017 花朔太郎は羨ましい
× × ×
「ねぇ、花。
私、怒ってるよ」
翌日。
久しぶりに、牧野から朝の教室で声をかけられた。いい加減、公衆の面前ですれ違いコントは止めて欲しいのだが。
果たして、今日はなんの用かね。
「おはよう、牧野。
俺、なんかやったか?」
「お、おはよう。オホン……花さ、私に言ったよね。『体は大切にしろ』って」
「言った」
ついでに言えば、作品を乱発して天才的なアイデアを浪費することも咎めたかった。
まぁ、それは牧野の創作スタイルに口を挟むことになるからやめたが。
「じゃあ、これはなに?」
見せつけられたスマホの画面には、あらすじと言う名の、超コンパクトに纏められた『水槽で飼ってる初恋』が表示されていた。
「気に入らなかったか」
「違う、凄く嬉しかったよ。
私、書きたいことを自由に書いちゃうから、こうやって分かりやすくまとめてくれるのは『ありがとう』って思ってる」
「なら、何を怒ってるんだ」
「じ・か・ん」
……あぁ、なるほど。
「私には無理するなって言ったのに、花はこんな遅くまでやってるじゃん。
人に注意するなら、自分が見本にならなきゃダメだよ」
いつもの陽キャらしい、耳障りの良いニュアンスではない。
思わず教室内で、隠している小説に触れるくらい、激しく怒っている牧野アメリの怒りの声。
それは、朝の緩やかな教室内の雰囲気を瞬く間に変えた。
「し、仕方ないだろ。あんな短い文章でも、俺には時間がかかるんだ」
「だったら、部活でやればいいじゃん」
「『人殺しの尖塔』の編集がある、そこに時間は使えない」
「だったら!! あらすじのこと、私に言えばいいじゃん!! 私だって手伝うのに!!」
……ブレるな、朔太郎。
裏技なんてもの、牧野と薬丸には触れさせないって決めたろ。
「……悪かった、気をつける」
「嘘つき。そんなふうに目を逸らしながら言ったって、信じられるわけない」
「じゃあ、約束する。俺も体は大切にするよ」
俺は、また牧野に嘘をついた。
しかも、今度の嘘は、明確に牧野の意見を否定するための嘘。
天才には絶対に理解出来ない、凡人の苦悩の説明を諦めるための嘘。
女子を騙すための、優しくない嘘だった。
「本当?」
「……」
「……約束だよ」
放課後になり、部室に着くと、俺は『人殺しの尖塔』の編集作業に没頭した。
この、削る作業というのは実に不思議だ。言葉の数を減らしているハズなのに、どんどん物語の完成度は上がっていく。
文章の力とは、数ではなく質である。
そんなことを、俺は改めて知った。
「ねぇ、サク。アメリの新作、どうだった?」
ものもらいはとっくに治っているだろうに、薬丸は今日も眼帯をしている。
片目だと作業しにくいんじゃないかってツッコミは、流石に野暮ってものだろうか。
因みに、牧野は剣道で不在だ。
「面白かったよ。修正案は伝えたから、後は牧野の満足いく形にして完成。今日の夜には投稿すると思う」
「そっか。
ボクたちさ、お互いの小説は新鮮な気持ちで読みたいから、投稿されるまでは読み合わないことにしてるんだ。
……えへへ、楽しみだなぁ」
「へぇ。お前、自分の作品以外にそこまで興味を持ったことあったか?」
「うぅん、アマチュアは初めて。
なんなら、ボク自身、ラブコメを読むことになるなんて思いもしてなかった。なんてったって、あれらは『嘘』だからね」
真実を混ぜ過ぎると、普通はコメディの部分が消えて恋愛小説になるのだが……まぁ、そこは牧野の才能の賜物と言ったところか。
「あぁ、主よ。そんなボクを、どうかお許しください。アーメン」
……どうでもいいけど、キリストとクトゥルフの食い合わせってどうなんだ?
神話が共存するのは、宗教的にアウトな気がするのだが。
「ぼ、ボク的には許されるんだよ」
……まぁ、インド人も日本でビーフカレーを作る時代だからな。
信仰心も、人それぞれってことか。
「ところで、薬丸。
俺なりに、『人殺しの尖塔』を多くの読者に届ける方法を考えたんだが――お前の場合、正面から殴り合うのはやめた方がいいと思うんだ」
「……ホラージャンルには『異世界無限地獄』がいるからね」
『異世界無限地獄』は、ノベハウ黎明期に初投稿され、未だに更新が続いている超長期連載のモンスター小説だ。
色々な異世界を渡り歩き、様々なホラー体験をするという本作は、ハーレム無双一色だった当時あまりにも画期的だった。
作品の練度は言わずもがな。舞台を変えていくから、矛盾しにくく、飽きも来ない。
おまけに、メディアミックスも幅広く展開されていて、新規参入の読者が留まることを知らないマジのチートを発揮している、まさに『ノベハウの王』とも呼ぶべき作品なのだ。
「こいつがいるお陰で、ホラーのランキングはトップが絶対に動かない。
というか、作家母数が少ないせいか、ホラー作品のレベル自体が高い。いくらお前でも、ブランクのある今、いきなり連中に勝つのは難しい」
「……そうかもね、ふんっ」
目まぐるしく環境が変わるノベハウで、投稿をやめてしまったアマチュア作家を覚えている読者など、それこそ宮崎くらいなものだろう。
「そこで、俺は人気作品の更新と少し時間をズラす方法を提案する。まぁ、平たく言えば便乗だな」
「え〜? 便乗〜? なんか、狡くてイヤだなぁ」
……まぁ、気持ちは分かる。
「けれど、最初はとにかく読者の目につくことが必要なんだ。
俺は、『人殺しの尖塔』の実力が、正しく評価されて欲しいと本気で思ってる。そのためには、多少の卑怯も受け入れなければならない。
違うか?」
「違う。それは、ボクの望む形じゃない」
……なに?
