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厄災のアトリア  作者: 浅葱まほろ


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第28話 2人、初のお出かけ

 「ここが神保町か。初めて来たが、本屋が沢山あるな」

 「でしょ。ここだったら、私達の探し物も見つかるんじゃないかと思って」


 西暦2019年、5月2日。午前10時27分。

 この日、私はアトリアを連れて神田・神保町へと足を運んでいた。

 目的はただのお出かけ兼、私とアトリアを取り巻く状況を整理して進展させる為だ。

 ここ数日、様々な事が起きては変わっていった。アトリアの来訪から始まり、あの人気アイドルせいや君との邂逅。そして、柚ちゃんの突然のシンカ。黄鉱石と蒼鉱石の謎。

 今の私には、これら全てが偶然とは思えなかった。

 きっと、何かがどこかで繋がっている。私とアトリアを繋ぐ、紅イ意図のように。

 信号待ちしている間、私は左手の薬指を見る。黄鉱石を持っていない私は、薬指に結ばれた赤イ意図を見ることは出来ない。が、繋がっていると感じることは出来た。

 黄鉱石の接触によって視えた、私の過去の記憶。それは、ここではない別次元の私の記憶でもあり、これから体験する未来の記憶でもある。半覚醒状態にあるシンカの力――『予言』によって。


 (私の力はまだ、覚醒には至ってない。本来の力は次元が違うらしい、けど)


 昨日の夜、セイヤは確かにそう告げた。隣を歩きながら物珍しそうに周囲を見渡しては、高層ビルや巨大な広告パネルに目を奪われている。

 今日のセイヤは白いシャツの上に桜色のカーディガンを羽織り、下は黒のスラックスを着ている。白い髪はそのままだと目立ちすぎるので、ウィッグを付けてもらった。彼は嫌がったけど、好奇な目に晒されるだろうと説明したら納得してくれた。

 白い肌は殆ど見えないからよし。


 「遥風、どうした?」


 左手を見ていた私を不思議に思ったのか、セイヤが声を掛ける。

 記憶を取り戻した彼は、私をどこまで知っているんだろう。私がこれまで視て来た予言で、私はセイヤと共に居た。

 そこにあるはずなのに、見えない繋がり。


 「ちょっと、気になって」

 「気になる? 何がだ」

 「紅イ意図」


 いつか出会った彼は言っていた。それは、決して解けぬ契りの証。過去や未来、そして来世や次元の壁ですら歯牙にもかけぬ、人が与える情の祝福なのだと。

 出会った時の状況を思い出そうとすると、頭の中に靄が掛かったみたいになって頭痛がするから、深くは考えないようにしているけど。

 とはいえ。


 「まぁ、あんまり気にし過ぎてもね」

 「……?」


 私の独り言に首を傾げるセイヤに何でもないと返して、私達は信号を渡って軒並み店を連ねる古本屋へと足を踏み入れた。


 「いらっしゃい」

 「こんにちは。宇宙関連の本を探しているんですけど、どこにありますか?」

 「それなら、端の棚にあるよ。入口側が児童書、奥が専門書に海外の論文」

 「ありがとう」


 愛想の良い初老の店員に礼を言ってから、私はアトリアを連れてずんずんと奥へ向かっていく。

 『アインシュタインの特殊相対性理論』――違う、『インフレーションによる宇宙誕生の謎』も違う。『クーゲルシュライバー』……これはボールペン。っていうか、なんでこの棚にあるんだ?


 「どうだ? 見つけたか?」

 「ううん。こっちは手掛かりなし。そっちはどう?」

 「駄目だな。アインシュタインの特殊相対性理論について書かれた本があったが、てんで駄目だった」

 「それ、私が見つけた本」


 あ行からわ行まで探したが、お目当ての本は無かった。ここから先は、私の苦手な英語で書かれた専門書だ。よし、と気合を入れたその時、それはそこにあった。

 まるで、私に見つかるのを待っていたかのように、その本は私の目の前にぽつねんと置かれていた。

 黒の背表紙に濃紺の表紙。どちらにも金の文字で「geir=xitvioccrotica」と書かれていた。地球言語訳で、マルチバースの解。

 著者は、フリックガング・フィオーネ=ラィ・セカンダル。

 その名を見た時、私の脳内に激しい電流が奔った。


 『――ねえ、フリックガング』

 『その名前で呼ぶのは止めてよ、アトリアの番(つがい)』

 『ちょっと、その番っていうの止めてよ。別にいいじゃない、フィオーネ』

 『良くはない。ファーストネームで呼ばないでって何度言ったら分かるの。フリックガングなんて、女性らしくも無い名を連呼されてみて。男だと勘違いされるのはもうこりごり』

 『はいはい。ねえフィオーネ、アトリアが開発してるあの千年王国《ミレニアム》の事なんだけど――』


 脳内に流れ込んで来た、未来の記憶。それは、別次元の私が過ごした第2の地球での記憶であり、現在(いま)の私にいつか訪れる可能性の一部。

 記憶の中では、白衣を着て白金《プラチナ》の髪を靡かせた美女と私が談笑していた。

 彼女と同じ白衣を着てにこにこと笑いながら話す私は、ホログラムに投影された大きな球体を見ながら嬉しそうにしている。

 再び、電流が奔る。


 『ミレニアム、か』

 『?』

 『いいや。千年王国とは随分皮肉が効いていると、そう思っただけだ』

 『どうしてですか? 今は無き地球の、在りし日の姿を保存できるのなら、素晴らしい事だと思いますけど』

 『本当にそう思うかね? 世界は常に前へと進んでいるのだ。過去に想いを馳せるより、我々は未来に目を向けるべきだと、私は考えているのだ』


 次の記憶では、黒い軍服を着た青年とお茶を飲みながら話している。

 短く刈り揃えられた白い髪、病的な迄に白い肌、赤い眼。アトリアと似ている顔立ちながら、纏う雰囲気は鋭く重い。

 だけど、彼の奥底には近しい人たちへの深い愛情が満ちている事を、記憶の中の私は知っている。

 

 場面が変わる。

 今度は、宇宙服を着た私とアトリアが暗い宇宙を漂っている。現代のゴツい宇宙服ではなく、ロボットアニメで見られるようなスマートなやつ。

 そして、私達の視線の先。太陽(アトリア)の光を浴びて灰色に輝く巨大な人口天体が目の前にあった。


 あれが。

 あの人口天体こそが、アトリアの夢を具現化させたもの。地球人の言う"夕陽"を再現する為に造り上げられた仮想世界の入口にして人類の歴史そのものを詰め込んだ箱庭。

 永久記憶保管領域・千年王国。

 記憶の中のアトリアは、衛星とも見間違うほどに巨大な物体を少年のような瞳で見つめていた。

 そんな彼に声を掛けようとした、その時だった。

 誰かに目を塞がれた感覚と同時に、私が現実世界に引き戻されたのは。

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