041 その力の正体
「え〜? またこれ〜?」
炒飯と中華スープに一口餃子。
餃子は、俺が考案した親父の屋台で出しているサイドメニューである。
「う、うま……っ」
「おいしいですわね」
「ほぇ〜」
食い飽きている霞以外、絶賛の評価を得たことに気分を良くした俺は、食後の皿洗いまで請け負ってようやく一服。
コーヒーは、珍しく桜宮が淹れてくれた。
高級品らしい。俺に味は分からないが、既に香りを気に入ったことだけは確かだった。
座ったら、ご相伴預かるとしよう。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「なんだ、霞」
「霞も、お姉ちゃんたちの小説読みたい。スマホ貸してよ」
……ほう。
「お前、読書に興味が出たのか」
「別に。ただ、面白いのかなーって思っただけ」
実にマセガキの霞らしい理由だと思った。
大方、祭や衣やクラスメートに、彼女たちの知らないコンテンツでマウントを取ろうとしているのだろう。
こいつは、こう見えて努力家だ。
見栄を張るために努力するというのは、なんとも本末転倒な話ではあるが――とにかく、霞は自分が他者より優れていることを何よりの愉悦と感じている節がある。
だから、気になったのだろう。
俺が、心から惚れている作家たちの作品が。
「ほらよ」
『谷底に咲く』を表示したスマホを霞に渡して、コーヒーを一口。
苦みがなく、チョコレートのように甘くて滑らかな舌触りが、俺のコーヒーの常識を一撃で破壊する。
俺は、漢字の読み方や意味を教えながら、霞の読書に付き合った。
「……え、意味分かんない」
読み終えた霞がボソリ。
ここまで切れ味が鋭いと、逆に気持ちがいいな。
「ど、どこが分からなかったかなぁ」
流石、牧野アメリである。小学生相手にも真剣な対応だ。
他の作家なら「キミには早いかもね」くらいの嫌味を言ったことだろう。
「自分が幸せじゃないのに満足するなんて、そんなの意味分かんない。
霞は、霞が一番幸せじゃなきゃヤダもん」
……呆れるくらいに、花霞だった。
そして、それは同時に、この世の真理の一つでもある。
毎度のことながら、幼い本音というものは言い訳を考え始める年頃にぶっ刺さるぜ。
「霞。どうして、自分が一番じゃなきゃダメなんだ」
「お兄ちゃん……はぁ、そんなことも分かんないの?
バカ過ぎない?」
「頼むよ、ピニャコのシールやるから」
「嘘つき! お兄ちゃんが買ってくれたことなんてないじゃん!
もう騙されないからねっ!?」
俺は、鞄の中からレスキュー・ララのキャラクターが描かれたボンボンドロップシールを取り出すと、霞にくれてやった。
「きゃーーーーっ!!」
昨日、お年玉を崩したついでだ。
嘘つき扱いされるのもムカつくし、甘楽町で買っておいたのである。
因みに、祭と衣には別のアニメのシールを既に渡してある。
残念だったな、霞。お前には、取引材料として使わせてもらうぞ。
「兄ちゃんに、お前の話を聞かせてくれ」
「も〜、仕方ないな〜」
妹のニヤニヤしたメスガキフェイスが光る。
「そんなに好きだったら、奪った方がいいに決まってるじゃん」
……その一言で、場が制圧された。
高校生である俺たちが、完全に、小学生の霞に黙らされたのだ。
「ねぇ、花。
今、なんとなく見えた気がする」
「奇遇だな、牧野。
たった今、俺も審査員を制圧する方法が見えたところだよ」
つまり、人を制圧するために必要なのは、究極なまでの剥き出しな『エゴ』だ。
削いで、削いで、削ぎ落として。
それでも削りきれなかった欲望が、『制圧力』と呼ぶに相応しいファクターだった。
超一流へ到達するためには、それがなければ話にならなかったのだ。
そして、そのエゴを突き詰めた作家こそが――
「「本所誠」」
薬丸と俺の声が重なる。
俺は、牧野と薬丸が次に進むための突破口を、同時に垣間見たようだ。
「流石、朔太郎の妹ですわ」
「と、トーゼンでしょ!
