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美少女作家のクソラノベを編集したら修羅場になった  作者: 夏目くちびる
ランキング攻略編

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19/21

019 和解と分解

 翌日の放課後。



 薬丸は、いつもと同じ席に、いつもと同じ姿勢で座っていた。



 しかし、狭い部室の扉を開けても一ミリも俺の方を見ない。

 正面に着くと、彼女はノートパソコンを斜めにして、俺を視界から逸らすように座り直し、そのままカタカタとキーボードを叩いた。



「ごめん、薬丸。俺が間違ってた。

 許して……くれるか?」



 挨拶よりも先に、机に手をつき深々と頭を下げる。



 すると、薬丸は巣穴から周囲を伺うウサギのような仕草で俺の様子を伺い、大きな、大きなため息をつくと震えた声で言った。



「み、見捨てないでって言ったのに。

 分かってる? サクは、ボクにとって一人だけの理解者なんだぞ?」


「……あぁ」


「怖かったんだからな。キミがボクを嫌いになったらどうしようって。

 本当に、本当に……っ」



 どこかズレた薬丸の傷つき方に、思わず首を傾げてしまう。こいつ、そんなことを考えてたのか。



 ……。



「なら、今度こそ約束する。

 お前が書く限り、俺は絶対に離れたりしない」


「本当だろうね。次にまた、同じようなことがあったらどうするんだよ」


「その度に衝突する、喧嘩もする。でも、最後には二人でやり遂げる。

 それでいいだろ」


「……気が散るから、編集中に口出しするなとか言ってたよな」


「撤回した。

 面白い作品にする、二人が納得する形で世に送る。そのためなら、俺はなんだって受け入れるって決めたんだ」



 すると、薬丸は上を向いて目を閉じた。



 今日ばかりは、不必要に勿体つける態度に文句を言うつもりはない。

 俺は、彼女が何かを堪え、噛み締めるような仕草をジッと見つめ、次の言葉を黙って待った。



 やがて――。



「それで、どうするつもり?」



 薬丸は、いつもの不敵な笑みを浮かべ、憎たらしくそう言った。



「お前の希望通り、深夜に投稿しよう。

 ただし、一話から最終話まで一括で」


「……はぇ?」



 その反応はもっともだ。



 ウェブ小説の投稿は、一般的に初日だけ数話、以降は毎日一話ずつ夕方に投稿することが望ましい。

 それが、長く投稿出来て多く読者の目に触れられる方法とされている。



 そもそも、作者は須らく、自分の作品を多くの人に読んでもらいたいと考えているのだから、わざと読者を減らすような方法を選ぶ奴など普通は存在しない。

 


「だからこそ、強く惹かれる読者も出てくるはずだ。

 カルトは、不合理からしか生まれない」



 そうやって、狂気に身を委ねて熱狂的なファンを獲得したクリエイターはいる。

 セオリーとなる術を無視して、頂点に至った天才が確かに存在している。



 読者の一番になれるのは、そういう作家だけだ。



「他にやれることはやった。なら、最後で賭けに出たって後悔はない。そうだろ?」



 薬丸は、しばらく唇を噛み締めていたが、やがて諦めたのか、自嘲気味に笑って俺の目を真っ直ぐ見つめた。



「……いいよ、乗った」



 拳を握り、前に突き出す薬丸。それに呼応して、俺も手を軽く握りぶつける。



 やり方は決まった。



 あとは、実行するだけだ。



「やっほ〜、掃除で遅くなっちゃった……あれ? どうしたの?」



 黙々と編集作業をする俺たちを見て、部室へやって来た牧野は開口一番、何かを感じ取ったのか首を傾げて俺と薬丸を見比べていた。



 こいつ、本当に空気を読むスキルが半端ないな。なんで分かるんだよ。



「別に。ボクの伝説が始まっただけだよ、アメリ」


「え〜? なにそれ。『人殺しの尖塔』、そんなに面白くなりそうなの?」



 隣りに座った牧野に、薬丸は鼻息荒く答えた。



「クククッ、もう面白いなんてレベルじゃないね!! 羊たちが目の当たりにするのは、悪魔も腰を抜かして驚く恐怖だっ!!

 あぁ、楽しみにしているがいいよ!! アメリ!! ボクは、この一撃で退屈なウェブ小説業界に風穴を穿つ!!」



 スゲェや。



 こんなデカいこと、花朔太郎の口からは冗談でも出てこない。



 俺は、俺には歩けない道を往く薬丸幸子に敬意を評している。

 そして、そんな彼女に信頼されている自分を誇りに思うよ。



 ……。



「ところで、牧野。

 今日は、『人殺しの尖塔』を仕上げたあとで、もう一度お前の三十本の短編を洗い直そうと思うんだけど。

 一緒にどうだ?」


「前に書いたやつ?

 うん、いいけど。なんでそんなことするの?」


「改めて、牧野が何を書きたいのか知っておきたい。

 あの三十本には、きっと答えが眠ってる」


「……私の、書きたいもの?」


「あぁ。俺には、牧野の得意がラブコメだとはどうしても思えないからな」



 牧野は、一瞬だけ目を泳がせて持っていた湯呑を握ると、再び俺を見てニコリと笑った。



「そ、そうかなぁ」


「知りたいんだよ。もっと、お前のことを」



 言うと、なぜか薬丸がキーボードから目を離して牧野と視線で言葉を交わしてから、俺に「いーっ」とおちょくった顔を作った。



「……小説の話だぞ」


「う、うるさいなぁ!! 分かってるよ、そんなことっ!!

