第三話
それから私はたまにナナの弾くピアノを放課後、聴きに行くようになっていた。
ナナは今まで出会った中で一番の変わり者で、
私のことを一番理解してくれる人でもあった。
そんな彼女は頭脳明晰、スポーツ万能、もちろん成績優秀なスーパー美少女だった。
非の打ち所がない、とはこのことだ。
まあ、こんな女子を男子が放っておくはずがなく、
ナナの告白秘話は数知れず、
そのすべてを「ごめんなさい」で断ってきたというのだから
もったいないの一言に尽きる。
更にこんなことがあった。
誰かが落とした消しゴムが転がって転がってナナの足下で止まった。
落とし主はナナに拾ってくれるよう頼んだが、
彼女は「自分で落としたんだから自分で拾いなさい。」
と言い、黙々とノートを書き続けていたそうだ。
こんな話が他クラスの私の耳にまで入ってきたとき、
私は彼女の性格に呆れつつ同時に憧れてもいたのだ。
でも、私はそんな思いを自分の中から追い出した。
「あやめってさあ、二組の桔梗ヶ咲さんと仲いいの?」
私は驚いた。
まさか周りに知られているとは思わなかったからだ。
なんとなく近づきにくいから・・・・・・
一緒にいると自分がダメなやつに思えてくるから・・・・・・
心の中でバカにしてるんでしょ・・・・・・
ナナはいろいろな理由でみんなから敬遠されていた。
私はそんなナナと一緒にいることで
自分までみんなと離れてしまうのが怖かった。
だから廊下ですれちがってもなにか話をするわけでもないし
一緒に遊んだりもしなかった。
それなのに・・・・・
「なんで?」
私は訊いた。
「だって桔梗ヶ咲さんがこの前
あやめの下駄箱に手紙入れてるとこみたから・・・・」
しまった。
ナナはいつも放課後のピアノ演奏会が開かれる朝に
私の下駄箱に手紙を入れてくれるのだ。
でもまさかそれを見られるとは思わなかった。
ナナが学校に来るのは、
部活の朝練中でほとんど誰も登校してこない時間だったからだ。
まずい、なにか言わなくては。
「ああ、あれはね、この前私が忘れ物拾ってあげたときのお礼の手紙。
資料室にノートが置いてあったから届けたの。
朝、下駄箱見たら桔梗ヶ咲さんの手紙が入っててホンっトびっくり。
レアもんだよー、1000円で売ってあげよっか。」
「いいって、いいって。だいじにとっときなよ。」
いつものように笑いながら手を振るクラスメイトを見て、
ほっと胸をなで下ろす私だった。
とりあえずなんとかなったようだ。
それからは下駄箱に手紙を入れてもらうのをやめた。
ピアノ演奏会もあまり聴きに行かなくなった。
公園に着いた頃には、暑さもほんの少し和らいできていた。
木かげのベンチに腰かける。
涼やかな風が通りぬけていく。
その風に乗って
私の心もどこかへ飛んでいってしまいそうだった。
なんてつまらないことにいちいちこだわっていたんだろう。
今なら思う。
ただ、遅すぎる。
どうしてこんなにも気付くのに時間がかかったのだろう。
あまりにも遅すぎた・・・・・




