↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
脅迫されて偽装彼氏になった俺の青春が、どうにもおかしい。  作者: フィジ05


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/9

第9話 友人は、恋人の話を聞きたがる

 翌朝。


 教室に入ると、健太が自分の席からこちらを見ていた。


 その顔を見た瞬間、なんとなく嫌な予感がした。


「おはよう、蓮」


「おはよう。朝からそんな顔をして、どうした?」


「どんな顔だよ」


「面白い話を聞きつけた人間の顔」


「正解」


「帰っていいか?」


「まだ席にも着いてねえだろ」


 健太は笑いながら、俺の机を軽く叩いた。


「昨日、白石さんと一緒に帰ったんだって?」


「……情報が早いな」


「見たってやつがいたらしいぞ」


「世間の監視体制が厳しいな」


「お前が学校のマドンナと付き合い始めたからだろ」


「付き合い始めたという事実が、俺のプライバシーを侵害している気がする」


「自分で言ってて意味分かってるか?」


「半分くらい」


「残りの半分は?」


「社会への問題提起」


「朝から面倒くせえな」


 健太は呆れたように笑った。


「それで、昨日はどうだったんだ?」


「どうって?」


「初めて一緒に帰ったんだろ。何かあったのか?」


「別に。普通に駅まで歩いて、少し話して解散しただけだよ」


「ふうん」


「何だよ」


「いや。お前が白石さんと一緒に帰ってるっていう状況が、まだ頭に馴染まなくてな」


「俺だって普通に話すぞ」


「それは知ってる。白石さん相手だと、また別の話だろ」


「褒めてるのか、それ」


「まあ、少なくとも退屈はしてなさそうだな」


「それは褒めてないだろ」


「面白がってるのは否定しない」


「正直でよろしい」


 健太は声を出して笑った。


「まあ、いいじゃん。せっかく付き合ったんだから、仲よくやれよ」


「ずいぶん簡単に言うな」


「難しく考えるから難しくなるんだろ」


「それができれば苦労しない」


「何かあったのか?」


「いや、そういうわけじゃない」


 俺はそこで話を切り上げた。


 健太に言えることと言えないことがある。


 今回の件は、少なくとも今のところ、後者だ。


「そういえばさ」


 健太が俺の机に視線を落とした。


「その本、まだ読んでるの?」


「ああ。昨日の続きだな」


「面白い?」


「まあな。人物同士の関係が少しずつ変わっていく話なんだけど、会話のやり取りが結構いい」


「お前、そういうの好きだよな」


「好きだな」


「登場人物が何を考えてるかとか、そういうのまで気にするだろ」


「作品を楽しむ方法は人それぞれだろ」


「お前の場合、楽しむというより分析してる気がするけど」


「分析も楽しみ方の一つだ」


「出たよ」


 健太は苦笑した。


「まあ、俺はそこまで考えずに読めるやつがいいわ」


「それも正しい」


「じゃあ、今度何か貸してくれよ。あんまり難しくないやつ」


「注文がざっくりしてるな」


「細かく指定したら、お前が面倒くさい解説を始めるだろ」


「失礼だな。相手の好みに合わせて選ぶくらいの配慮はある」


「その配慮が長いんだよ」


「……善処しよう」


「じゃあ、読み終わったら貸してくれよ」


「今読んでるやつか?」


「いや、お前が面白いって言ってるやつなら、何でもいい」


「ずいぶん人任せだな」


「本選びくらいは詳しい奴に任せるのが合理的だろ」


「便利な言葉だな、合理的」


「お前が言うなよ」


 俺たちは顔を見合わせて笑った。


 こういう会話は楽だ。


 余計なことを考えず、思いついたことをそのまま口にできる。


 凛花といるときは、どうしても発言を選んでしまう。


 それは彼女を信用していないからなのか、それとも偽装交際という状況そのものが原因なのか。


 まだ、よく分からない。


 始業のチャイムが鳴る。


 俺たちはそれぞれ席に戻った。


 ……友人というのは、こういう距離感がちょうどいい。


 必要以上に踏み込まず、かといって気を遣いすぎるわけでもない。


 俺としては、非常に助かっている。


     *


 昼休み。


 教室で弁当を食べ終えた俺は、図書室へ向かっていた。


 次に読む本を探したかったのと、午後の授業まで少し時間があったからだ。


 図書室は昼休みでも比較的静かだった。


 窓際の席では数人の生徒が本を読んでいる。カウンターには司書の先生がいて、貸し出しの手続きをしていた。


 俺は新刊の棚の前で足を止める。


 何冊か背表紙を眺め、気になった一冊を手に取った。


 裏表紙のあらすじに目を通す。


 ……悪くない。


 もう少しだけ考えようと思い、本を手にしたまま隣の棚へ移動した。


 そのとき、後ろから声がした。


「神谷くん?」


 振り向く。


 そこにいたのは、昨日の帰り道で会った女子生徒だった。


 栗色の髪が肩の下で柔らかく揺れている。柔らかい目元と、親しみやすい笑顔。制服もきちんと着こなしていて、全体的に清潔感のある印象だった。


「玲香さん」


「こんにちは。図書室で会うのは初めてだね」


「そうだな」


「よく来るの?」


「まあ、たまにな」


「へえ。ちょっと意外」


「そんなに意外か?」


「あはは。ごめん」


 玲香は悪びれた様子もなく笑った。


 その笑顔に、妙な押しつけがましさはない。


 初対面に近い相手でも、こうして自然に話せるのは素直にすごいと思う。


