026 作家誑し
「それじゃ、根幹となる劇団の設定を決めようか」
「うんっ!!」
どうやら、設定資料を作れることが本気で嬉しいらしい。
新しいノートをデスクに広げると、牧野は俺を肩で押し退けシャーペンを走らせた。
「劇団名は――『ブルーアイズ』。それでいいのか?」
「うん、いいよ。
それでね、スター女優の名前は『杏』。18歳で見た目はかわいいんだけど、子役からの叩き上げで物凄く女優魂のある人で――」
……。
「この男の人は『グリコ』。
悪辣で無頼な人。どんなヒール役にもなれる、人生経験の豊富さが――」
……。
「あと、完璧ウーマンの『蝶々さん』は――」
そんなこんなで、牧野の劇団ブルーアイズは瞬く間に俳優十名を抱える団体になった。
既出キャラの洗い直しとは言え、よくもこうポンポンとアイデアが出てくるものだ。
流石、天才は伊達じゃない。これだけ個性的な俳優が揃えば、どんな舞台でも成立するだろう。
因みに、俺のお気に入りはピカロの『グリコ』だ。
「少し気になったんだが、自己嫌悪の強い『青猫』を男ヒロインに置くのは弱くないか?
なんというか、サイドキックとしては悪くないが、メインに据えるならもっと華のある奴の方がいいだろ」
「……私は、この人がいいかなって思ってるけど?」
「作劇の幅を狭めるようなキャスティングは推奨出来ない。
こっちの『J』をメインに抜擢すべきだ。杏と並べても、見劣りしない格があるからな」
牧野は、分かりやすく不貞腐れた。
しかし、こんな時にどうすればいいのかを、俺も分かってきているのだ。
「それじゃ、こうしよう。
劇団ブルーアイズの顔見せとして、Jと青猫のそれぞれをヒロインに据えた短編小説を書く。そして、両作のランキング結果でメインヒロインを決める。
どうだ?」
すると、牧野は視線を左右に揺らしてから、大きなため息をついた。
「……いい、Jをメイン俳優にする」
俺は、渋々応じた牧野のグラスに茶を注ぎ、脇腹を人差し指で突っつかれながらもキャストの調整を手伝った。
「てか、今日の花、ちょっと冷たくない?」
「どこが?」
「上手く言えないけど、なんか……うん」
よく分からん奴だな。
俺は、別にいつも通りだろうに。
「あの、一つ聞きたいのだけれど」
「なんだ、桜宮」
「手塚治虫のスターシステムは、漫画だから同じキャラクターを使い回す理由が必要だったのではないですか?
小説ならば、そもそも気付く読者の方が少ないのですから、そこまで決める必要はないかと」
「前提がズレてる。これは、牧野がキャラクターに深く感情移入するための要素だ」
「……ふぇ?」
「ママゴトだって、配役の設定は決めるだろ? これはその延長だよ」
「……意味が分かりませんわ」
「要するに、牧野が楽しく書くためってこと」
以前、牧野はキメラ案を『作品の体がバラバラになるのが嫌だ』と言って否定した。
今になって思えば、あれはキャラの一貫性が無くなることを嫌ったからだろう。
ならば、その問題を解決する方法は、キャラに嘘をつく理由を与えてやること。
そうすれば、きっと、牧野の作劇の幅は文字通り劇的に広がる。俺は、そう思ったのだ。
「……あなた、何者ですの?」
「編集、アマチュアのな」
気が付けば、牧野は既に作業に取り掛かっている。
どうやら、試しに短編を書いているらしい。こうなればもう俺の仕事はないだろう。
「薬丸、お前は――」
「書きたくない。ボク、今ナイーブだから」
お前がナイーブじゃない瞬間なんて一秒たりともなかったろ。
「設定資料、読んだんだ。面白かったぜ」
「当たり前だろ、ボクの世界だぞ」
「でも、歴史年表。あれはいただけねぇな。
創成期の項目がゴッソリ抜けてる。お前、サボったろ」
「さ、サボったんじゃない!! 今、そこを考えてるところだったんだっ!! 新しい物語の核だからなっ!!」
「そうかい」
