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クソラノベを編集したら修羅場ハーレムになった  作者: 夏目くちびる
開花編

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043 ヒーローになれなかった(桜宮類)

 翌日の朝刊に、見覚えのある名前があった。



 安心院さんの両親の会社だ。



 どうやら、また大型の都市開発を進めているらしい。

 記載されている地域には、確か菫坂さんの家があったはずだが――大丈夫なのだろうか。



 彼女の家は、江戸時代から続く呉服屋。

 当然、周囲にも長い歴史を持つ店が立ち並んでいる。

 とても、あの町を再開発するというイメージが湧いてこない。



 わたしは、電話でお兄様に記事のことを訊ねた。



「あぁ、実は周辺の買収もほとんど終わっているらしい。

 残ってるのは、乾物屋と呉服屋だけって話だ」


「呉服屋……」


「まったく、土地屋上がりの企業はやることのエゲツなさが半端じゃないね。

 あの町のレトロなイメージが好きって奴も、日本には多いだろうに」



 残ってる呉服屋というのは、恐らく菫坂さんの実家だろう。

 その牙城を突き崩すために、果たして土地屋とは何をする仕事なのか、わたしには想像もつかなかった。



 けれど、菫坂さんと安心院さんは学生だ。



 都市開発の件は、大人同士で解決することであって、子供には一切関係ない。



 だから、今まで通りに学園生活を送れるに決まってる。

 安心院さんと菫坂さんは、互いに無干渉のまま生きていけるに違いないのだ。



 ……けれど、この胸騒ぎはなんだろう。



 わたしは、妙な気分のまま学校へ向かった。



「ごきげんよう、菫坂さん」


「……桜宮さん、おはよ」



 彼女は、いつもよりも苦い微笑みを浮かべて、無理に挨拶をしたように見えた。

 明らかに普通じゃない。けれど、その理由を訊くのは憚れる気がして、何も言えなかった。



「おはよう、菫坂さん」



 声をかけてきたのは、同じクラスの財前(ざいぜん)さんだった。



 財前さんの父親は、M銀行の役員だ。

 そして、M銀行は安心院さんの実家のメインバンクとしても有名である。



「お、おはようございます」


「聞きましたわよ。

 あなたのご実家、大変なんですってねぇ」


「……えぇ、まぁ」


「居座るのにも、体力が必要でしょう?

 あなたのご実家、商品開発に苦労されているようでしたが――わたくしの方から、父に相談して差し上げましょうか?」



 教室の後ろで、和やかに話をしているグループを見る。



 その中心には、やはり安心院さんの姿。

 彼女は、少しだってこちらを見ていないが、周囲の生徒たちは菫坂さんをチラチラと観察し、時折、嘲るように笑っていた。



「し、失礼ですよ。財前さん」



 ……考えるよりも先に、わたしは、菫坂さんの前に立っていた。



「あら、桜宮さん。

 いたのね。……それで、何が失礼なのかしら?」


「自宅に住んでいるだけで『居座る』だなんて、あんまりな表現です。

 何が目的かは知りませんが、撤回してください」


「なぜです?

 私は、ただ心配しているだけですよ。桜宮さん。

 あなたこそ、下心があるから勘繰ってしまうのではなくって?」


「ち、違います!

 わたしは、本当に菫坂さんが心配で――」


「大丈夫ですよ、桜宮さん」



 熱くなったわたしの言葉を、菫坂さんが止めた。



「財前さん。私の父は、何一つ恥ずかしいことなんてしていません。……お引き取りを」



 今でも忘れられない。

 あの気弱な菫坂さんが、震える足を抑えて必死に立ち向かう姿。



「そうですか。

 不要な気遣いでしたわねぇ、ごめんあそばせ」



 思わず感情が溢れそうになったけれど、一番辛いはずの彼女が涙を堪えているのを見て、わたしは唇を噛み締める。



 この先、何があっても彼女と共にいよう。



 友達の気高い姿を見て、そう、誓ったはずだった。



「酷い、こんなのって……っ」



 移動教室の授業から戻ると、菫坂さんの『ロビンソン・クルーソー』が、カッターでズタズタに引き裂かれていた。



「……大丈夫。また、新しいのを買うよ」



 嘘だ。



 この本には、菫坂さんの大切な思い出が詰まっていたはずだ。

 内容だけじゃなくて、本自体にかけがえのない価値があったことは、見れば誰にでも分かるはずだ。



「犯人を探そう。

 必ず、報いを受けさせてやるの」


「うぅん、いいよ」


「よくない!

