039 オリジナルを追う者
「来て早々、無礼な人ですわね」
「好きなようにやれ、と言われたからな」
「一応確認しておきたいのだけれど、花さん。
あなた、わたくしの家をご存知?」
「知らん……というか、知ってたとしても関係ないぜ。
母さんは刑事だし、親父に至っては深夜に屋台引いてるラーメン屋だからな」
「……なるほど」
安心院は、感心していた。
母さんの持つ法的な抵抗力よりも、父さんのように、なんのしがらみもない存在が興味深い、と言った様子だった。
「因みに、あんたんとこは何屋なんだ?」
「土地屋、ですわ」
……そういえば、こいつはジョークも使えるんだったな。
切れのあるブラックユーモアは、割合、俺の好みであった。
「で、本当は?」
「デベロッパーという意味では、大きな違いはありません。そのような仕事です」
「そりゃ、屋台ラーメンとは相性悪いわな」
「えぇ、本当に」
安心院は、クスクスと笑って足を崩した。
どうやら、俺の前で作法を守ることに意味がないことを悟ったようだ。
「それじゃ、本題を頼む」
「桜宮さんから、あなたを奪いに来たんですよ、花さん」
……これはまた、意外な展開だ。
「理由を知りたいな」
「話せば、わたくしのところに来てくれるんですか?」
「あり得ない」
「ならば、赤裸々に語る必要もありませんわね。
脅す作戦も通用しないみたいですし、いっそ寝取ってしまおうかしら」
「はしたないセリフだ」
「貴族の娘は、中世から騎士に恋愛の嗜みを教わる習わしです。
それをモダナイズすれば、幾らでも理屈を作れますわ」
こいつ、俺と考えが似てる。
そんなことを、彼女のやり方を聞いて思った。
「まぁ、色々考えてきてくれたところ悪いけど、全部無意味だぜ。
これ飲んだら、あんたも帰れよ。ここは奢ってやる」
言って、抹茶を飲み干し菓子を口へ放り込む。
「うふふ。わたくし、こんなに雑に扱われたの初めてです」
「俺の中じゃ、あんたは敵ってことになってるからな」
「まぁ、酷い人。
しかし、そんなふうに自立しているあなたが、なぜ桜宮さんを選んだんですか?
彼女のようなタイプなら、あなたは嫌うのが筋でしょう」
「逆だよ、安心院。
桜宮が選んで、俺が乗ったんだ」
「……彼女が、選んだ?」
その一言を発した安心院の表情からは、微笑みがすっかり消えている。
「誰かのマネをすることしか出来ない桜宮さんが、『選んだ』ですって?」
「何かおかしいか?」
「おかしいに決まってます。
きっと、花さんの勘違いでしょう。そうでなければ見当違いです。
それほどに、桜宮さんが自分で何かをすることはあり得ない」
……なんとなく、二人の関係が見えてきたな。
「あいつ、お前の手下だったのか?」
「手下ではありません、友人です。みんなと同じ……ね」
ふと思い出す桜宮の「わたくしも、そうありたかった」というセリフ。
違和感は、点と点を結び線を作り出す。
そして、線は一つのエピソードを、エピソードはストーリーを紡いだ。
「……なるほど、そういうことかい」
「なんのことですか?」
「要するに、あんた、格下に歯向かわれた腹いせやってんのか」
安心院は、青褪める。
彼女の仮面が、木っ端微塵に粉砕されたのが分かる表情だった。
「悪い。別に、咎めたわけじゃないんだ。
ただ、感心しただけ」
「……へぇ」
「でも、お互い様だろ?
あんた、うちの親父の仕事を知って感心してたからな」
「……るせぇよ、貧乏人」
おぉ?
