3 新たな夫と肖像画
私はランベルトに口づけて、喪服のドレスのまま彼に抱かれた。死んだ夫の肖像画が見守る前で。
平民の女よりも愛されなかった正妻の私と、余分にあるはずの爵位を一つも与えられない弟の境遇に何の疑問も抱かない兄から、ただの出入りの商人として扱われていたランベルト。
自分を優しく誠実な男であると信じて疑わないバーナードの足元で踏みつけにされていた私達の境遇は似通っていた。
バーナードの偶像の前で彼を弔うための喪服を乱して睦み合ったのは、後から思うと意趣返しの気持ちもあったかもしれない。
◇
目を覚ますと、ゲストルームのベッドの上だった。黒い喪服のドレスはもう着ておらず、清潔な肌の上に、着慣れた夜着を身につけている。寝ている間に侍女が身綺麗にしてくれたのだろう。
「起きたか」
ソファで新聞を読んでいたらしいランベルトが、こちらにやってきてベッドの縁に腰掛けた。
「昨日は貴女に無理をさせた。辛ければまだ寝ているといい」
半身を起こした私の手を取り、恭しく口づける。
「……どうしたのよ、急に」
「伯爵家の当主になったのだから、それらしく振る舞わなければ、と。似合わないか?」
仕立ての良い品のある衣服に身を包んで髪をきっちりと整えたランベルトは、昨日までのどこか危うい匂いのする彼とは別人の、洗練された上位貴族の男に見える。
「似合っているわ、とても。夜会でご婦人達が黄色い悲鳴を上げる光景が頭に浮かぶもの。でも以前のあなたを嫌というほど知ってる私は、気味の悪さで鳥肌が立ってしまったわ」
ランベルトの手を振り払うと、彼は喉奥でくつくつと笑った。
「そんじゃ、あんたの前ではこれまで通りにするよ。……なあ、セレーナ。怒ってるか? 強引なやり口で俺の妻にしたことを」
「今更それを訊くの? 怒ってるに決まってるじゃないの。貴方だけに私の秘密を教えたのに裏切られたのだから。絶対に許さないわ」
「あんたみたいな良い女が、あの兄に内緒で俺にだけ秘密を持ちかけたのがそもそもの間違いだ。そんなの惚れるに決まってる」
「何なのよ、それ……」
「なあ、俺のことは、もう嫌いになっちまったか?」
ランベルトが小首を傾げ、凛々しい眉をハの字にして私を見る。あざとい仕草だと思った。
「そんな殊勝な顔をしないでちょうだい。嫌いだったら、貴方に手を握られた時点で引っ叩いているわよ」
「セレーナ……!」
抱き着こうとした身体を押し返す。彼のことは嫌いではないけれど、許したわけではない。
「私が修道院に入りたかったのは、もう誰かからの愛を期待して待ち侘びるのが嫌だったからよ。それなのに貴方が」
「その点は大丈夫だ。俺はとっくにあんたを愛しているからな」
「人の心は移ろうものよ」
「信用できないならそれでも構わない。俺の死に際に『貴方の愛を疑ってごめんなさい、ランベルト。私が間違っていたわ』と謝ってくれたらそれでいい」
「私のほうが年上なんだから、私が先に逝くかもしれないじゃない……そういえば、どうして私はゲストルームにいるのかしら?」
ランベルトが真摯に愛を囁き続けるものだから、恥ずかしくなった私は強引に話題を変えた。
「どうしてって、そりゃ、兄が使ってた寝室を使うのは興醒めもいいとこだからな。明日から総取っ替えの改装工事で俺達夫婦の寝室を作らせるから、しばらくはゲストルーム暮らしだぜ。あんたの肖像画を描かせる腕のいい絵描きも雇っておいた。退屈だろうがしばらくモデルを務めてくれよ」
「寝室はともかく、肖像画なんかいらないわよ。当主なのだから、貴方を描いてもらえばいいじゃないの」
「俺の絵を飾ったって俺が楽しくないだろ。客間のあの辛気臭え兄の絵は取っ払って庭で燃やしといたんだ。空いた場所にセレーナの絵を飾る。とびきり色っぽく描いてもらわなくちゃな」
私は呆れたように大げさな溜め息をついてみせたけれど、その態度とは裏腹に、胸の奥は微かな歓びに震えていた。
誰かからの愛を乞うことに疲れて修道院へ逃げようとした私を強引に俗世に繋ぎ止めたランベルトには、生涯をかけてその愛で償ってもらわなくてはならない。




