第22話 目覚めた力の代償は
西暦2019年、4月22日。午後2時34分。
マンションを出た私は、有休を取って休んでいる紬ちゃんのお見舞いに来ていた。
インターホンを鳴らして出てきたのが征也君だったからびっくりしたけど、どうやら彼はここ2日間付きっきりで看病していたらしい。
私は持ってきたフルーツの盛り合わせを征也君に見せる。
「ありがとうございます。あいつ、飯は殆ど食べられなかったから」
「そう……。あの、台所お借りしてもいい? 果物だったら、工夫すれば少しぐらいは食べられそうかなって」
「ああ、だったら僕がやります。お話したい事もありますし」
征也君は勝手知ったる様子でキッチンへ向かい、りんごとメロンを切り始める。その間、彼女の近況をぽつぽつと話してくれた。
紬ちゃんは帰って来たあの日から体調を崩し、今日やっと微熱まで下がったらしい。寝ている最中にも魘されては飛び起き、うわ言で何か呟いては飛び起き、また気絶するように眠る。そんな状態が1日中続いて、精神的にも不安定な状態だったとのこと。
うう、心配だなぁ。大丈夫……な訳無いよね、絶対。
「上司には、体調不良って事で話を通してあるから。1週間くらいは大丈夫だと思う。けど――」
「分かってます。いつまでも隠し通せる問題じゃありませんし。――っと、よし。じゃあ、2階に上がりましょう」
そう言って、征也君はすりおろしたりんごと一口大に切ったメロンをそれぞれ乗せた皿をお盆の上に乗せ、2階へと上がっていく。
私も彼の後に続きながら、果たして今の紬ちゃんに何が出来るだろうと考えていた。手にした状況は違えど、同じく深化した私が彼女に何をしてあげられるだろうかと。
「こんにちは。紬ちゃん、大丈夫?」
「……せんぱい?」
征也君の後に続いて部屋に入ると、紬ちゃんはベッドで横になりながら、ぼうっと天井を見上げていた。普段の元気で溌溂とした様子からは打って変わって、生気を無くして無表情で虚空を見つめる彼女の姿は精巧な人形のようだった。
私がそっと声を掛けると、紬ちゃんは僅かに首を動かしてこちらを見た。そうしてほんの少しだけれど、瞳に光を宿す。
紬ちゃんは私と誠也君を順番に見て、静かに涙を流し始める。
「すみませんでした、先輩。それに征也も、ごめんね。本当にごめん。私……」
そう言ってさめざめと泣く彼女の姿は随分と痛々しく、どうやら今回の一件は相当に堪えたらしい。
髪はぼさぼさで、目の下には隈が出来ていた。もともと小柄な子だったけど、より細く小さくなった気がする。
やっぱり、ご飯食べられてないのかな。
私と征也さんは顔を見合わせると、優しく声を掛ける。
「大丈夫だよ、紬ちゃん。気にしないで」
「そうだよ。今は紬が元気になるのが一番だから。ほら、先輩がお見舞いの品を持ってきてくれたから。紬、食べられるか?」
「うん。少しぐらいなら平気かも」
そう言ってベッドから起き上がろうとする紬ちゃんを、私はそっと押し留める。
「あ、ううん。今日は顔を見に来ただけなの。やっぱり、まだ体調悪そうだから、会社には風邪ってことで話を通しておくね」
「先輩。でも……」
「まだ体調が戻ってないんだから、横になってろよ。話は回復した後でもいいだろ?」
あの後、フリックガング……いや、フィオーネが姿を消して時間が再び動き出した時、真っ先に紬ちゃんを心配したのは他でもない征也さんだった。
持っていた筈の青い鉱石が消え、中々戻ってこなかった幼馴染が自分の近くで蹲っていたんだから、心配するのも当然だろう。
何が何だか分からない状態だと言うのに、声を掛けてくれた店員さんや周囲の利用客にも配慮して、紬ちゃんを背負って車まで運んでくれたんだから、感謝してもしきれない。
「ううん。先輩が来てくれたから、今話したい。私がしたこと、知っておいて欲しいから。先輩も、いいですか?」
「勿論。ゆっくりでも良いから、けど無理はしないで。少しでも気分悪くなったら、止めていいから」
私がそう言うと、隣に立つ征也君も溜息を吐くと紬ちゃんに小さく頷いた。
「……分かった、俺も聞くよ。けど、先輩の言ったように気分が悪くなったらすぐに言えよ?」
「うん、ありがとう」
心配する征也さんに微笑むと、紬ちゃんはぽつぽつと話し始めた。
以前2人で行ったスキー場で、偶然青い鉱石を見つけた事。
余りにも綺麗なその石を持ち帰ったその日の夜、家族が数分前に取った行動が脳内に流れ込んできた事。
最初は怖かったし不安だったけど、次第に慣れてきて職場の人や友人にも試していた事。
とうとう自分の意志で使えるようになって、征也さんや私にもその能力を使っていた事。
そして、ある時を境に自分の力が抑えきれなくなって、過去そのものに干渉出来るようになった事。
全て話し終わった時、紬ちゃんは肩で息をするぐらいに消耗していた。
私はそっと紬ちゃんに寄り添うと、背中を摩る。
「……」
話を聞いた征也さんは、険しい顔で虚空を睨み、黙り込んでいる。
無理も無い。私だって、セイヤが来てから、彼との出会いによって予言の力が目覚めるまでは何が何だか分からなかったんだから。けれど、今の私は知っている。
蒼鉱石――地球の欠片は紬ちゃんの奥底に眠っていた欲望を叶えて、強制的に深化させたんだ。
例え、彼女にそんな意志が無かったとしても。
「……それで、紬ちゃん。今も、その過去を見れるって力は使えるの?」
私が紬ちゃんに聞くと、征也さんがぎょっとした目で私を見る。
けど、紬ちゃんは黙って首を横に振った。
「今は、何もできません。けど――」
「けど?」
「夢を見るんです」




