第21話 千年王国
「おはよう」
「ああ、おはよう。もうすぐ出来上がるから、待っていてくれ」
西暦2019年、4月22日。午前11時31分。
重い瞼を擦りながらリビングに行くと、セイヤが昼食の準備をしていた。今日のメニューはポトフとバゲット、それにシーザーサラダのようだ。
「ここ2日間ごめんね」
「問題ない。どうやら大変な目に会って来たらしいからな」
あれから大変だった。
ぐったりした紬ちゃんを征也さんに任せ、帰ってきた途端私が倒れた。熱も38度以上出てたし、昨日は家に帰ってくるなりリビングで寝てしまった。
セイヤが晩御飯を準備してくれて何度か起こそうとしてくれたようなのだけど、私は一切目を覚まさなかったらしい。一度目覚めたときは自分の部屋だったから、きっとセイヤが私を布団まで運んでくれたんだろう。
セイヤの看病のおかげもあって、体調は随分と良くなった。熱もすっかり下がって、変な気怠さや頭痛も収まっている。――うん、大丈夫。
席に着いた私は「いただきます」と言って作ってくれたポトフに手を付ける。
優しい味のスープに舌鼓を打ちつつ、バゲットを頬張る。
私と同じくもそもそと食べていたセイヤが、私に尋ねる。
「それで、どうだったんだ。昨日のツムギとかいう後輩は」
「うーん……、やっぱり深化してた。自分の能力を十分に理解してたぐらいには」
そう言うと、セイヤはやはりか、と小さく呟く。私の能力である予言は、紬ちゃんの様に使いこなすことは出来ない。それは、恐らく私の過去が関係しているに違いない。
私は、テーブルの上に置きっぱなしになっている2つの黄鉱石を手に取る。
「セイヤの方は、何か分かった?」
「ある程度はな。と言っても、その殆どが仮説にすぎない。この石は、惑星そのものが生み出したエネルギー源なんだ」
彼曰く、こういう事らしい。
1つ。通電性がある。この石にエアコンのコンセントを括り付けてみたところ、起動したとの事。しかも、8時間つけっぱなしでも途中で切れることは無かったと言う。
というか、何してんだ。電気代が勿体ない。
2つ。高密度である。黄鉱石しかり、青い石しかり極めて密度が高かった。恐らく、非常に高圧条件下で生成されたと考えられるとのこと。
3つ。生物と共存する性質を持つ。セイヤは驚きを以て語ってくれたが、この石は時間経過と共に少しずつ大きくなっているらしい。更に、犬や猫・果ては烏にまでこの石を近づけてみた所、生物に行動パターンの変化や運動能力の向上が認められた。
これらの情報を元にセイヤが整理した結果、この鉱石は地下深くで自生し、自らエネルギーを生み出し、更に人や動物を変化させる性質を持つ。
……なるほど、分からん。
「じゃあ、あの青い鉱石をずっと持っていたから、紬ちゃんは変な能力を持ったって事?」
「本人が望み、鉱石がそれに応えた。俺の立てた仮説通りなら、そうにしか思ない」
「じゃあ、これ自体に意思が宿ってるって言いたいの? 石だけに……何その顔、オルカは何処に居るかなんてダジャレを聞かされた鮫みたいな」
「誰がそんな奇天烈な顔をするか」
私の軽いジョークをさらりと受け流し、セイヤはテレビのチャンネルを変える。
ニュースでは、最近隣国で発生した新型ウイルスの話題が出ていた。なんでも、強力な感染力を持ち、抗体すら無いんだとか。
全く以て恐ろしいことこの上ない。私達も用心しなくては。
「ねえ、セイヤ」
「なんだ」
「フィオーネって人から預かったこの石なんだけど、どうすればいい?」
彼女は言っていた。この石があれば、謎は解けると。それに、彼の記憶も。
私はテレビを見るふりをしながら、こっそりとセイヤを盗みる。白い肌、白い髪、薄い金色の瞳。
美青年ではあるけど、どこか異質な雰囲気を纏う彼は地球の出身ではないと一目で分かる。最近では自分の名前以外は思い出してきているようで、最近では私のタンスを隅々まで調べてはあーでもないこーでもないと考えている。
大方、セイヤが乗っていた卵型の船を取り戻そうとしているんだろうけど。
「俺が持っていよう。その女性曰く、俺の記憶が戻るらしいからな」
「女性、じゃなくてフィオーネ。ちゃんと名前で呼びなさいよ」
「なるべくそうする。それよりも、時間は良いのか? もうそろそろ出かけるんだろ」
時計を見ると、時刻は既に13時を回っていた。
そうだった、午後は紬ちゃんのお見舞いに行かないといけないんだ。
私は食べ終わった食器を台所に持っていき、シンクに浸す。私と同じタイミングで食べ終わったセイヤが一緒に洗うと申し出てくれたけど、この2日間家事を頑張ってもらったから遠慮させてもらった。
自分の部屋から鞄を取ってきて、お見舞いに買ってきたフルーツの盛り合わせを紙袋に入れる。