「さっきから黙って聞いてりゃ、偉そうに講釈タレやがって。
こっちはテメーのオナニー見に来てんじゃねぇんだよ、ボケコラ。あぁん?」
本当に驚いた。
これが、本当の安心院紫子か。
「流石、土地屋だな。
恫喝の心得もあるわけだ」
「煽ってんじゃねーよ、三下ぁ。
テメー、分かってねぇみたいだけどよ、脅すんなら幾らでもやりようはあるんだぞ?」
「あんただって、手下に本性バラされたら困るんじゃねぇの」
「あ?」
「連中がボンクラとはいえ、家はそれなりのもんだろ。
あんたの本性を明かせば、親に監督不行き届きの烙印くらいは捺せるだろうさ」
「脅してるつもりか?」
「事実を確認しただけさ。
俺たちは、互いに手綱を握り合ってるってな」
安心院は、コメカミに青筋を立てながら片手で抹茶を飲んだ。
「テメー、ムカつくよ」
「よく言われる」
「なんで、こんなにムカつくんだろうなぁ」
「言いなりにならねぇからだろ?」
「いや、違う。そんな男は、横を見渡しゃ幾らでもいるもんなんだよ」
……なるほど、実に現実的だ。
「でも、こんなにムカついたことは無かった。ナメた口きかれても、ガキをあしらうのと同じ感覚だったからだ。
なら、なんでだ? なんで、テメーにはこんなにムカつくんだ?」
眉間にシワを寄せ、俺を睨みつける安心院。
しかし、しばらく続けた後で舌打ちをすると目線を逸らしながら呟く。
「教えろ」
「知らん」
彼女は、テーブルを叩いてため息を付くと、それっきり何も喋らなくなった。
「今の桜宮は、お嬢様口調なんだ」
「……だから、なんだよ」
しかし、名残惜しそうに俺を見る安心院へ、何も言わずに店を出た。
その答えを言ってしまえば、きっと、桜宮と安心院の仲を本当の意味で引き裂いてしまう。
そう、直感したからだった。
……。
翌日。
「どう? かわいい?」
「あー、最高。超イケてる」
「当たり前じゃん」
俺は、朝から十回は求められている大きな麦わら帽子の感想を、さっきとは別の語彙で霞に伝えた。
「霞、めっちゃ楽しみにしてたんだからね!? お兄ちゃん!!」
「そうか」
このマセガキが、こんなふうに喜ぶ姿を、一体いつ以来に見ただろうか。
今日は、甘楽町での待ち合わせはない。
俺は、霞と手を繋いで電車に乗り、小一時間ほど揺られて桜宮の姉の家に辿り着いた。
「すっご〜いっ!!」
インターホンを鳴らす前から、霞はキャンキャンと豪邸にはしゃいでいる。
そして、扉から現れた牧野と桜宮。
まだ、パジャマ姿の二人がしゃがんで霞と目線を合わせてから、二人して俺を見上げると、揃って顔を真っ赤に染め髪の毛を指で整えた。
「花霞、七歳よ!」
「うふふ。桜宮類、十五歳ですわ」
「牧野アメリ、十七歳だよっ」
恐らく、祭の時も同じ挨拶を見させられるんだろうな、と考えつつ、玄関へ足を踏み入れる。
「悪かったな。
霞がうるせぇから、予定より早く来ちまった」
「いいよ、別に。
だって、花だもん」
リビングへ行くと、ノートパソコンを開いたまま、テーブルに突っ伏して寝ている薬丸の姿があったので、なんの気なしに頬を指で突っつく。
すると、彼女は「うぇ?」と言いながら、ヨダレを垂らしたまま俺を寝ぼけ眼で見つめた
「おはよう、薬丸。
よく眠れたか?」
「……ボク、臭くない?」
「どちらかと言えば、いい匂いがする」
「そ、そっか」
もっと言えば、三人とも同じ匂いがするわけだが――それは口に出さなかった。
「徹夜したんだな。
書けなかったんじゃないのか?」
「……昨日は、久しぶりに筆が乗ったんだ。
お陰で、新作のプロットが出来上がったよ」
「ほー。
ひょっとして、例の創成期の事件を思いついたのか」
「お、思いついたんじゃないっ!
最初っからあったんだ! それを、一番面白く表現出来るようになっただけっ!」
如何にも薬丸らしい発言だった。
「なら、読ませてくれ。
お前の、徹夜の結晶を」
「……うん」
立ち上がった薬丸は、歯ブラシを口に突っ込んで再び現れ、ディスプレイを共有する位置につく。
座ると、彼女はシャコシャコと歯を磨きながら、俺にくっついて静かに身を強張らせた。
「なるほど、第一次世界大戦か」
薬丸の世界で起きた最初の戦争には、それを仕組んだ本当の存在があった。
正体不明の暗号を偶然キャッチしたことで、地球外の何者かの操作に気がついたルポライターの主人公が体験した恐ろしい歴史の一ページ。
戦争という本物の地獄を、実態のない恐怖へ落とし込んだ世界観と言ったら――。
「面白過ぎる」
凄まじいプロットだ。
こんな作品、絶対に薬丸以外に作れない。
「……今のおクには、理由ふぁ必要なんら」
今のボクには、理由が必要なんだ。
恐らく、そう言ったのだろう。
俺は、とっとと口の中を洗い流してこいと指示して、朝食を作る二人と霞を見た。
「本所誠は、何にでもホラーを浸透させられる。
けれど、ボクには背景が必要だ。モチーフが無ければ彼と同じことが出来ない。
これが、ボクとラスボスの明確な差だよ」
……こいつ、そこに一人で辿り着いたのか。
俺の力を使わず、たった一人で。
「ボクにはまだ、『死』の正体が分からない。
けれど、そこに近づくための努力は出来る。だから――」
深く頭をもたれ、床についた手の小指をこっそり結ぶ薬丸。
「また、協力してよ。サク」
嘗ての彼女が持っていた『孤独』に匹敵するエネルギー。
ひょっとすると、この小指から伝わってくる温かさこそが、彼女の得た答えなのかもしれない。
「任せろ、薬丸」
俺は、抱き返してやれなかったあの日を、小指に力を込めることでようやく返すことが出来た。