「ボクは、ボクを理解してくれる人に読んでもらって、その結果、ランキングが上がって欲しい。だから、投稿は深夜にやる」
「い、いや。待てよ。
気持ちは分かるけど、今はその取っ掛かりが無いって話だろ。勝ち方に拘るのは、また読者が増えてきてからの方が――」
「その方法じゃ、誰かの次にしかなれない。ボクは、ボクを好きな読者の一番になりたい」
……なんだよ、それ。
「え?」
「なんなんだよ、それ」
「なんだって、なにがさ」
こいつ……っ。
「お前、もうちょっと現実を見ろよ。
素人だけど好かれたい、なのに勝ち方も拘りたい。通るわけ無いだろ、そんな都合のいい話」
「でも、そうしたいんだよ。大体、曲がりかけたボクを肯定してくれたのはサクだったじゃないか。
約束しただろ、ちゃんと面倒みてよ」
「ふざけんな!!」
俺は、思わず机を叩いていた。
「な……っ。なんだよ。何をいきなり怒ってるんだよ!!」
「お前が引きこもるくらい悩んだっつーから、こっちは本気で考えたんだろうが!!
編集して、校正して、今度は勝ち方まで勉強した!! 二度と間違えたくねぇからだ!!
なのに、お前は滅茶苦茶なことばっかり言いやがって!! 少しは俺の言うこと聞けよ!!」
いつの間にか、薬丸の肩を掴んでいた。
「『聞け』ってなんだよ!! ボクら、対等じゃないのか!?」
「うるせぇ!!
大体、前もそうだった!! なんで、面白いものを書けるのに、それを世の中の連中に教えてやろうと思わないんだ!?
どう考えたって、お前のやり方じゃ損するだろうが!! 見たいんだよ!! 俺はお前が勝ってるところをっ!! そうじゃなきゃ、ここまでやった意味がねぇだろ!!」
「違う!! サクは面白いものが読みたいんだ!! だから――」
「お前だから言ってんだよ!! お前にしか言ってねぇんだよ!!
つーか、俺なんてな!! 才能がなくて、アイデアも普通で!! おまけに、妹の世話で――」
そこまで言って、ようやく気が付いた。
「……妹が、なんだよ」
最低だ、俺。
こんなこと、言うつもりじゃなかったのに。
「わ、悪い、薬丸。俺は――」
下手な取り繕いなど、聞きたくなかったのだろう。
薬丸は何も言わずにノートパソコンを畳むと、悲しそうな表情で俺を一瞥し、静かに部室を出て行く。
あとに残ったのは、ただ、重くて冷たい空気だけだった。
「……ごめん」
きっと、俺は牧野に同じことを言えない。
同じ陰キャの薬丸だから、一度は負けたのに諦めない薬丸だから、こんなにブチギレて、怒鳴り散らかして、あまつさえ、本気のコンプレックスまで吐いてしまった。
その情けなさが、心の底から憂鬱だ。
「……編集、やらないと」
言ってはみたものの、体に力が入らない。スマホを持つ手は、僅かに震えている。
もしかして、俺は取り返しのつかないことをしてしまったんじゃないか。
そんな恐怖が、俺を掴んで離さなかった。
……。
結局、俺は帰ることにした。
そのまま部室にいたら、自己嫌悪と罪悪感で押し潰されそうだったからだ。
もう、早く眠ろう。
それしか考えられなかったのに、飯を食って、ベッドに倒れ込んでも、指先に食い込んだ薬丸の肩の感触が、いつまでも忘れられなかった。
「お兄ちゃん、いる?」
三姉妹が扉を開けて俺を見ていることには気付いていたけれど、反応する気も起きなくて。
だから、体を壁に向けて寝たふりをすると、奴らも何かを感じ取ったのか、ついに中へ入ってこず階段を降りていった。
……あぁ。
俺、どうすればいいんだろ。
もう、分かんねぇや。
……。
「よう、サク。悪いな、こんな時間に」
画面を見ずに着信に応じると、聞こえてきたのは唯一の友人の声だった。




