027 邂逅
「討論?」
「う、うん。
K社がユーチューブで配信してる『文豪×ニュージェネレーション(通称文ジェネ)』って番組のゲストに呼ばれたんだ。
文豪側のゲストが是非ボクを、と言ってるらしい」
「相手は?」
「本所誠」
「なにぃ!?」
放課後の部室棟に、俺の声が木霊する。
本所誠といえば、クトゥルフを身近な不幸にまで落とし込んで独自の世界観を生み出す、日本ホラー界の最高峰の一人だ。
因みに、俺は彼の代表作『猟奇的給食』のサイン本を持っているぞ。羨ましいだろ。
「配信はいつだ?」
「サクも来て」
「……は?」
「サクも来て」
「いや、聞こえてるよ。だから、『は?』つってんだ」
すると、薬丸はふんぞり返って偉そうに俺を見下す。
「ぼ、ボクが人と討論して、まともな番組になるとでも思っているのか?」
なんで、こいつは偉そうなんだ?
「思わないけど、それが面白いんじゃないか?
文ジェネは俺も何回か見たことがあるが、むしろ、新人の初々しい反応を視聴者は望んでる」
そういう印象を、コメント欄を読んで思った。
「クククッ。サク。キミは、一つ勘違いをしているぞ」
「なんだ?」
「その楽しみは、新人作家がまともな場合にしか得られない。
キミは、本所誠が困っている顔を、三十分も垂れ流させるつもりか?」
……ここまで堂々と情けない姿を晒されると、呆れを通り越して関心するよ。
「というか、既にサクを連れて行くことを条件にオーケーしてるから。き、キミに拒否権なんてない」
「バカな」
「因みに、ボクは今回の書籍化に関する打ち合わせも文面でしかやり取りしてないよ。
一度だけ編集の高田さんと顔合わせしたけれど……クククッ、彼女のドン引きした表情、今でも忘れられない」
「お、お前――」
「あの時のスパゲッティナポリタン、しょっぱかったな」
……ご愁傷さま。
「まぁ、約束しちまったんなら仕方ないか」
ぶっちゃけ、薬丸が毒電波を飛ばしまくって番組が冷え冷えになる様子も見てみたい気はするが……それはそれだ。
力になろう。
見捨てないって、約束してるしな。
「で、いつなんだ?」
「今週の土曜日」
「はやっ」
そんなわけで、土曜日。
電車に揺られること一時間。俺は、薬丸と収録スタジオのある渋谷に来ていた。
「スゲェ人だな」
「なぁ、サク。手を繋いでてやろうか?
キミみたいな田舎モンは、逸れたら帰ってこられないだろうからね」
「アホか」
指定された時間までは結構ある。
俺たちは、地下の紀伊國屋書店をぶらついた後で、スクランブル交差点のマクドナルドに入った。
飲み物二つに、ポテトのLサイズ一つをトレーに乗せて席に座る。
金を受け取っていないが、仕草を見る限りわざとなのが憎たらしい。
「ボク、マックのポテトが好きだ。おいしいから」
マックのポテトが嫌いな高校生なんて存在しねぇよ。
「きっと、油に秘密があるんだよ。ボクの舌は誤魔化せない」
薬丸は、誰でも知ってる知識をドヤ顔で披露しながら、ポテトを一つずつ口に運んで笑った。
そういえば、こいつと学外で会うのも久しぶりだ。
想像通りのゴスロリファッションだが、個性的な人がたくさんいる渋谷では、別に浮いている様子もなかった。
「ところで、薬丸。
脚本を読む限り、お前の方から一つ本所誠に質問を投げる必要があるみたいだが――ちゃんと考えてきてるのか?」
「その椅子からは、どんな景色が見えるのか」
「……は?」
「ボクは、それだけが気になってる。だから、この仕事を受けた」
薬丸は、当たり前だと言わんばかりに、なんのドラマもなくあっけらかんと答えた。
「偉く強気だな」
「既に、ボクの小説の方が面白いんだから当たり前だ。今さら教わることなんてないよ」
……率直に言って、痺れた。
これほどまでの自尊心を、他に居場所のない彼女が手に入れるために払った犠牲を、俺は誰より知っているからだった。
「そういえば、ポテトにシェイクを付けるとおいしいって聞いたことがあるよ。本当だと思う?」
やはり、憧れるのに相応しい。
俺は、目の前で不思議そうに首を傾げるゴスロリ女を見て、心からそう思った。
「試すか」
そんなわけで、シェイク味のポテトを甚く気に入った薬丸を眺めること三十分。
俺たちは、おっかなびっくり収録スタジオへやって来た。
「あら、あなたがサク君ね。はじめまして、高田です」
案内された部屋で待っていたのは、件の編集者である高田さんだった。
彼女がいる事を、薬丸は知らなかったらしい。そそくさと俺の背中に隠れると、シャツを指で弱く摘んだ。
「はじめまして、よろしくお願いします」
パリッとしたビジネススーツに、ショートカットとブラウンの皮のリュックサック。
靴がパンプスではなくスニーカーだ。彼女が、色んなところに足を運ぶ活発な様が容易に浮かぶ。
この人が、薬丸を見つけてくれたプロか。
「あなたには、一度会ってみたかったの。来てくれて嬉しい」
「俺に?」
「『人殺しの尖塔』の編集、キミがやったんでしょう?
