038 凡人の生きる道
十三時を過ぎて、満足したらしい。
衣は俺の膝に座ると、充電が切れたかのように寝てしまった。
「ちょっと遅いけど、お昼ご飯にしよっか」
牧野の号令で、俺は拠点を片付けると先を歩く三人を追う。
家につくなり「シャワーを浴びてきますわ」と奥へ引っ込んでしまったので、俺は衣にバスタオルをかけてクーラーボックスの中身を冷蔵庫へ移した。
「ホテルの厨房かよ」
絢爛な食材の山を見てボソリ。
伊勢海老だのトリュフだの、こんなもん女子高生がどうやって使うんだか。
「おまたせ〜」
不思議なことに、彼女たちは三人同時に現れた。
一体、どれだけ広いバスルームなんだ。衣が起きたら、面倒を見るついでに拝見させてもらおう。
「花、何か食べたいものある?」
「レバニラ」
「ボク、レバー食べれない」
「モツ煮」
「わたくし、モツの食感が無理ですわ」
「トリッパ」
「分かんないものは作れないよっ」
……。
「任せる」
「え〜、それが一番困るよ〜」
なんなんだよ、もう。
「じゃあ、適当な野菜と肉を炒めて出してくれ。
米は炊いておく」
「は〜い」
なぜ、桜宮は自分が食べられないモツを買っていたのか。
そんなクソどうでもいい謎を考えながら、米を研いで炊飯器にセットした。
「お兄ちゃ〜ん」
衣の呼ぶ声を聞いて、持ってきたタオルと下着を手に取りバスルームへ向かう。
……なるほど。
どう見ても、俺の部屋より広かった。浴槽は丸いし、ジャグジーまでついてるし、意味が分からん。
「あがったら呼べ、髪乾かしてやるから」
「うん」
起き抜けだからか、衣はやたらと聞き分けがよかった。
まぁ、湯を浴びて意識が覚醒したら、いつも通りのクソガキに戻るんだろうけどさ。
「きゃははっ!!」
ほらな。
「いただきます」
衣の身支度が済んだところで、ちょうど食事も出来上がった。
俺としては、料理下手が張り切って意味不明な物体を錬成するギャグシーンを求めていたのだが……現実ってのは意外と厳しい。
「うまいな」
ここに、メシマズヒロインは存在しないようだ。
「ごちそうさま」
そんなこんなで一服つけると、薬丸が何も言わずにノートパソコンを取り出した。
呼応するように、牧野がスマホを手に取りテーブルの上にアイデアノートを広げる。
桜宮は、茶を淹れる俺をニヤニヤしながら見ていた。
分かってる、活動を始めようか。
「どちらかと言えば、面白かった」
「……微妙な褒め方ですわね」
彼女たちの前にカップを置いてテーブルにつくと、衣がいつものように膝の上に乗ってきた。
「ストーリーはいいが、追体験としては物足りない。
そんなところだな」
「詳しく聞かせなさい」
一度顎を引き、持ってきたタブレットにテキストを表示する。
「まず、いいところを話そう。
ズバリ、骨子がしっかりしてる」
「こっし?」
「主要部分、という意味だ。
特に、この絶望感は魅力あるな。まだ少女でしかない主人公が無頼に染まる理由として充分だよ」
「……やった」
桜宮は、普通の後輩モードでニコニコと喜んだ。
「次に、欠点だが――」
「忖度せず、正直に話して」
……お望みとあらば。
「追放されているのにザマァに移行せず冒険に出るから、満足度が低くなってる。
というか、気持ちよくないんだな」
「むぅ。冒頭でハッピーエンドを書いているのだから、ここでは問題ないはずでしょう?」
「なら、逆に聞く。
桜宮、お前はやられっぱなしの主人公に興味が湧くか?」
「そ、それは……」
「読者は、作者の頭の中を知らないんだ。
結末を先に置いたとしても、キャラにそれを信じさせる説得力が無ければ安心出来ない」
唇を噛み締め、悔しそうに俯く桜宮。
そんな彼女を見て、衣は俺から離れると牧野と薬丸の隙間に収まった。
「この問題を解決するには、引きとなる主人公の力を示すしかない。
例えば、追放の実行犯である父親を破滅させる……とかな」
「貴族は、そんな簡単に破滅したりしませんわ。
力ある者は、必ず逃げ道を用意しているのだから」
……。
「そのバックドアを破るから、ピカロになるんじゃないのか?」
「どういうことですの?」
「正攻法の効かない相手を、お前は実際に知ってるわけだろ?
