目白押し 3
「……ココ、もう出てきなさい」
自分がいいと言うまで出てくるな。そう言った。
さてどこに隠れろと言ったかは別にして、とりあえず彼はこれで出てくる。そうすればひとまず問題は解決する。
そんなにも簡単な話では当然、なかった。
ココは扉を開けて出てきた。
しかし、それは今の今までツキカが見ていた壁に、突然現れた扉からだった。
実際にココが開け放った扉は、自分の寝室のものであると知っていた。にもかかわらず、彼女はそれをすっかりと失念していた。何年も住んでいるはずの自分の部屋の存在を、何故このタイミングで。
呆然とココを見つめてはみたものの、推定原因であろう少年は変わらぬ死体顔で待機するばかりだ。
「……あんた、何をしたの」
「質問が漠然とし過ぎている。よって解答しかねる」
「なんで私は、自分の寝室を忘れたの。あんた、何かを……」
そこまで言って、気付いた。
先ほどまでここにいた佐伯母。どうして、こんなにもわかりやすいこの部屋を見つけられなかったのか。
ビルの前をうろついていた彼女に声をかけた時に目をむかれたのは、まさか自分に声をかけるなんてという意味での驚きだとツキカは考えていた。
だがそもそも、何故ビルの前にいたのか。探しているというなら、部屋の前で右往左往している方がよっぽど自然。ノックをするか入るかを迷うくらいが普通だ。なんせビルの一階には何でも屋が三階と看板が出ており、この部屋自体が階段を上がってすぐにある。間違えようがない。
そして現状。
共通点は、八重洲ココが扉の前にいた、ということ。
ツキカの無言の思考を眺めていたココは、一度頷いて見せた。
「ほぼ正解と言える。確かにオレが起因している」
八重洲ココというゾンビが、ただのゾンビではない。動く死体というメインフレームに加えて、今まさに思考を読んできた。いよいよもって由々しき事態になってしまった。
「……さっきも、気がした、とか。それもあんたの、ああ、なんて言うんだっけ……スキル、いや、能力、なの。動く死体でまだ足りないわけ」
「それは質問か? それとも非難か?」
「両方」
「であれば、質問部分に対して答える。順を追う方が君のためだろう。座るといい」
着席を促すのがまさか家主以外だとは、ソファも思うまい。
混乱からか、設定を盛りすぎていることへの怒りからか、再び眉間に皺が刻まれたツキカは、むすっと唇を尖らせてソファに座った。
ココはソファに目もくれず、また扉の前に座っている。どうも一度言われたことを貫き通してしまう質のようである。正直言って、今ほどそれが一般的な性質だと思えることもないだろう。
瞬きを必要としない曇った眼が、ツキカをじっと見た。
「まず、再三言うとおりにオレは【骨】だ。今は八重洲ココの死体を間借りしている」
「それは昨日聞いた」
「確かに言った。が、【機能】については一言も言っていなかった」
長くなりそうだ。経験則からそう判断したツキカは、座る体勢から寝そべるような体勢にシフトした。
「君の言うスキルや能力と言って問題はない。オレには一定の機能がある。先ほどから君へ混乱を引き起こす原因は、【骨を休める】のせいだろう」
「こちとら高卒で国語は得意なんだけど、骨を休めるって一休みって意味でしょうが。それが扉を神隠しにするなんて意味があったら、今頃辞書は廃版になってるっての」
「それは現存する辞書の意味だろう。オレの【骨を休める】は、【オレ自身が不動である時、一定範囲を隔絶する】ことだ。君の辞書に加えることを推奨する」
確かに、言葉自体には複数の意味があることなどままあること。日本語に限ったことではないが、今回のケースはそれをさらにややこしく、かつ面倒で遮断したくなる形を持っているようだが。
今回の問題点は、意味ではなく能力という欄を、骨を休めるに加えねばならないということ。面倒この上ないが、いわく意味ではなく能力だと。そういう意味なのだろう。国語を得意とするツキカであっても、なかなか適応しにくい推奨をされたものだ。