霞、めっちゃ凄いんだからっ!」
桜宮に頭を撫でられて、満更でもなさそうにニヤける霞。
一方で天才二人は、すぐさま自分の原稿を確認する。そして、図ったかのように顔を見合わせると、俯いて項垂れてしまった。
――花ちゃんは、人を勝たせてあげたいのよ。
矢代先生の、あの言葉がフラッシュバックする。
自分の欲望を見つめ直すというのは、身を削るような思いをする作業だ。
俺は、そのことをよく知っている。それを、彼女たちにも望むというのは――なるほど、これ以上にないエゴだと思った。
「ごめん。ボク、今日は帰るよ。
ちょっと、一人になって考えたい」
「……私も」
言って、彼女たちは鞄を持ち「またね」と言って出て行った。
桜宮は寂しそうだ。
さっきまで賑やかだったから……だけではない。
天才に、置いてけぼりをくらったことを自覚したせいでもあるのだろう。
「お前はどうするよ、桜宮」
「悔しいけれど、わたくしはその領域にいない。
まずは、出来ることを一つずつ、ですわ」
その後、俺は桜宮と霞の会話をぼんやりと聞きながら、作品のエゴを先鋭化させる具体的な方法を考えたが……ダメそうだ。
ここまで来ると、もはや理屈の話ではない。
やがて、偶然を引き起こすために、それ以外の要素を突き詰めることしか出来ないと悟った。
「類お姉ちゃんって、お金持ちなんでしょ?」
「わたくしではなく、『親が』だけれどね」
「いいなぁ。霞んち貧乏だもん。
パパがちっとも働かないから」
一応弁明しておくが、お前らが寝た後に働いてるぞ。
「霞も、こんな広い家に住んでみたい。
それで、自分で買いたいものぜーんぶ買うの」
「いいアイデアですわね」
「それに、お金があったらママも家にいられるじゃん?
だから、お金持ちは羨ましい。類お姉ちゃんは、ママのこと好き?」
……桜宮は、苦笑いして答える。
「どうかしら。
好きと言えるほど、わたくしはお母様を知らないの」
「え〜? なんで〜?」
「なんでかしらね。
けれど、お兄様とお姉様は大好きですわ。霞と同じね」
「霞はお兄ちゃんのこと、別に好きじゃないけど?」
まぁ、普通に傷付いた兄の気持ちはさておき――そろそろ、帰る時間だ。
俺たちは、支度を済ませると玄関へ向かった。
「ねぇ、朔太郎」
先に下へ降りた霞を確認すると、隠れるように、桜宮は俺の背中に抱き着く。
「泊まっていって」
耳元で囁かれた声に、思わず首筋が震える。
「無理だ、妹がいる」
「なら、後で帰ってきて」
「そんなにアイデアが溜まってるのか?」
「違う、聞いて欲しい話があるの」
更に力強く抱き着く桜宮。
俺は、彼女の手を掴むと、一本一本指を離して振り向き目を見た。
「じゃあ、後でな」
家に戻り、親父の仕込みの手伝いを終えると、時間は既に21時となっていた。
念の為、桜宮に電話で確認する。彼女は「早く来て」とだけ呟き、一方的に通話を切ってしまった。
よっぽど深刻な話か、或いは別の理由か。
どちらにせよ、行かねばなるまい。
ここで向き合わなければ、問題を先送りにするだけでなんの解決にもならないからだ。
「……やれやれ」
夜道を歩き、電車へ乗る。
乗り換えの甘楽町でホームを出ると、そこでばったり寛と出会った。
「よぉ」
「おぅ」
俺たちは、特に言葉もなく、雁首揃えて駅前の広場に設置してあるベンチに座る。
夏休みが始まって、ずっと気を張っていたからだろう。
俺は、久しぶりな気がする友人の四角い顔に安心して、思わず笑みを零してしまった。




