035 ラグランジェ・ポイント
「それじゃ、今日の活動をしよう。
まず、桜宮から現状を教えてくれ」
「なんにも進んでませんわ」
「薬丸は?」
「なんにも進んでないね」
「牧野」
「なんにも進んでなーい」
……。
「はい、文芸部解散……と」
「ちょちょちょ!! うそ!! うそだって!!
私、ちゃんとアイデアを考えてきてるよっ!!」
「ボクたちは本当にやってないけどね」
「ですわ」
俺は、牧野からラインで送られてきた『あいであ(ちょうへんよう)』を読んだ。
物語の大枠は……一日だけ時間を戻せる不思議な力を持つ少女が、人々の恋愛を成就させるために働く青春ラブコメ。
それを、牧野らしくミステリ風に味付けした、先の気になる展開となっている。
「どう?」
俺は、間髪淹れずに答えた。
「これ、マジで読みたいな」
「でへへー」
タイムリープ自体は珍しくないが、それらを上手に取り込んでオリジナリティを出す作法が面白い。
特に、バタフライエフェクトによって発生する『以前に助けた依頼者が不幸になる』というギミックが最高だ。
「この『解決したはずの恋愛』に殴られる構成は凄まじいな。
一日だけの制約で生まれる『誰を見捨てなければならないか』という葛藤が、物語のテーマとアンチテーマを両立してる」
「だしょー?
しかも、今回はやりたいこと自体は自分でも分かってたんだよ。凄いでしょ?」
「成長してるじゃんか」
「でも、言葉に出来なかったからさ――やっぱ、花は凄いよ。
すーぐに私の小説のこと、分かっちゃうんだもん」
「……しかし、なんで書かないんだ?
こんなん、幾らでも転がせる設定だろ」
「凄いこと思いついちゃったから、逆に書き辛いんだよ」
……なるほど。
「安心しろ、牧野。もうビビらなくていい」
「どういうこと?」
「お前が参加するのは、純粋な『面白い小説を書くレース』だからだ。
最初からすべてを読んでくれる、という前提で書いていいんだよ」
言うと、牧野はハッとした表情の後で、デレデレとニヤけて体を左右に揺らした。
どう取り繕ったって、ウェブ小説には『面白さ』以外に必要な要素がある。
そこにリソースを割かなくていいという考えは、ウェブ出身の牧野にとって目から鱗だったろう。
無論、彼女の実力が足切りラインを超えている、という前提での提案だ。
「やっぱ花だなー、好きっ!!」
「……従って、長所を小出しにするのではなく、瞬間最大風速を極めるための組み立てを考えるべきだろうな。
こういう作法は、薬丸の得意技なんだが――」
「ボクに教えられることはないよ。
だって、ボクの物語はボクの『世界』の歴史から切り取った『事件』であって、アメリみたいに一から創り出してるわけじゃないもん」
「だよなぁ。
桜宮は、何かないか?」
「わ、わたくし?
その……お恥ずかしながら、設定の完成度に驚くばかりで何も」
二人の言葉を反芻した後で、コップのお茶を飲み、徐に立ち上がって窓の外に広がる景色を眺めた。
グラウンドを、サッカー部が駆け回っている。彼らのフィールドの外で、女子マネージャーが声援を送っている。
それを見た俺は、あまりにもクズ過ぎるモチベ向上の方法を思いついたのだが――。
「どうしたの?」
いや、今は止めておこう。
「なんでもない。
とにかく、プロットを作ろう。ストーリーラインを整え、具体的な文字数を算出して小さなゴールを幾つも用意すれば、短編を作る感覚で書けるだろ」
「ねぇ、朔太郎。
それって、わたくしに教えてくれた『点と線』の作法と同じ考え方ですわね」
「面白いアイデアは、言ってみれば筋肉だからな。
骨格をきっちり仕上げることは、持ち味を活かす一番の方法なんだよ。桜宮」
それから、十二万文字を起承転結に分割し、更に各パートの道筋をフローチャートに仕上げると、今度は牧野が天才的なセンスでキャラクターの出番を割り振っていく。
スター・システムという特殊な作法のせいで、プロットと言うより座組のようになってしまったが――これはこれで面白い。
牧野は、出来上がった設計図をしばらく見つめた後、静かにスマホを手に取った。
「桜宮、例のピカレスク小説はどうだ?」
「……そうね。
少し、見てもらおうかしら」
桜宮が送ってきた、『異世界、貴族、冒険、成り上がりもの(仮題)』は、本編とメモが入り乱れた作りかけの小説だった。
「面白そうじゃないか」
舞踏会で失態を晒したことで貴族家を勘当された主人公が旅に出る冒険小説。
見どころは、各都市の問題を主人公が悪の方法で解決することのようだ。
「この、実家でなく貴族社会そのものを敵に据えるスケールが魅力的だな。
お陰で、地方の鬱屈した世界観と綺羅びやかな王都の対比が立ってる」
「……んぅ」
桜宮は、一瞬だけ躊躇すると、俺の肩に頭を預けてグリグリと匂いを擦り付け、ニヤニヤしながらため息をついた。
変なスキンシップだ。
「ただ、最終目的で迷ってるのが読み取れる。
連載小説ではよくあることだが、これは執筆にも影響する欠点かもしれない」
機械の体を手に入れる。
母との絆を取り戻す。
こういった一本の芯が無ければ、冒険物は散らかってしまいがちだ。
恐らく、桜宮は前例を幾つも知っている。だから、自分もその症状に陥ってしまうのではないかと考えているのだろう。
「どうすればいいんですの?」
「初っ端で『主人公がハッピーエンドを迎えた姿』を書いてしまえばいい」
いわゆる、倒叙的な方法だ。
太宰治の『斜陽』のように、結果を分かっているからこそ動機や背景に深く没入出来る作法は、作品に安心感を求めるウェブ小説とも相性がいい。
「何より、初心者にありがちな『終わらせ方に迷う』という悩みも無くなるしな」
「……本当に名案ですわね。
褒めてあげるわ、朔太郎」
桜宮も、スマホを手に取った。
どうやら、俺に隠していた本編最後のネタがあったらしい。
彼女は恥ずかしそうに笑うと、「後で読ませてあげますわ」と独り言のように呟き、執筆に取り掛かった。
「……ふーん」
牧野と桜宮が集中する中、メイドがジト目で俺を見ていた。
「なんだよ」
「ボク、そんなふうにサクから教えてもらったこと、ないっ」
「だって、お前は知ってるじゃねぇか」
「ボクもなんか欲しい」
「こう言っちゃなんだが、薬丸。お前の世界に俺が介入する余地なんてないんだ」
「……えへへ、そうかなぁ」
「まぁ、実際お前は凄いよ。
いつも、格上とばっかり戦ってる。擦り切れたって仕方ない」
「……うん」
「だから、書けない今は小説から離れた方がいい。
スランプになったら、立ち止まって周囲を見る。基本中の基本だ」
「でも、何すればいいのさ」
「勉強しよう」
薬丸は、青ざめて顔をクシャクシャにした。
「お前、引きこもってたからヤバいだろ。
赤点とったら、貴重な夏休みが減るぞ」
「……うぇぇ」
それから、俺は活動終了まで薬丸に数学を教えていた。
三人は、一緒に帰ろうと言う。しかし、俺は用事があると断って、四人分のグラスを洗ってから別方向へ歩き出した。
……。
「そろそろ、来ると思ってたわ」
俺は、保健室を訪れていた。
花朔太郎が、この非現実を一人で抱え込むのは、絶対に無理だと悟っていたから。




