第30話 相対する兄弟
ゲシュマル・エヴィ=ノア・セカンダル。
その名を、私は知っていた。
アトリアの兄にして、惑星セカンダル38か国の1つ、フィーアフーラ国第1皇子にして国防軍上級大将。記憶の中で視た、白髪の青年。
かの地で軍神と称される彼は、鷹のような瞳で私達を見下ろしていた。
「また、私に用ですか?」
「いいや。君にはもう無い。あの時、私は言ったな。弟を探していると」
「はい」
「あの日、君は知らないと言った。だが、今は違うだろう? 思い出したな」
軍神は、血のような赤黒い瞳で真っ直ぐに私を見つめてくる。まるで、問い詰めるかの様に。
アトリアは視界を遮るように私の前に立つと、実の兄を睨みつける。
「何の真似だ、アトリア」
「黙れ。お前の目的を察知できない以上、民間人を庇うのは当然のことだ」
アトリアが毅然とした態度でそう言うと、ゲシュマルは声を上げて笑い始める。
「民間人? 民間人だと? 我らと等しく深化した人類が、民間人か。馬鹿を言うな、この娘は我々側の人間だ。記憶を取り戻した貴様なら理解している筈だろう」
「……」
「とはいえ。俺はこの娘に危害を加える気はない。それは当然お前にもだ、アトリア」
悔しそうに黙り込むアトリアにそう告げると、ゲシュマルは懐から複数のブロックを無造作に組み合わせたような歪な銃身を持つ、銀色の銃を取り出した。
天井に向け引き金を引くと、ギィンという甲高い金属音と共に七色の光が天井を貫きいた。音の大きさに驚いた私は、咄嗟に耳を塞ぐ。
何も起きないと思って恐る恐る手を退けると、アトリアが周りを見てみろと視線で促し。
周りに視線を向けると、酷くゆっくりではあるけれど世界に色と音が戻り始めていた。
「魔法を、解いた?」
「ああ。この一帯に掛けていた空間固定魔法を解除した。これ以上の空間停止干渉は、三次空間に影響が出かねん」
私が小さく呟くと、ゲシュマルは懐に銃を仕舞いながらそう答えた。時空間に影響が出ない範囲に収めるの、凄い未来人っぽいなぁ。
そんな場違いな感想を抱いている間に、世界は色を取り戻し周囲には喧噪が戻った。隣に座っていた女子高生は窓際に座るスーツ姿の男の人は、止まる前と変わらず談笑したパソコンのキーボードを叩いている。
けど、目の届く位置にいるにも関わらず私達には目もくれない。偶に通る店員は私達を障害物があるかのように避けて通るし、私達の顔が見える場所に居る人は不自然に首を曲げて喋っている。
「認識阻害は掛けたまま、か」
「当然だ。ここ日本での俺はトップアイドルだ。そんな奴がコスプレめいた格好で店内に現れてみろ。煩いだけでは済まん」
「ふん。その状況を選んだのは自分だろう。自業自得というやつだ」
「そうだな。その通りだ」
アトリアの毒をさらりと受け流し、ゲシュマルは私達に背を向けて歩き始める。
階段を降り始めた所で、未だ動けない私達に向かって怪訝な顔をした。
「どうした、さっさと付いてこい」
「は?」
「えっ!?」
「驚く要素がどこにある。今から俺の仮住まいへ行く。付いてこい」
傲岸不遜な態度にアトリアはなんでだよ、と悪態を吐く。私は目の前の彼が予言の中で見たあの思慮深い青年と同人物とはとても思えなくて、酷く混乱していた。
だって、未来の記憶の中の彼はいつだって深い愛情と敬意を持って接していた。家族だけじゃない。部下や友人にだってその姿勢を崩すことは無かった。
だから、彼は凄く周囲の人たちから慕われていたし、結婚間近だっていう恋人も居た。
それが今はどうだ。見る者全てを凍てつかせるような眼差しに、きつく寄せられた眉間には深い皺が刻み込まれている。近寄りがたいと感じるほどの覇気。まるで全くの別人だ。
私は思わずゲシュマルに問いかけた。
「あの。貴方は、本当にゲシュマル・エヴィ=ノア・セカンダル本人ですか?」
「なに?」
ゲシュマルが振り返り、鋭い眼差しで私を見上げる。
「まて、遥風。突然何を言い出すんだ」
「私の能力の中で見た貴方は、いつだって思慮深く理知的でした。今は情念に突き動かされているように見えます。まるで別人です」
「ほう?」
ゲシュマルは口元を歪ませて嗤う。それは、面白い玩具を見つけた無邪気な子供の笑みにも見え、しかし獲物を決して逃さないと決めた肉食獣の威嚇にも見えた。
「まるで別人か。君は随分と知った口を利くんだな。それとも、私の能力を破ったか」
(……え?)
獰猛な笑みを浮かべるアトリアの兄を見て、私は頭をよぎった恐ろしい考えに背筋が凍った。
初めてテレビで彼を見た時、何故かは解らないが目が離せなかった。
不思議系、と言ってしまえばそれまでだけれど。時折見せる気だるげな印象とは裏腹に、きりっとした表情と佇まいから非常に好感の持てる男の人だなって思った。
ニュースキャスターへの受け答えは、決して人当たりの良い返事では無かったと言うのに。
次に彼と直接出会った時。彼は弟を心配していた。そんな彼を見て、私は家族想いの良いお兄さんなんだなって思った。
でも。
もしそれが、強制的に植え付けられた印象なのだとしたら?
何か超常の力が働いて、視聴覚から脳に伝達される情報が操作されているのだとしたら!
「ま、まさか……」
「推察の通りだ。君が予言と呼ぶ能力を持つように。我が弟が、多次元世界に存在する自己の記憶を全て保持しているように。私も同様に、能力を有しているのだ」
評価・感想お待ちしています。