 てかさぁ、花ってちょっと、自意識過剰なんじゃん!? まったく、失礼しちゃうよっ!!」


「気になってたんだけど、アメリって実は初心だよね。

 それ、クラスメートは知ってるの?」



 薬丸のまったく空気の読めない発言で、牧野はションボリしてしまった。

 ナチュラルに人のプライドを逆撫でするの、止めたほうがいいと思うぞ。



「さぁ、編集しよう。牧野、ちょっと待っててくれ」


「う、うん」


「ねぇ、アメリ。それって窮屈じゃない? ボク、普通に言ったほうがいいと思うんだけど」


「うぅ……っ」


「やめてやれよ、薬丸」



 あと、お前は人に説教出来るほど社交性ねぇだろ。

 牧野レベルの陽キャに嫌われたら、いよいよ人として終わりだから気を付けろよ。



「……ひっぐ。な、なんでそんな酷いこと言うんだよぉ……っ。ごめん、アメリ。嫌わないでぇ……っ」



 照れて固まった牧野と、泣きながら謝る薬丸。

 そんな困っている女子たちをフルシカトして、自分の作業に没頭するクズみたいな男の姿がそこにはあった。



 というか、俺だった。



「……よし、完成だ。おつかれ、薬丸」


「えへへ」



 『人殺しの尖塔』が完成したことで緊張が途切れたのか、薬丸は珍しい年相応のスマイルを見せた。



「さて、一服つけたら牧野の作業に移ろう。

 牧野、いけるか?」


「うんっ」


「ありがとう、サク。早速、今晩投稿してみるよ」


「健闘を祈る」



 完全に力尽きたのだろう、薬丸は早引きした。



 ある意味では投稿してからが本番なのだが――まぁ、これだけ頑張ったんだ。しばらくは休んでもらって構わないだろう。



 つーか、俺たち仕事でやってるわけじゃねーしな。



「飲む?」


「あぁ、ありがとう」



 牧野アメリに茶を淹れてもらう。



 冷静に考えると、クラスの男子共に見られたら嫉妬で殺されかねないご褒美だ。

 そう思うと、これも大切に飲まなければならない気がしてくるな。



 ――ゴクッゴクッゴクッ。



「んふふ、そんな一気に飲まなくても」



 うまい。



「もう一杯どうぞ」



 さて、ギャグはこの辺にして、牧野の作業に取り掛かろう。



「うんっ」



 前に読んだ時は、物語の構造とキャラクターのリアリティにしか目がいかなかったが、これらは『水槽で飼ってる初恋』と決定的に異なる点がある。



「ズバリ、テーマがない」



 なぜ、俺が『虐めてくる叔母様』と『初恋絶対成功委員会』が気に入ったのか、ようやく分かった。



 この二つには、明確なテーマがあったんだ。



「前者には、理不尽からの脱却。後者には、他者の救済。

 まぁ、こう言った屋台骨は、本来物語の根本的な要素なんだけどな」



 牧野の凄いところは、ぱっと見で()()の不在を読者に気づかせないところ。

 つまり、彼女の小説には納得せざるを得ない『ライブ感』があるのだ。



「ライブ感?」


「『凄味』と言い換えてもいい」


「いや、もっと分かんないから」



 ……。



「要するに、『今ここにあるかのような臨場感』だ。

 現在進行系、予測不可能、そして一体感。それらを一言で表す言葉がライブ感だよ」


「ほっほ〜。なるほどねぇ、ふむふむ」



 ライブ感を代表する名作の一つに、殊能将之の『ハサミ男』がある。

 これは、殺人鬼である主人公が、自分の模倣犯にターゲットを殺された真相を探るミステリー作品だ。



「読者に予測する暇を与えないプロットと、凄まじいまでの没入感。

 このレベルで両立している作品は、そう見つからない」


「ほぇ〜」



 牧野は、俺の説明を聞いてもサッパリ理解していない様子で小首を傾げた。



「な、なんだよ。その反応は」


「なんか、初めてオタクっぽいとこ見たなぁって」


「んな……っ!?」


「花って、本当に小説が好きなんだね。かぁわいっ」



 ……俺は、牧野が淹れてくれたお茶を口に含んで渇きを潤すと、頭を振って恥ずかしさを宙に散らした。



「とにかくっ!!」


「あ、誤魔化した」


「ライブ感ってのは、読者の心を掴んで離さない要素なんだよ!! お前の小説にはそれがあるって話!!」


「んふふ、そっか」



 ……なんか、今日の牧野は調子狂うな。



 けれど、こういう時にムキになって反抗すると、余計に恥かくことになるのだろう。

 牧野はきっと、からかってるんじゃなくて素でやってるんだろうし。俺も、あまり気にしないようにしておこう。



「ゴホン。今回書いてくれた『水槽で飼ってる初恋』は、階級差をテーマにした作品だ。テンポも割とゆっくりだしな。

 残念ながら、お前の強みが発揮されてる作品とは言い難い。前回ほどの結果は期待できないだろう」


「お、面白くなかった?」


「いや、そんなことはないさ。

 特に、最後の一文なんてよかった。余韻を残す終わり方で、読者に想像の余地を残してる。

 こういう、疑問や反論を産む物語は好きだ。牧野なら階級差を否定するものだと思っていたから、裏切られて気持ちがよかったな」


「……うぇへへ。そ、そんなに褒められると、体がちょっと痒くなっちゃうよぉ」



 牧野は、軟体生物みたいクネクネすると、両手を頬に当てたまま蕩けてしまった。



「しかも、最後の一文……。きゃは〜っ!!」



 ここまで美少女を台無しにして喜ぶ彼女の姿に、俺は妙な親近感を覚えていた。



 窓辺で微笑むだけで絵になるというのに、勿体ない奴だ。

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― 新着の感想 ―
ハサミ男、知らなかったのでwikipedia見たけれど、確かに面白そうではある。さぞかし名作なんだろうなあ。
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