 わたし、絶対に許せないよ! 菫坂さんの大切な本を――」



 彼女は、何も言わずにわたしの手を握る。



「いいの。

 もう、帰ってこないから」



 ……。



 それから、菫坂さんは無視されるようになった。



 決して、大袈裟な虐めではないけれど、寂しがり屋の菫坂さんを、それが何よりも苦しめるやり方だってことを、深く理解している人間の仕業だと分かった。



 やがて、教師までもが菫坂さんを無視し始めた。



 状況のグロテスクさは、更に苛烈を極めていく。

 聖蘭学園という場所が、権力と資本の統治で成り立っている事実をわたしは思い知った。



「桜宮さん、今日の放課後も遊びに行きましょう。

 いいカフェを見つけたんです」



 わたしは、今までよりも安心院さんに誘われるようになった。

 一見、なんてことのない友人関係。

 しかし、それが支配に他ならないことを、わたしは気付いていたのだと思う。



「……えぇ」



 だからと言って、安心院さんが虐めの主犯だなんて証拠は一つもない。



 けれど、邪魔な者を排除するための方法を、躊躇無く実行する人間を、わたしは安心院さん以外に知らなかった。



 ……だから、わたしは訊いてしまった。



 友達が傷付く姿を、ただ見ていることに耐えられなかったから。



「安心院さん。もう、やめませんか?」



 優雅なカフェ。

 そこで談笑していたみんなが、一様にわたしを見る。



「なにを、ですか?」


「菫坂さんのことです。

 彼女は、実家同士の争いに関係ないはずです。

 なのに、どうして彼女を迫害するようなことを――」


「わたくしが、いつ、彼女を迫害したのですか?」



 ピシャリ。

 水を打ったように、静まり返る。



「そ、それは……」


「菫坂さんは、元より社交的な生徒ではありませんでした。

 だから、孤立している。今までと、何も変わっていないように思いますけれど」


「でしたら、少しでも気を使って差し上げたら如何でしょう。

 安心院さんほどのお方に声を掛けられれば、周囲の空気も少しは――」


「なぜ?」



 ……背筋が凍るほどに冷たくなる。

 そんな、言葉だった。



「勘違いしないでくださいね、桜宮さん。

 わたくしは、決して博愛主義者ではありません。

 大切な友人に対しては力添え致しますし、付き合いのないクラスメートは静観しているだけです。

 それって、当たり前のことでしょう?」


「しかし、菫坂さんが苦しんでいるのも確かです!」


「ならば、あなたが救って差し上げたらどう?」


「……え?」


「仲が良いのでしょう?

 ここで、わたくしとお茶をするよりも大切なことだと感じるのなら、是非そうするといいですわ」



 ……わたしは、店を出ると、すぐさま菫坂さんの家に向かった。



 電話をかけても、彼女は応答しない。タクシーに乗り込み、目的地の住所を伝える。

 二十分ほど経って、わたしは菫坂さんの家についたが――店先には、ホームレスの人が何人も屯していた。



 誰かが追い払うわけでもなく、警察が来るわけでもない。

 古き良き日本の町並みの、そこだけが異臭立ち込めていて、まるで別世界のように思えてしまった。



「……いや」



 これが、力のある人間のやり方か。



「いやよ」



 これが、力のある人間のやり方なのか。



「菫坂さん!!」



 その場で叫んでも、誰も顔を見せない。

 そもそも、店はシャッターが閉じていて、中に人の気配がない。



 ……わたしは、ホームレスたちの舐めるような視線に耐え切れず、その場から逃げ出していた。



 何一つ救えない。



 その事実を抱えて、その日、わたしは眠ることしか出来なかった。

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