本当に驚いたわ。まさか、こんな高校生がいるなんてね」
「そうでしょうか。編集をやる高校生くらい、探せばいると思いますけれど」
「うぅん、そういう意味じゃないわ。
私が驚いたのは、堕天先生の作品を最適化した技術の方よ」
……?
「書籍化の際、編集部の誰も『人殺しの尖塔』に手を加えることが出来なかったの。
その意味、分かる?」
「い、いえ。分かりません」
「……そう。
とにかく、これからも堕天先生のことをよろしくね。私の名刺、渡しておくわ」
言って、高田さんは俺に電話番号とメールアドレスが記された名刺を手渡す。
薬丸は、パイプ椅子に座って水を飲みながら、ぎこちない俺をおちょくったような笑みで見ていた。
その時、だった。
「……っ!?」
扉の周囲だけ、明らかに空気が冷たかった。
「なるほど。キミが、堕天丸太か」
たった一言で、薬丸の表情から笑みが消えた。
「はじめまして、本所誠だ」
俺も、高田さんも、まるで相手にされていない。
最初から、薬丸――いや、堕天丸太しか見えていないかのように歩み寄り、物体の内側を見透かす漆黒の瞳をギョロと向けた。
「……やぁ」
その言葉は、失礼から発言したものではない。
薬丸は、明らかにビビった。
だから、それしか言うことが出来なかったのだ。
「ほ、本所先生。
お世話になります。私、堕天の編集を担当している高田と申します。
わざわざ、先生からご足労いただきまして――」
「ふむ、深いな」
……それだけを言って踵を返すと、本所誠は楽屋から出て行った。
なんだ、あの一切の感情が読めない表情は。
『猟奇的給食』にサインを貰った時と、様子がまったく違うじゃないか。
あの時、俺が抱いたのは優しそうな初老の紳士というイメージだった。
歳を重ねても才能とユーモアに溢れるからこそ、あんなにも身近で不思議な世界を設計出来ると思っていた。
けれど、まったく違う。
あれは、薬丸以外の存在に死ぬほど興味がなくて、無駄なものだと切り捨てていた。
俺たちが蟻を意識しないように、生物としての格をまざまざと見せつけられてるような気さえしたのだ。
「……ここまで、遠かったのか」
無理だ。
俺が、あんな化け物と話せるわけが――。
「ボクが行ってくる」
俺の思考を劈くように、薬丸は立ち上がる。
「見てて」
その言葉に、『黙ってろ』という強い意志を感じた。
高田さんを見ると、彼女も無言の言葉を受け取ったらしい。
何も言わず、一度だけ頷いてくれた。
創作の舞台に立っていない俺には、彼と同じ空間にいることすら許されない。
ここから先は、神域だ。最初から、凡人の出る幕など用意されていなかったのだ。
……何も知らず、ノコノコやってきた自分の無神経が嫌になる。
「や、薬丸……」
情けない俺を見て小さく笑うと、震える足を抑え、薬丸はたった一人でスタジオに向かった。




