第26話 アトリアと遥風
「仕方ないなー。あとで駅前のプリン、奢ってよ?」
なんて悪態を吐きながら、私は大木が差し出す書類を受け取る。
ええっと、工場からの棚卸表と、今月の営業部の売り上げ。伸びている所は順調に伸びているけど、売り上げが大幅落ちている所もある。
特に、とあるスーパーの売り上げが今月はゼロだ。
「……大木、これ」
「ん? ああ、スーパーオオマド吉祥寺店の売り上げがって?」
「うん。なにこれ?」
疑問に思った私が指摘すると、大木はごめんごめんと言いながら一枚の用紙を差し出してきた。受け取って確かめてみると、改修工事により売り場を撤去しているとの事。
なんだ、じゃあ他の店舗で売り上げが伸びているのは、これの所為か。
「なるほどね。ここ、改修後もうちと取引してくれるんでしょ?」
「そう聞いてる。うちは特にお得意様らしいからな」
「え゛。それ、誰情報?」
「うちの営業部長の山下さん。あの人、こないだの酒の席で大っぴらに話してたぞ」
……はあ。頭が痛くなる。
山下営業部長は、ここ株式会社Hamburgにおいて欠かせない人物の一人だ。
普段は物腰の柔らかくて優しい人なのに、お酒に弱くて飲むと一気に陽気になる。
普段は絶対に話してくれなそうなことまで喋るものだから、社内の人間関係を含むいろんな情報やら、取引先との関係まで殆どの社員に知られちゃってるんだよね。
(この会社だけならまだいいけど、他の飲み会でも話そうとしてたって聞くからなぁ)
まったくもう。
仕事ができるのはいいけれど、口が軽いのは如何なものか。きっとまた、総務の山本さんに怒られるんだろうな。
「ん、分かった。この仕事はやっておくよ」
「助かる」
「その代わりといっては何だけど、こっちのも引き受けてくれるよね?」
そう言いながら、私は大木の手に数枚の書類と封筒をパサリと乗せた。当の本人は、苦い顔をしてその書類を見る。
「うげ。これ何?」
「買掛金の残高確認。幾つか郵送する会社があるから」
「……俺、書類整理があるんだけど」
「別に今すぐなんて言ってないでしょ。それが終わった後でいいから、よろしくね。あと、私もこの後銀行行かないといけないから」
そう言うと、大木君はあからさまにしょげたした顔でがっくりと項垂れると、了解とだけ言って資料室に消えていった。
その後も何かと忙しくて結局大木君の仕事を手伝ったり、私の仕事を手伝ってもらったりで仕事を終えたのは18時を回ったころだった。
「――って事があったのよ。ねぇ、セイヤはどう思う?」
「ん?」
西暦2019年、4月26日。18時23分。
仕事が終わり、近くのスーパーで手に入れた戦利品を携えた私は、夕ご飯の準備をしながら会社で見聞きした出来事をセイヤに話していた。
「ちょっと、生返事が過ぎない?」
「それはすまない。今ちょっと手が離せないんだ」
セイヤはそう言うと、細かな文字が書き込まれたメモ用紙をキッチンに持ち込み、私の買ってきたビールを冷蔵庫に仕舞いながら食材と格闘していた。
因みに、今日買ってきた食材は全てセイヤに頼まれたものである。ひき肉・生姜・葱・白菜・エノキ・人参・春雨などなど。
帰り際、スマホにポンとメッセージが入ったので、商店街で買い揃えてきた。……まあ、何を作ろうとしているのかは想像がつくけど。
多分、私が一番好きな肉団子のスープだ。元はと言えばお母さんが良く作ってくれたメニューで野菜もたっぷり入ってるし、お肉に生姜が入ってるから体も温まる。
そして何より、ご飯が進む。
あの日。家に帰った私を待っていたのは、記憶を取り戻したセイヤ――ううん、アトリアだった。
アトリアは自分の持ち得る記憶を全て語ってくれた。自分がどこから来たのか、地球に来た目的。自分が持つシンカの力、これまで5回地球に跳躍し、全てが失敗に終わっている事。
驚きは無かった。だってアトリアの容姿は明らかに地球人の見た目では無いし、黄鉱石然り彼が乗って来た卵型の宇宙船然り、地球外の技術や知識を有しているって分かっていたから。
私が時折見る絶対不可避の未来予知。シンカの力も、彼の言葉が本当であると証明していた。
「手伝おうか?」
「ありがたい申し出だが、断る。今日は俺が晩御飯を作る日だろう? それに、テレビで見た料理を作ってみたくなったんだ」
「そう。じゃあ、期待して待ってる」
そう言うと、アトリアは気合を入れなおす様にふんっと鼻息を一つ吐く。
ほんと、こうしてみると普通の人にしか見えないんだけどなぁ。
時折メモ用紙を確認しながら調理していくその姿に、私はふと妙な既視感を覚えていた。
(――ああ、まただ)
私はまた、夢を視る。
夢の中で、私はアトリアの作った料理を食べながら何かを話し合っている。アトリアが何かを言い、私は口元に指を当てて笑う。アトリアは不機嫌そうな顔をしながらも、どこかまんざらでもない表情をして相好を崩す。
私の知らない、私達の関係。いつか必ず訪れる、愛おしい未来の記憶。
そう錯覚してしまうのは恐らく、いつかの私が体験した記憶であり、アトリアと結ばれると理解しているからだろう。
ああ、でも。そう理解しながらも、私は別の人達を思い浮かべている。
征也君は、今何をしているだろうか。紬ちゃんはぐっすり眠れているだろうか。そんな事を考えながら、じんわりと熱を帯びていく左手の薬指を私はぎゅっと握りしめるのだった。




