第23話 恐怖、相対するは怒り
「夢?」
征也君が聞き返すと、紬ちゃんは両腕で自分の体を抱きしめながら、凍えているかのように身震いする。
「誰かが、私を呼んでるの。名前も知らない、顔も見た事無い。誰かが私を探してる」
「それ、寝言でも言ってたな。来ないでって、近づかないでって。紬を探してるって、その人か」
「そんなの知らない。けど、一人は凄く怒ってる。青くて長い髪の、碧の目をした女の人。泣いて怒って、私に何か伝えようとしてる」
「……」
「もう一人は、嗤ってる。金の髪、虹色の目の女の人が、私に手招きしてる。私を呼んでる」
そう言って、紬ちゃんは顔を覆う。
何も情報を持たない征也君は右手を顎に当てて何事かを考えていたけれど、私は知っている。多分、精神干渉魔法だ。一人は知らない。けれども、もう一人の方を私は知っている。今の時空では無い過去《未来》で、私は何度も彼女と出会い、時には敵対し、時には手助けをしてくれた。
星と共に運命を共にする人。
けれど、今はそんな事どうでも良い。事実として、紬ちゃんは強制的に見せられる夢と現実の狭間で今も苦しんでいる。
蒼鉱石が無くなったとはいえ、深化してしまった紬ちゃんは継続して過去に干渉する力が使える。けれども、独学で力を身に着けた紬ちゃんは、制御する術がない。
絶対不可避の未来を視ることによって抑制技術を会得した、私と違って。
「紬」
これまでずっと黙っていた征也さんが、口を開く。その顔は、見たことも無いぐらい険しかった。
「俺は怒ってる」
「ごめんなさい。私、征也にも嘘を吐いてた。何でもないって、隠してた」
「そんな事はどうでも良い。なあ紬。どうして相談してくれなかった? お前が不安だった時、俺は同僚と笑いながらバカ話ばっかりしてた」
「征也……」
「お前がここ2日間寝たきりだった時、俺は紬がただ体調を崩しただけだって思ってた。明日は今日より良くなるだろうって、だから今日の夕飯は何にしようとか、ありきたりな事ばっかり考えていた。これじゃ、俺が能天気で馬鹿な奴じゃないか」
征也君はそう言って、悔しそうな表情で両手をきつく握りしめる。
実際、凄く悔しいのだろう。紬ちゃんの異変に気付いていたとはいえ、何もできない自分への嫌悪。近しい人が苦しんでいるのを、ただ見つめるしかできない焦燥感。何も力になれない無力感。。
ごちゃ混ぜになった負の感情は何処にも吐き出す場所なんかなくて、その行き先は自分に向けるしか術がない。
「征也、ごめん。私、そんなつもりじゃ――」
「それに。その左の薬指。さっきから擦ってばっかりだ。もしかして、まだ何かあるんじゃないのか? 青い鉱石の所為で、体に変調が起こってるんじゃないのか」
流石、鋭い。
私は内心、征也君の観察眼に舌を巻く。彼女は左手の薬指をちらちらと見ては、タオルケットで擦ったり指で握りしめたりしていた。
紬ちゃんは顔を勢いよく上げると、恐怖に満ちた眼差しで征也さんを見る。対する征也さんは怒りの中にも紬ちゃんを思いやる感情が前面に押し出されていた。
「……あ」
「うん?」
「赤い、糸が見えるの。私と征也の薬指を繋ぐ、赤い糸が」
――やっぱりか。深化した事によって、因果の流れが見える様になったんだ。
紅イ意図。あの人は、因果を超えた人の祝福と言っていた。なら、
「せ、征也は気にならないの?」
「何がだよ」
「私、征也の昔の記憶も覗き見た。征也がお休みの日、部屋で何をしているかなんて。会社から帰ってからも、時々征也の事視てた」
「それがどうした。俺の過去なんて、見られても大して問題ない。だって、殆ど一緒に育ってきたし、勝手知ったるようなもんだろ。それに、今だって大抵は本を読んでるかゲームしてるか、仕事してるかのどれかなんだから」
「せーや」
「俺の過去なんて、好き勝手見ればいい。それよりも、今この時においては紬の今と未来の方が優先だ」
うわ、イケメン。そう思ってしまったのは、不謹慎でもなんでもないだろう。
涙ぐむ紬ちゃんと、頭を撫でて慰める征也君。私の眼に映る二人はどう見てもお似合いのカップルに見えて、私はほんの少しだけ胸が痛む。
今の状況においては、不謹慎だと解っていても。生物である以上、自分の感情に逆らえはしないのだ。
その後、紬ちゃんはまた熱が出始めたので、お暇させてもらった。
「深山さん。今日はありがとうございました」
「ううん。紬ちゃんの事、よろしくね。私の大事な後輩だから」
「お任せください。……それにしても」
「え?」
「深山さん、あんまり動揺してませんでしたね。大変な目にあったっていうのに」
玄関を出た私にそう零す征也君は、私を心の内を探るような、疑っているような眼をしている。
無理も無い。だって、当事者だと言うのに、私はさほど動揺していなかったんだから。
私は何も答えられずに、黙り込むしかない。だって、説明のしようがない。私も紬ちゃんと同じなんだって、今は別の世界から来た人と暮らしてますって。
話したら私個人は楽になるのかもしれない、けど。拒絶されたくない、変な目で見られたくないという感情は、私にだってあるんだ。
だって、目の前にいる征也君は、私が入社した時からの憧れの人なんだから。
私がどう答えようか窮していると、征也さんは私に頭を下げる。
「失礼しました。俺、今相当気が立っているみたいです」
「うん、分かるよ。私も同じだから。私も、今の状況をどう受け止めようか迷ってる」
「……それでも、冷静に見える。深山さんは大人ですね」
征也君は小さく溜息を吐くと、気持ちを切り替える様にパンと頬を叩く。
そうして、私に思いっきり頭を下げた。
「紬が家にいる間は、俺に任せて下さい。けど、会社にいる間は、深山さんにお任せします。あいつ、深山さんには人一倍懐いてるし。もし、負担にならなければなんですけど」
「私の可愛い後輩だもん。任せて」
「よろしくお願いします!」
「うん!」
私と征也君がグータッチをして別れる。
その、帰りの事だった。ガキリ、と頭の中で何かが砕けるような音がして、私の頭の中に記憶が流れて来たのは。
それは、これまで見て来た絶対不可避の未来予知などではなかった。
私の部屋で茫然と立ち尽くすセイヤ。空は焼け、大地は骸の山と化した未来の地球。歓喜の声を上げる群衆、焦土と化す王宮、戦場となる都市。漆黒の宇宙に浮かぶ球状の人口天体。手を携える二人の王。
セイヤ――ううん、アトリアが記憶を取り戻したという事実と、私達に訪れる可能性の分岐の数々だった。




