020 天才たる所以
「でもさ、花。私、いっこ疑問があるよ」
ほう、珍しい。
牧野のレスポンスのレパートリーと言えば、「ほぇ〜」「ふむふむ」「おぎゃあ」しかないと思っていたのに。
「『おぎゃあ』なんて言ってないよっ!!」
初めていじってみたが、プンスカと嬉しそうにしている牧野は素直にかわいかった。
「それで、疑問って?」
「あ、そうそう。
話聞いてて思ったんだけど、ラブコメってテーマとライブ感の相性普通によくない?
なんで、私がテーマを乗せると勢いが消えちゃうのかな」
「だから、最初に言ったんだ。
俺には、お前の得意がラブコメだと思えないって」
牧野は、静かに首を傾げる。
「お前がどれだけ優しい物語に拘って創作してるのかは、読めば誰だって理解するさ。
そして、ただの趣味だって言うんなら何も文句はなかった。俺も、お前が書いてきたものを編集するだけに留まってたよ」
「う、うん」
「けれど、お前は『自分の力を試したい』と言ってくれた。
だから、俺は知りたいんだ。どんなストーリーならば、牧野アメリという天才の力が最大限に発揮されるのかを」
牧野は、一瞬だけ青い目でジトっと上目遣いで俺を見ると、再び逃げるように目を逸らして呟いた。
「……花は、どんな物語が好きなの?」
「そりゃ、面白い――」
いつもの答えを言いかけて、やっぱりやめた。
編集としての自覚が芽生えた今、抽象的な答えはズルいと感じたからだった。
「心を揺さぶる、予想を裏切る、熱く滾る。こういう要素がある物語がいい」
「……意味分かんない」
「俺は、感動したいんだ」
……牧野は、力尽きるように机へ顔を伏せた。
「それ、ラブコメだと難しいね」
「かもな」
「……難しいよ」
それから、牧野は活動終了を告げるチャイムが鳴るまで、ずっと何かを考えていた。
しかし、答えは出なかったようだ。俺が声を掛けるより先に立ち上がり、ため息をついて扉の前に立つ。
「悩んでも無理はするなよ。
あと、『水槽で飼ってる初恋』は投稿した方がいい。
あれだって、本当に面白い作品だ。新しい読者も増えるし、勝てないとは言い切れない」
「……嘘つき」
別に、今のは嘘じゃないのだが。
彼女を黙って見送った俺は、三人分の湯呑を洗ってから帰路に着いた。
「……ん」
道中、母さんからお遣いのメモが送られてきたから、一駅前で電車を降り大きなスーパーへ立ち寄ると、そこには寛の恋人である宮崎桃奈の姿があった。
「あ、花さん。こんばんは」
「こんばんは、宮崎」
「お買い物ですか?」
「あぁ、その通りだけど……敬語、やめてよ。同い年なのに変だ」
「そ、そう? なら、うん。そうするね。ごめん」
……気まずい。
友達の恋人って、二人きりだと凄く話し辛いな。なぜか、寛を裏切ってるような気持ちになってくる。
よし、逃げよう。
「それじゃ、俺はこれで」
「あ、待って!! 花君!!」
しかし、まわりこまれてしまった!
「……なに?」
「寛君がね、『サクとは仲良くして欲しい』って言ってたんだ」
「彼女自慢とは、あいつも嫌味な奴だなぁ」
「ち、違う違う!! そういう意味じゃないと思うよ!!」
「分かってるよ、宮崎。
つまり、俺がキミに寛を取られたから嫉妬してるんじゃないかと――」
「絶対に違うと思うっ!!」
宮崎は、レンコンを片手に困り眉を浮かべていた。なるほど、寛の複雑な表情は彼女由来だったのか。
「あははっ。
でも、本当に寛君の言う通り。花君って面白い人みたいだね。安心したかも」
「光栄だね」
それから、二、三、寛の喜びそうなことを教えて、俺は適当に挨拶をしてから踵を返したのだが――。
「あ、そうだ。
花君は、四花しごとさんを知ってるんだよね。私、凄く好きなんだけど」
話し口調から察するに、どうやら寛は、まだ宮崎に二人の正体を明かしていないらしい。
なら、少しだけ。
「あぁ、知ってるよ。昨日の反応を見るに、キミもファンなんだろ?」
答えると、彼女は頷いてから、不思議そうな顔をして顎に手をやった。
「あの人の物語って、最後には全部うまくいくでしょ?
