいいアル。唯野、ちゃんと司会やるアルよ」
そんなメイリンの言葉によって、それは始まった。ちなみに、どうして俺が司会なのかを聞ける雰囲気ではない。
「ただ見ているだけというそれは、存在しないのと何が違うんだ?」
ナガミの鮮烈な一言。
最初の標的は、当然だが父さんらしい。対極の二つが争えば、融和など有り得ない。
「なんだ、見ているという事実が違うと、そんなことも分からないのかね?」
「論点をすり替えないでいただきたい」
父さんの明らかな挑発に、ナガミは冷静に返す。そして、二人がニヤリと笑う。小手調べが済んだらしい。
「一般に観察とは、何かに活かすための行動だ。何にも活かすことがなければ、その行動に意味はない。それだけでなく、その『観察している』ということも確認できない。存在しないのと、どこか違う?」
「違うだろうに」
父さんは鼻で笑った。
「『信じる者は救われる』という言葉を知らんのかね? 主が見ているという事実が、信仰者に力を与える。その違いを、よもや理解できぬということはないだろう?」
父さんの言葉に、コウさんが幾度か頷く。
「困りますね、そういう妄言は」
ナガミは言葉を切り、わざとらしくため息をついてから続けた。
「そんなの、神がいなくとも関係ありませんね。神がいると盲信するだけで事足ります」
ナガミの中で敬語とは、相手を馬鹿にする口調なのではないだろうか。
「青いな。それだから――」
「くどい。……いや、抽象的な言葉で逃げるのは盲信者の常套手段か」
そんな言葉の応酬で、部屋に沈黙が流れた。
その沈黙が何を意味するのかは分からない。父さんが負けたのか、諦めたのか、はたまた呆れたのか。
しかし、その沈黙も破られる。
「何度も言ってるけど、まだ存在しないだけだよ。神は、いつか現れる。神に昇華する人間が現れるんだよ」
支配者たる人間が管理者たる神へ。蚊の鳴くような声でそう付け加えたトガミは、何故かこちらを見てニコリと笑う。俺はその笑みの意味など理解できないし、したくもない。
「既にいるという可能性はないんですか?」
続いて声を上げたのはコウさんだった。
「ないですよ。神が存在するなら、苦しんでいるのに救われない人や、罪を犯したのに罰せられない人がいるはずありません」
トガミはきっぱりと否定する。その目には愁いというより、嘲りに近い色が浮かんでいた。
「その理屈では、『ただ見ているだけ』という神の存在を否定するには至らないな」
父さんの言葉にナガミが反論しようとした時、静かな声が発せられた。
「神がいようがいまいが、関係ない」
声の主はメイリンだった。
「どちらにしても、世界が過去によって決められているのは揺るがないアル。その世界に神がいるなら、その神は世界の法則に干渉できない紛い物アル。神がいないなら、それも変わらず、世界は法則によって回っていくだけアル」
その言葉は、俺にも分かるほど強引だ。メイリンが自分の思想が正しいと主張するように、ナガミや父さんだって主張している。
そんなことを理解したのかしないのか、コウさんが言い捨てるように言葉を投げた。
「それは未来が過去によってのみ決められていると説明できなければ、意味がないんじゃないですか?」
あまりに単純な言葉は、それゆえに稚拙だ。
「悪魔の証明は無駄アル」
メイリンが運命論を証明できないように、コウさんも有神論を証明できない。コウさんの発言は、魔女狩りで「魔女でないことを証明しろ」と言うに等しい行為だ。
そして、父さんがため息をつく。
それは一種の白旗に近かったが、そんな雰囲気を塗り潰すように、パチンと手を叩く音が響いた。
「そんな皆さんに朗報です! 我がムーチー様なら有神論の否定から人神論の研究まで入信料三千円でお手伝いします!!」
ユウカの素っ頓狂な謳い文句によって、場が急転する――