「玲香さんは?」


「私は本を返しに来たところ。ちょうど返し終わったところだったんだ」


「そうか」


「そういえば、昨日、漫画を読むって言ってたよね。小説も読むの?」


「読むよ。ジャンルはあまり選ばないけど」


「へえ。じゃあ、結構詳しいんだ?」


「好きなものに関しては、それなりに」


「じゃあ、おすすめとかある?」


「漠然としてるな」


「やっぱり?」


「ジャンルも好みも分からないのに、おすすめを聞かれても困る」


「それはそうだね」


 玲香は素直に頷いた。


「じゃあ、好みを聞くところから?」


「そうだな。まずは普段どんなものを読むのかとか、好きなジャンルとか」


「なるほど。なんだか本屋さんみたい」


「そこまで大層なものじゃない」


「でも、詳しそう」


「好きなものに関しては、それなりに」


 俺は少し考えてから、隣の棚に目を向けた。


「例えば、こういうのはどう?」


 手に取ったのは、比較的薄めの小説だった。


「どんな話?」


「登場人物同士の関係が少しずつ変わっていく話だな。派手な展開より、会話や心理描写を楽しむタイプ」


「へえ。面白そう」


「まあ、好みに合うかは分からないけど」


「神谷くんは好きなの?」


「好きだよ。登場人物のやり取りを読んでいると、何を考えているのかとか、どういう距離感なのかとか、いろいろ考えられるからな」


「距離感?」


「例えば、同じ言葉でも誰が言うかで意味が変わるだろ。仲のいい相手に言うのと、知り合ったばかりの相手に言うのとじゃ、受け取り方も違う」


「確かに」


「そういう細かい違いが積み重なって、関係が変わっていくのが面白いんだ」


 そこまで話してから、少しだけ気づいた。


 俺は、思ったよりも普通に話していた。


 普段なら、趣味の話をしてもここまで説明することはあまりない。


 相手が興味を持って聞いてくれているからだろうか。


「神谷くんって、好きなものの話になると少し饒舌になるね」


「そうか?」


「うん。最初に話したときより、言葉が増えてる」


「……それは気づかなかった」


「いいと思うよ。聞いていて楽しいし」


 玲香は、俺が説明している間も、時折小さく頷きながら話を聞いていた。


 その反応が自然だったので、こちらも話しやすかった。


「玲香さんは、普段どんな本を読むんだ?」


「私はそこまで詳しくないかな。友達に勧められたものを読んだり、気になった表紙の本を手に取ったりするくらい」


「なるほど」


「だから、こういう話を聞くのは新鮮かも」


「それなら、まずは読みやすいものからがいいな」


「うん。そういうのがいい」


 玲香は俺が差し出した小説を受け取り、表紙とあらすじを確認する。


「これ、面白そう」


「短めだから、読みやすいと思う」


「じゃあ、これにしてみようかな」


「気に入るといいな」


「ありがとう。読んでみるね」


 玲香は本を抱え、少しだけ笑った。


「今度、読んだ感想を話してもいい?」


「別にいいけど」


「よかった。じゃあ、そのときはまたおすすめも聞かせてね」


「次もあるのか」


「駄目?」


「いや、駄目とは言ってない」


「あはは。じゃあ、また今度」


 玲香は軽く手を振ると、貸し出しカウンターへ向かった。


 俺はその背中を見送ってから、最初に手に取っていた本を改めて開いた。


 あらすじを読み直す。


 ……やっぱり、こっちも悪くない。


 俺はその本を持って貸し出しカウンターへ向かった。


 玲香もちょうど手続きを終えたところだった。


「じゃあ、またね。神谷くん」


「ああ。また」


 彼女は軽く会釈をして、図書室を出ていった。


 俺はその背中を見送り、カウンターで本の貸し出し手続きを済ませた。


 ……不思議な人だ。


 まともに話したのは昨日が初めてなのに、ずいぶん自然に話せる。


 話している間はごく自然なのに、気づけばこちらのことをいくつも話している。


 質問されているという感覚すら、あまりなかった。


 ……人付き合いがうまいというのは、ああいうことなのだろうか。


 図書室を出ると、昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴り始めていた。


     *


 午後の授業が終わり、帰り支度をしていると、スマートフォンが震えた。


 画面を見ると、凛花からメッセージが届いていた。


『今日の放課後、少し時間ある?』


 ……今度は何だ。


 俺は鞄に教科書をしまいながら返信する。


『内容による』


 すぐに既読がついた。


『昨日みたいに、私たちのことを聞かれたときの答え方を確認しておきたいの』


 続けて、もう一通。


『どこまで話すか、二人で合わせておいたほうがいいでしょう?』


 なるほど。


 第8話の帰り道でも、玲香から二人の関係についていくつか質問された。


 その場では何とか答えられたが、今後も同じように受け答えできるとは限らない。


 俺たちの説明に食い違いがあれば、余計な疑いを招くことにもなる。


『分かった。放課後なら大丈夫だ』


『ありがとう。いつもの場所で待っているわ』


 俺はスマートフォンをしまった。


 健太とのいつもの会話。


 玲香との思いがけない再会。


 そして、凛花からの新しい相談。


 昨日までと比べて、ずいぶん周囲が賑やかになってきた気がする。


 ……平穏な高校生活というものは、案外手に入りにくいものなのかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。