だから、安心して読めて好きなんだけどさ……不思議だよね。どう見ても無茶な方法なのに、どうしてご都合主義に感じないんだろ。
花君はどう思う?」
「それが、作者の都合じゃないからだと思う」
レスポンスの速さに驚いたのか、宮崎は目を見開いてから、再び柔和な表情を作って言った。
「どういうこと?」
「作中で明かされた情報のみで、キャラクターは動いてる。四花しごとの小説は、読者に対してフェアなんだ。
……だから、宮崎は安心出来るし、納得出来る。『ハッピーエンドのために用意された要素』を使わないのが、彼女の作品の特徴だと思うよ」
「お、おぉ〜。ほんとにすご〜……ん? 彼女?」
「そう、彼女。牧野アメリのペンネームが四花しごとなんだ」
「どえぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
宙に舞った買い物かごをキャッチして、尻もちをついた彼女を待つ。
こんな、大人しくて優しそうな見た目でコメディリリーフを買って出てくれた彼女が、俺は甚だしく意外だった。
いい奴を恋人にしたな、寛。
「な、なな、なんで!? 牧野さんが四花しごと!? 嘘だぁ!!」
立ち上がりながら、あわあわと口を震わせる宮崎にカゴを渡しながら言う。
「大袈裟だな、アマチュアだぞ?」
「でも、好きなんだよっ!! おまけに、それが牧野さんって!! やっば!! 信じられないっ!!」
このまま堕天丸太の正体を明かしたら、宮崎の心臓が止まりかねないと思ったのでやめておいた。
情報の開示は、段階的にしていこう。
「そんなに疑うなら、直接訊いてみたらいい。宮崎が相手なら、きっと喜ぶぞ」
「む、無理だよ。心の準備が出来ないもん。牧野さんってだけでも緊張するのに……」
考えてみれば、牧野アメリはみんなの憧れの対象なのだ。
俺も前はサバサバしてる奴だと思っていたし、「おほー」とか「にょわ〜」とか言ってニヤけてる姿を知らなければ、こういう反応になるのは当たり前かもしれない。
「じゃあ、気が向いたら伝えてあげなよ。作家って、孤独だから」
「うん、そうする。ありがとう、花君」
宮崎は、にこやかに笑って醤油・味噌のコーナーへ消えて行った。俺も、早く自分の買い物を済ませよう。
……それにしても、『無茶な方法なのに安心して読める』か。
宮崎と別れてからも、ずっとそのセリフが脳内にリフレインしている。
なぜなら、俺はあの答えが未完成だと思っているからだ。
安心感なんて、ライブ感から一番遠い要素のはず。
なのに、展開を知らない読者が不安を覚えていないのなら、それはキャラクターが危険にさらされていないからだろう。
しかし、『虐めてくる叔母様』は復讐の物語だ。キャラクターがリアルであればあるほど、生々しさは強くなる。
むしろ、感情を色濃く描写しなければ、カタルシスが得られないはずなのだ。
明らかに、矛盾している。
「なんでだ」
その理由を探るため、俺は立ち止まって小説を読む。すると、そこには、さっきまで気が付かなかった強烈な違和感があった。
「嘘……だろ?」
なんと、牧野は、主人公の負の感情を一度たりとも描写していなかった。
つまり、この物語は『語りの範囲』そのものが制御されている。
驚くべきことに、読者にとって都合の悪い感情だけが、最初から提示されていなかったのだ。
「……クリスティかよ」
文章の盲点を突いたトリック。
それをラブコメに用いて、あまつさえ長文タイトルとの矛盾を狙う大胆な発想に、俺は改めて牧野の天才ぶりを知った。
「お兄ちゃん、家の前で何してんの?」
「感動」
「はぁ?」
どこかから帰ってきた祭に手を引っ張られながら家へ戻ると、母さんに頼まれたものを渡してからすぐさま風呂に逃げ込んで呟く。
「もしも、牧野がこの手法を自由に扱えたなら――」
けれど、その先を考えるのはやめた。
俺の希望など、牧野にとってのノイズにしかならないと悟ったからだった。
……翌日。
薬丸の渾身の一撃である『人殺しの尖塔』は、評価ポイントゼロで朝を迎えていた。




