第31話 兄の真意は?
「手にした力は印象操作。私の姿を見た者、声を聞いた者に一定条件化において相手が望んだ印象を与えることが出来る」
そう言って、ゲシュマルは不敵な不敵な笑みを浮かべる。
「そ、そんな事。じゃあ記憶の中で視た貴方は!」
「本来の私でもあり、偽りの私でもある。以前の君はついぞ気が付かなかったようだがな」
なんて力だろう!
私は自分の中の常識が一気に崩れ去ったような、或いは天と地がひっくり返ったようなそんな感覚に襲われた。不安定な場所に立っているかのように足元がぐらついて、思わず数歩後ずさる。
それを引き留めたのは、私の前に立っていたアトリアだった。彼は私の手をがっしり掴んで、私の目を真っ直ぐに見つめる。
「遥風、落ち着け。兄貴の能力は強力だが、永続的に効果を発揮する類のものじゃない。破る方法が無い訳じゃない」
「でも、私は……」
「いいか、よく聞け。万物は常に変化する。一度好印象を持った人や物が、そのまま永久に変わらないなんて話があるか? 無いだろ」
アトリアは私の目を見ながら、幼子に諭すような優しい口調で私に語り掛ける。その後ろでは、ゲシュマルが興味深そうに私達を見ていた。
「人は高度に発達した脳を持つが故に、感情に支配された物体だ。抱いた感情はどんな形であれ、いずれ遷移する。何故ならば、人は常に真贋を求め続け僅かな違いに価値を見出そうとするからだ。俺も君も、変化無しでは自らの存在価値すら見出せない」
「勿論、人だけじゃない。動物や植物、その他の物質でさえ、変化は免れない。この空間に時間という概念が誕生した瞬間から定められた万物の理なんだ」
「だからこそ、兄貴の力はやがては効力を失う。例え能力によって認識を歪められたとしても、掛けられた本人はいずれ本質を理解する。だから、大丈夫だ。今は脅威に映るかもしれないが、恐れる必要は無いんだ」
そう言われて、私は思い出す。
記憶の中で出会ったゲシュマルは、誰よりも礼節や規範を重んじその姿勢を崩すことは無かったが、反面親しみを覚えた人に対しては苛烈な性格を覗かせる事もあった。それは時に、彼を知らない者達が忌避するほどに。
時には部下や同僚に制止され、ある時は両親に諫められ。ある時は恋人に叱られもしていたけれど、皆は彼の事を理解していたように思える。生きとし生ける者達への親愛と敬意も、内に抱える激情も。
恐らくは、ゲシュマルの能力に干渉され、抗いそして認めた人達が彼の周りに集まったのだろう。
ならば、私の目に映る彼はどうだろう?
目の前にいるのは――そう。ゲシュマル・エヴィ=ノア・セカンダル。アトリアの兄にして、地球では星成せいやと名乗る未来人だ。
私達の姿を見ていたゲシュマルは、小さく微笑む。その笑みは、彼らの言う旧人類を蔑んだり、憐れんだりする類のものでは無かった。
羨望と慈愛が籠った、心からの笑みに見えた。
私が落ち着いたのを見計らってアトリアがゲシュマルに食って掛かる。
「おいこの野郎。兄貴だからって俺が何もしないと思うなよ」
「ほう。お前に何が出来るというんだ。多次元世界の記憶しか持たないお前が」
「抜かせ。俺の記憶通りなら、あんたの計画の成功率は0%だ。いいか、あんたの計画は成功しない。前回も、今回も。恐らく次もだ」
アトリアが挑発すると、ゲシュマルは驚いたように目を丸くし、次の瞬間には眉間の皺を更に深くした。
けれども次の瞬間には強張らせていた肩を下ろし、自らを落ち着かせるように深いため息を吐いた。
「……はぁ。私は一体何をやっているんだ。いがみ合うために此処に来たわけではないと言うのに」
「最初に吹っ掛けて来たのはあんたの方だろ。今更何言ってるんだ」
「それについては謝罪しよう。済まなかった」
「振り回されるこっちの身にもなって欲しいよ、全く。――遥風、大丈夫か?」
素直に自らの非を認め、頭を下げるゲシュマルに、アトリアはふんと鼻息を吐いてそっぽを向く。けど、すぐにいつもの真面目な顔に戻って私を気遣う。
私は小さく頷いてから、ゲシュマルに向き合う。
「うん。それで、あの。私達は貴方に付いていけばいいんですか?」
「ん? ああ、そうだ」
「あの、どうしてあなたの家に行くんですか? 話なら、ここでも出来るんじゃ……」
私が聞き返すと、ゲシュマルはブーツで床をトントンと鳴らし、周囲の人たちに視線を向けた。
「当然できる。だが、これからする話には国家機密情報や過去の地球人には――君は除いてだが、聞かせられない内容も多くある。それを話すには、この場所は危険すぎるのだ。だから場所を移す」
「まったく。それを早く言えって。あんたはいつも説明が足りなすぎる」
そう文句を言いながら、アトリアはゲシュマルの後に続く。
私もアトリアの背中を追いながら、どうしても聞きたかったことをゲシュマルに尋ねた。
「あの。以前の貴方は、アトリアを探していました。けど今はこうして再会しています。彼を連れ戻しに来たのですか?」
「その問いには、否と答えよう。私がコイツを探していたのは、別の理由だ」
「別の理由?」
「ああ。我が聡明な弟と、輪廻を超えて結ばれる運命にある娘。2人の邂逅を、この目で直接見ておきたかった」
「……兄貴」
「例え、今生の別れと知っていてもだ」
そう言って、軍神はふっと相好を崩す。彼の姿は、かの地で軍神と恐れられる人では無かった。ただ、弟思いの兄の姿が私の目の前にあった。
「母上の予想では、本来であれば交わる可能性は低かった。だが弟は君と再会を果たし、やがて来る厄災へと歩を進めている。尤も、これが何度目かの再会になるかは2人にしか分からぬがな」
ゲシュマルはアトリアの頭をポンと叩くと、今度こそ振り返らずに歩き始める。
アトリアは気まずそうにしながら、行こうと言って私の手を取った。私は手を引かれながら、未来から来た2人の兄弟が近い将来手を取り合う日が来るだろうと、漠然とだが考えていた。
その思考に、私の予言が介入することはは終ぞなかった。
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