なら、その結末から逆算してさ。悪にとっての悪……つまり、逃げた先に罠を仕掛ける方法もあるんじゃねぇかな、と」
「そ、それですわっ!!」
瞬間、桜宮の目が宝石のように輝く。
「事件のリアリズムを追求し、悪の美学で解決する。
この、王道をハックするメタ思考こそ、多くを知るお前の持ち味なのかもしれない」
「……素敵な響きね」
嬉しくて仕方ないのが、ヒシヒシと伝わってくる。
「あとは、魔法なり超能力なり、好きな手段で味付けすればいい。
そうすれば、きっと桜宮類にしか書けないピカレスク小説が出来るさ」
「おほほ、忘れたの? 朔太郎。
わたくし、それだけは既に書いてあるのですわっ!!」
そう言えば、こいつは好きなシーンだけは幾つもストックしてあるんだったな。
「ちょうどいいじゃんか。
一番カッコいいやつを選べよ、一話は大事だぜ」
「言われなくてもっ!
見てなさい? 今に、あっと言わせてやるんですから!」
エンジンのかかった桜宮は、すぐさまお気に入りのシーンを選び、放水するダムのような勢いで加筆修正を行った。
その様子を、頬杖をついてボーっと見ていると、今度は一行書き足すごとに俺に読ませ、分かるわけもないのに「いいかしら」「ダメかしら」と確認してくる。
気がつくと、肩をベッタリと寄せている。
どうやら、確認するのに距離を詰めるのがダルくなったらしい。
最終的に、桜宮は書きながら表示されているテキストの感想を求めた。
「……お姉ちゃんがコイビトなの?」
「不思議なことに、そうじゃないの」
答えて、少し離れる桜宮。
牧野と薬丸を見ると、彼女たちは、小さく笑って自分の作業に戻るだけで――。
「楽しいわ、朔太郎」
桜宮の邪魔をしないように努めている。
そんなことを僅かに思ってしまった俺は、やはりクズに違いないと満足していた。
……。
翌日。
俺は、とある人物に呼び出されて甘楽町に来ていた。
今日は、文芸部の活動には参加しない。病気をしたわけでもないのに部活をサボるのは初めての経験だったが、そうするべきだと俺のゴーストが囁いたのだ。
「よぉ、意外と早い再会だったな」
喫茶店でぼんやりと文庫本を読んでいると、やがて彼女は現れた。
「ごきげんよう、花さん」
安心院紫子。
どこから番号を手に入れたのかは知らないが、昨晩、安心院は俺に電話をかけてきた。
そして、集合時間と場所だけを告げた。まるで、それだけ伝えれば、俺は必ず来るとでも思っているかのように。
……まぁ、実際にノコノコやって来てるわけなんだけどさ。
「場所を変えましょう」
「なんだ、拉致監禁でもやらかすつもりか?」
「うふふ、そんなことはしませんわ。
ただ、今日は抹茶の気分というだけです。おいしいお店を知っているので、一緒に行きましょう」
相変わらずの、張り付けたような笑顔。
文字通りお人形さんみたいな美少女の、あまりにも柔らか過ぎる口調に、俺は少しだけ緊張していた。
「……冗談だろ?」
羽山までの交通費ですら結構カツカツだと言うのに、この値段は予想外だ。
「注文、決まりましたか?」
「水で」
「……うふふ。相変わらず、ジョークが得意ですね。
お金のことは気にしないでください」
別にジョークじゃねぇけど。
「年下に奢らせる奴があるかよ」
「抹茶のセットを二つ、お願いしますわ」
俺のセリフを無視して、安心院は注文を済ませてしまった。
仕方ない。俺は、絶対に使わないようにしていたお年玉貯金を崩すことを決めた。
「桜宮さんは、お変わりないですか?」
「ん? あぁ、前より楽しそうだよ。
ところで、これはどうやって飲むものなんだ?」
茶碗とは、米をよそう食器だと思っていたから、どうやって口をつければいいのか分からん。
「お好きなように」
なんだか、既に幾つも格の違いを見せつけられているような気がするが――所詮は盤外戦術だ。
俺は、やたらと口当たりの良い緑の液体で喉を鳴らすと、頬杖をついて安心院の目を見つめた。