「適当に返事すんなっ!!」
薬丸は、デスクの下で俺の足を蹴っ飛ばすと、ノートパソコンを覗き込んでカタカタとキーボードを叩き始めた。
天才は、ケツを引っ叩くのも一苦労だ。
「それじゃ、待たせたな。桜宮。キミの書きたいものを考えよう」
しかし、桜宮はどこか俺を恐れるような表情を浮かべたあと、スマホに目を移してしまった。
イキってみたり落ち込んでみたり、本当に忙しい奴だ。
俺は、薬丸に席を替わるよう言って、桜宮の隣りに座った。
「……な、なんですの? 馴れ馴れしいですわよ」
「考えてる」
「はぁ?」
「どうすれば、キミ……お前が楽しく書けるようになるか。
こいつらとは向き合った方がアイデアを思いつくけど、お前の場合、同じ方向を見て悩んだ方がいい気がしたんだ」
「……意味が分かりませんわ」
「安心しろ、俺も分かんねぇよ」
嘘だ。
本当は、最初から分かってた。
桜宮には、牧野や薬丸のような才能がない。
「……ふんっ」
桜宮は、俺だ。
色んな奴と自分を比べて、書いたあとのことばっかり考えて、それで最初から書けなくなって――でも、書くことを諦められなかった俺。
だから、向き合ったって仕方ない。
人から何を言われたって変われない。
自分で納得しなきゃ進めない。
俺が助けようとしても仕方ないと、この時は思ったんだ。
「あ、いいこと思いついた。俺への悪口をエッセイにしたらどうだ?」
「本当の本当にバカですのね、朔太郎は。
そんな露悪的な趣味、わたくしにはありませんわ」
「いいじゃないか、軽蔑から始めたって。
人が誰しも、綺麗な動機からスタートするなんて俺は思ってないよ」
桜宮は、心の底から驚いたような表情で俺を見ると、再び俯いて言葉を探していた。
「朔太郎は、間違ってる」
「だろうな」
「……そういうところですわよ」
こいつもか。
三人揃って、煮え切らない文句を言うのはなんでだ。
俺は、面白い作品を作るためにやれることをやってる。そこに凡人の感情を混ぜたって、意味ないだろうに。
……。
「そういえば、桜宮がどれだけ凄いのかは聞いたけど、何が好きなのかは聞いてなかったな」
「え、えぇ」
「よかったら、話してくれよ。お前、普段どんな小説読んでるんだ?」
「……はぁ、仕方ありませんわね」
それから、俺は桜宮の好きな小説の話を聞いていた。
彼女が好きなのは、剣と魔法の世界で、強く優しい主人公が成り上がる王道の物語。
弱い奴を救い、やがて誰からも崇められ、人々を導く達成感を心から求めている。
アメコミヒーローのように単純明快。一部の隙もない完璧なキャラクターの活躍を読むこと。それが、桜宮類の読書だった。
「分かりやすくていいな。俺も、無性にそういう話が読みたくなる日がある」
「でしょう!? やっぱり、努力は報われ、正義が勝つ世界は素晴らしいのですわ!!」
「理想的だね」
「強くて、勤勉で、優しくて。そういうヒーローは、誰からも好かれるべきでしょう?
悪事を見過ごすなんて、そんなことは許してはいけないでしょう?」
「あぁ」
「だから――」
ふと、楽しそうだった桜宮の表情が曇る。
「わたくしも、そうありたかった」
……。
「ふ、ふんっ!! 知ってる? 朔太郎。
お嬢様かどうかは、己の生き様で決まるんですのよっ!!」
「ほう」
「つまり、誰に何を言われようと、わたくしがわたくしを信られればいいの。
今に見ていなさい? わたくしは、必ず作家として成り上がってみせますのっ!! おーっほっほ!!」
「楽しみにしておく」
俺は、彼女の事情を知らないから、否定も肯定もしなかった。
「……あ、ちょっと思いつきましたわ。
朔太郎、こういうアイデアはどう?」
それから、俺は活動終了時間まで、桜宮の話に耳を傾けていた。
放っておけば幻になるであろうアイデアを語る無邪気な姿を見て、ある意味この文芸部に最も相応しい奴だと思った。




