幕間 未来は過去へと動き始める
宇宙暦583年。またの年を、西暦2683年。
天の川銀河内、アトリア恒星系第四惑星セカンダル・フィーアフーラ国。
中央政府管区、国家運営省第四会議室内にて、椅子に座りただ一人黙考を重ねる男が居た。
彼の名は、ウィンクセン・エヴィ=ノア・セカンダル。
かつて、惑星セカンダルを統治していた一族の末裔の1人であり、フィーアフーラ国を治める国家元首でもある。
彼の頭を悩ませている原因はただ一つ。息子であるゲシュマル及びアトリアが、突如として出奔したことだ。
2年前、長男であるゲシュマル・エヴィ=ノア・セカンダルが、開発中の時空間跳躍航行実験機アドヴェンチャーを持ち出して過去に時空間跳躍した。
その僅か1か月後。今度は弟のアトリア・エヴィ=ノア・セカンダルがまたもやアドヴェンチャーを使って時空間跳躍。
しかもタチが悪いことに、アドヴェンチャーは追跡周波数消失し、跳んだ先は過去の地球であるという。この事に妻のメイーダが関与していたとの噂もあるが、それを本人に問うたところで帰ってくるのは不明瞭な言葉ばかり。
息子2人が同時に去ったこの事件は、国家に対するクーデターではないかと軍部と政府の間で持ちきりになっており、ウィンクセンは日々の釈明に追われていた。
事の発端は、ウィンクセンが強硬した地球破壊作戦にあった。
元来、惑星セカンダルでは地球圏からの移民が増加し続けており、最初に地球人を乗せた移民船団がセカンダルに降り立ってから150年が経過した今でも原住民との諍いが絶えず続いていた。
さらに、隣の惑星であるマクジャロワを経由した地球移民船の末裔達が近年不法に入国してきたことが地球排斥運動をより活発化させ、これまで中立の立場を保っていたフィーアフーラ国内でも排斥を求める声が上がり始めていた。
セカンダル原住民族の末裔であり、同時に地球人の血が混ざっているウィンクセンら各国の首脳陣はこの問題を解決すべく、臨時招集権を発動し国家連携機構に集まった。
15か国の決議権保持国からなる会議は1か月間にも及んだ。
その結果。宇宙暦578年、惑星セカンダルはかつて地球で猛威を振るったとされる忌産兵器を地球へ使用することが決定され、この決定と同時に国家共同作戦軍による地球への軍事侵攻が確定した。
地球への侵攻は、開発された長距離ワープ航法による奇襲攻撃から始まった。
衛星軌道上発射に配備された防衛用衛星群は艦隊による中性粒子ビーム砲の狙撃によって破壊。地球の各都市には陽電子ビーム砲や質量弾による砲撃が絶え間なく行われた。
突如として行われた攻撃に対し、移住を待っていた僅かばかりの地球人類は反撃の手段を持たず、敢え無く壊滅。
結果、地表は焼き尽くされて海は干上がり、それでもなお苛烈な攻撃を続けた国家共同作戦軍によって地球は粉々に砕け散った。
ウィンクセンが机をなぞると、空中ディスプレイが浮かび上がる。
専用チャンネルキーを押すと、特務調査隊の司令部に繋がった。
「メルダリアをここに呼べ」
《はっ》
ディスプレイの向こうにいる若い兵士は、ウィンクセンの命令に敬礼するとすぐに通信を切る。
待つこと1分。第4会議室の扉が開き、黒いコートを纏った初老の男性が姿を現した。
「お呼びですか、閣下」
「ああ。——メルダリア、お前に極秘任務を与える」
そう言うと、メルダリアと呼ばれた男がぱっと顔を輝かせる。見る者によっては純粋な笑顔に見えるのだろうが、ウィンクセンにとっては《これ》が悪意そのものからくる笑みだと知っている。
だが、彼の作戦遂行能力は国内随一であり、かつ人格面で優秀な人材は他の任務に充ててしまっていることから、彼に頼らざるを得ないというのが内実であった。
「これはまた。ガヴァディハ国から不法入国した、元地球人種数名からなるスパイを見つけ出す件ですかな?」
「それは既にほかの部隊が行っている。現在は尋問中だ。お前にやってほしいのは、私の息子達の発見と調査だ」
ウィンクセンが発した任務内容に、メルダリアはピクリと眉を動かすと、面白い玩具を見つけたかのように笑みを深くした。
「失礼ですが、閣下。ご子息の次男であるアトリア科学局長が開発したアドヴェンチャーは、追跡不可能になっているんですよ。それに、2人が跳んだのは跳躍制限を超える600年以上も前の地球です。どうやって我々に調査しろと?」
そう言うと、ウィンクセンはポケットから掌に収まるほど薄く小さなディスクをメルダリアに手渡した。
「あのバカ息子が開発した箱庭だ。この中に、アドヴェンチャーの設計図も保管されているだろう」
「なんです? これ」
「絶対記憶保管領域だそうだ。全く、こんな物が何の役に立つのやら」
「ほう……?」
メルダリアはそのディスクを矯めつ眇めつ眺めた後、無造作に胸ポケットに仕舞った。
「して、閣下。防衛軍大将のゲシュマル様はどうされますか?」
メルダリアの問いに、ウィンクセンは眉間のしわを更に深くして、怒鳴りつけるように言った。
「必ず拘束し、アトリアと共に帰還させろ。それが出来ない場合、記憶を消去したのちに処分だ。奴の持っている知識が過去の地球に渡ることなど、あってはならん事なのだからな!」
「はい、閣下。必ずや任務を達成してまいります」
メルダリアはわざとらしく敬礼すると、会議室を後にする。
こめかみに指を当て、痛みをこらえる表情を浮かべる国家元首を、見ないふりをして。