「じゃあ、行ってきます」
「気を付けて。今晩の夕食はうどんにするつもりだから、帰りに麺と豚肉を買ってきてくれ」
「ふふ、了解」
エプロン姿のアトリアに見送られ、私は玄関を出る。季節は春を迎えたが、曇り空の所為か気温はそんなに高くない。僅かに吹く北風に身を竦ませながら、私は紬ちゃんの家へと向かった。
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「――さて」
遥風を見送った後、俺はリビングに戻る。テーブルに残っていたのは、フィオーネと名乗る女が遥風に渡した黄鉱石。
そっと持ち上げて、360度度眺めながらよく観察する。日の光を浴びて黄金色に輝く鉱石は、琥珀やシトリンの様にも見える。だが。人工的に細工された宝石と決定的に違うのは、この石の表面から中心部にかけて神経細胞のような模様が存在してるという事だ。
その模様を見ていると角度によっては微かに脈動しているようにも見え、吸い込まれそうな錯覚を覚える。
俺はズボンのポケットから紐で繋がれた黄鉱石を取り出す。こちらは俺が最初から持っていた物で、中で小さな星が燃えているような、キラキラと眩しい光が宿っている。
2つの鉱石に違いは無いというのに、与える印象は随分と異なる。
「……ふむ」
フィオーネという名前に心当たりは無いが、物は試しと2つの黄鉱石をかちりとくっ付けてみた。
だが、何も起こらない。
それはそうだ。こんな方法で俺の記憶が戻るのなら、最初から苦労はしない。ガシガシと頭を掻きながら思案していると、フィオーネの黄鉱石の底面に何か文字が刻まれている事に気づく。
(何故、今まで気が付かなかったんだ?)
頭に浮かんだ疑問は後回にする。虫眼鏡を取ってこようとして、立ち止まった。そして、カーテンを開けて陽光を入れた部屋の中で、黄鉱石を翳した。
日光を浴びた黄鉱石が、部屋の中央に刻まれていた文字を映し出す。それは、地球ではない惑星の、古来より伝わるおとぎ話の一節。遠い未来で母と交わした、古の祝詞。
「"籠は揺れ、我は星と共に微睡む。汝、宇宙に刻まれし我が名を照らし、忘却の闇からなる帳を晴らせ"」
言の葉を口にしたその瞬間、耳の中でバチリと強烈な音が鳴って視界が真っ白になった。
(自生結晶鉱物黄鉱石。仮説にすぎないけど、この子は星が命を知る為に生み出したんじゃないかな)
(命を知る?)
(そう。長く研究を続けて来た我々でさえ、黄鉱石について知り得る情報は少ない。けど、通電性や遺伝情報の吸収などのデータから考察するに、この子は星の記憶媒介である事は間違いない)
(何の為にそんな事をする? 星とて、いずれは滅びるだろう)
(それは多分――)
なんだ、この記憶は。
記憶の中では、白衣を着た俺が誰かと話している。相手は女性、くすんだ金髪を一つに束ね、制服の上から白衣を着た少女と言葉を交わしている。
場面が変わる。
今度は地球。見慣れた部屋で、俺と誰かがソファに座って話している。いや、誰かはもう分っている。彼女は、ここではない未来の遥風だ。
(俺はアトリア。アトリア・エヴィ=ノア・セカンダル。君は?)
(――そうだ。アトリア恒星系・第四惑星セカンダル。そこが、俺の故郷。君の地球もまた、美しい星だ)
(ねえ、アトリア。あなたの言うセカンドアースって。それを造ろうと思った理由って、一体何?)
……ああ、これは。
俺と彼女が、一番最初に出会った時の記憶。
俺はシンカの力を使い、記憶を保持したまま何度も何度も産まれ直し、並行世界の知識を以て遥風に会いに来た。
俺の目的は。
場面が変わる。
(――絶対記憶保管領域・千年王国。旧人類と新人類が築き上げたありとあらゆる歴史と文化・創造物をこれに保管する)
(その直径は、直径六〇キロメートルにも及ぶ人口天体だ)
(アトリア、現実を見ろ。惑星間航行が容易くなり、人類の活動領域も広がり続けている。今更そんなものを作って何になる)
(兄さん。人という物体は、希望を失ったら前へは進めない。起源を見失った人間が闇雲に突っ走った所で、行き着く先は所詮行き止まりだ)
(だから、俺は作って見せる。人が進む道を見失った時、人が希望を持てなくなった時に再び歩を進められるような。あの太陽の様な存在を)
(アトリアとやら。お前は知らんのだろう。あの空を染める夕陽の美しさを。懐かしさを。貴様等現地人にはな)
(……だったら、再現してやる。異星人が納得する夕陽とやらを)
ああ、そうだった。俺は、アトリア・エヴィ=ノア・セカンダルは。俺の目的の為に、地球に来たんだった。
絶対記憶保管領域・千年王国。
その完成の為、遥風と再会する為に、俺は此処に戻って来たんだ。