が、飲み下す。理解ではなく、ツキカは飲み込んだ。ココの説明を、一字一句残さずに。
彼の説明は理解に苦しむものではあれど、決して否定できたものではない。
存在そのものが理解を超えている八重洲ココが、座ったというだけで扉を認識から外してしまったのだ。それを、体験してしまったのだ。
例え夢でも、そこにあるならば否定はできない。
ツキカは何も言わず、先を話せと目で訴えた。
「昨夜、あの老人たちが引いた理由は、【骨折り損のくたびれ儲け】を使ったためだ」
「……その意味、いや、能力は?」
「【全身複雑骨折に応じて、オレに対して僅かな利益をもたらす】」
「なるほど? だからあんたは、オレを窓から投げてオレの上に着地しろ、なんて、マゾヒストも涎ものの要求をしたって? にしても、あの状況の打開が僅かな利益だなんて、くたびれ儲けにはほど遠いんじゃないの」
「オレにとっての利益は、老人から逃れること、ではなく、君から対価を得ること、だ。老人がどうなろうとオレの益にはならず、君の益になったとしてもそれは偶然に過ぎない。オレはオレ自身である骨を余すことなく全て折った。それに対する対価は千円。十億円の支払いを抱えるオレにすれば、くたびれ儲けが妥当だろう」
そう言われると返す言葉もない。
ツキカは老人から逃げおおせ、スフェーンの【肝臓】も手の内にあり、無事次の日を迎えたが、ココは千円を得ただけに過ぎない。骨折り損にもほどがある。一つまみくらいの同情の念は禁じ得ない。
ところでそんな柄にもない同情を持ってしまうくらいに、ツキカの脳が悲鳴を上げ始めていた。
高卒で国語が得意だと豪語しても、現実問題としてこうも難解な能力説明や非現実的存在への理解を求められると、誰しも知恵熱を発症するに違いない。フィクションでよくもまあ、あれだけの情報量を処理できるものだと感心する。
まだ聞かなければならない事柄は山ほどある。具体的に一つ上げるならば、全身複雑骨折からどうやって無傷の生還を果たしたのか、とか。
今優先するべきは脳の休息であるからして、聞く気はない。
ツキカが立ち上がると、ココはまた目で追った。彼女の関心が他所に移ったことを知っていたため、続きを話そうとはしなかった。
ジャケットを羽織り、座るココを足で退ける。外へ行くつもりだとはよくわかるが、その後ろをついて行こうとした少年をまさか足で通せんぼするとは誰も思うまい。
「なんであんたも付いてくんのよ」
「佐伯メイを探しに行くのだろう。オレは対価を得るために、君の仕事を手伝う義務がある」
「あんた、鏡で自分の顔見てから外に出るとか言ってくれない」
改めて述べるまでもないが、八重洲ココはどこからどう見ても外見が異常だ。
何せ、死体なのだから。それもある程度時間の経った死体。
肌の色に始まり雰囲気も臭気も、生きている者からすればわかるのだ。目を見るだとか話してみるだとかをする以前に、わかる。死んでいると。
そんな死体を連れて歩こうものなら、一発で警察のお世話になり、あらぬ疑いをかけられて人生終了間違いなしである。ココなどどんな扱いをされるかわかったものではない。法治国家と謳う日本で、どんなことが起きるのか。小説の中ならば非人道的な実験材料にでもなるのがオチだろうか。
「ていうか、勝手に人の考えを読まないでくれないかしらね。気分が悪い」
「これは制御できない。発動条件が【意志ある者が周囲にいる場合】故に、オンオフどころか範囲も制限できない次第だ」
「それはなんて能力よ」
「【気がする】」
「ネーミングセンス皆無だわね……」
自分を棚上げする気はないが、それでも、なんだ、気がするとは。曖昧すぎやしないか。
さて否定の一つもしなかったツキカ。断ったはずの依頼、佐伯メイの捜索を何故自らやろうとしているのか。
その答えを聞く者はこの場におらず、当のツキカは、やれやれ仕方ないと嫌そうな顔をしながら、寝室のタンスを漁りだしていた。




