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魔王を倒すと世界が滅びるので、勇者から魔王を守ります  作者: 水原伊織


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第9話 未来を知る者

 赤い光が、シエルの瞳に浮かんだ。


 一瞬だった。


 すぐに消えた。


「……今のは」


 レオンが呟く。


 俺は答えなかった。


 答えられなかった。


 シエル自身も、自分の目に何が起きたのか分かっていない。


「ヨハン……」


 シエルが不安そうに俺を見る。


「私、今……」


「何もない」


 俺はできるだけ平静を装った。


「気にするな」


 シエルの目は、いつもの青色に戻っている。


 それでも。


 俺の中には、消えない疑問が残っていた。


 あの男は言った。


 ――未来を知っている。


 俺が未来から戻ってきたことを、知っているのか?


 それとも、別の意味なのか。


「ヨハン」


 レオンが俺の肩を掴んだ。


「さっきの男が言ったことについて、説明してくれ」


「何を?」


「未来を知っていると言った」


 レオンの目は真剣だった。


「お前は何か知っているんじゃないのか?」


「……知らない」


 嘘だった。


 俺は知っている。


 世界が滅びる未来を。


 勇者が魔王を倒す未来を。


 その三日後に、すべてが終わることを。


 それを話すわけにはいかなかった。


「本当に?」


「ああ」


 レオンはしばらく俺を見つめた。


 やがて、手を離す。


「分かった」


 その声には、納得していない響きがあった。


---


 神殿を出ると、外は夕暮れになっていた。


 ミレイユが隣を歩いている。


「ヨハン」


「何だ?」


「レオンと何があったの?」


「別に何も」


「嘘」


 即答だった。


「分かるよ、それくらい」


 ミレイユは少し困ったように笑った。


「あなた、昔から隠し事が下手だから」


「……そうだったか?」


「そうだよ」


 ミレイユは前を向いた。


「シエルのことも、何か知ってるんでしょう?」


 足が止まりそうになった。


「どうしてそう思う?」


「あなたが、シエルを見る目」


「……」


「ただ心配してるだけじゃない」


 ミレイユは静かに言った。


「何かを恐れてる」


 図星だった。


「私には話せない?」


「今は」


「そっか」


 ミレイユは無理に聞こうとはしなかった。


「なら、今はそれでいい」


「ミレイユ……」


「仲間だから」


 彼女は微笑んだ。


「話せるようになったら教えて」


 その言葉が胸に刺さった。


 前世では。


 ミレイユは魔王討伐の旅に参加していなかった。


 少なくとも、最初からではない。


 今の未来は、少しずつ変わっている。


 シエルが森で力を使った。


 黒衣の男が現れた。


 地下神殿まで見つかった。


 そして今。


 ミレイユまで、本来とは違う場所にいる。


 この世界は、確実に変わり始めている。


 なら。


 あの男が知っている未来も、俺が知っている未来と同じとは限らない。


---


 その夜。


 宿に戻った俺たちは、明日の出発について話し合っていた。


「次は北へ向かう」


 レオンが地図を広げる。


「王都から届いた指示では、北西の町ベルナへ向かえとなっている」


「ベルナ……」


 俺は地図を見た。


 知っている。


 前世でも、その町を通った。


 ベルナでは、魔族の襲撃が起きる。


 ただし、それは二か月後だった。


「ベルナには行かない方がいい」


 俺は即座に言った。


 レオンが顔を上げる。


「理由は?」


「……危険だからだ」


「それだけ?」


「それだけだ」


 レオンは黙った。


 そして、地図を見つめる。


「ヨハン」


「何だ?」


「お前は、どうしてそんなに未来のことを知っているような話し方をする?」


 空気が止まった。


 シエルもミレイユも俺を見る。


「偶然だ」


「本当に?」


 レオンが立ち上がる。


「今日の男も言っていた」


「……」


「未来を知っている、と」


 レオンは聖剣へ手を伸ばした。


「俺は、お前を疑いたくない」


 その言葉には、怒りよりも迷いがあった。


「でも、このまま何も教えられないのは困る」


 俺は何も言えなかった。


「ヨハン」


 シエルが俺の名前を呼ぶ。


「私は、あなたを信じるよ」


「シエル……」


「だから、あなたが話したくないなら聞かない」


 シエルは笑った。


「でも、一人で全部抱えないで」


 その言葉に、胸が苦しくなった。


 俺は一人で未来を変えるつもりだった。


 前世の記憶を頼りに。


 誰にも知られないように。


 それが一番安全だと思っていた。


 けれど。


 もう一人では無理なのかもしれない。


「……分かった」


 俺は地図を見つめた。


「ベルナには行く」


「さっきは行かない方がいいと言っただろ」


「だからだ」


 俺は指でベルナを示した。


「前の未来では、二か月後に魔族の襲撃が起きた」


 レオンの表情が変わった。


「前の未来?」


 しまった。


 言葉を間違えた。


 俺はすぐに言い直そうとした。


 そのとき。


 窓の外から音がした。


 ――カン。


 小さな鐘の音。


 俺は窓へ駆け寄った。


 通りには誰もいない。


 ただ、向かいの建物の壁に一枚の紙が貼られていた。


 俺は外へ出て、紙を剥がす。


 そこには、短い文章が書かれていた。


『ベルナへ行け』


 その下に、もう一行。


『そこに、最初の犠牲者がいる』


 背筋が凍った。


「ヨハン?」


 レオンたちが外へ出てくる。


 俺は紙を握り潰した。


 この文章を書いたのは、あの灰色のローブの男だ。


 俺たちがベルナへ向かうことを知っている。


 いや。


 違う。


 俺たちを、ベルナへ向かわせようとしている。


「……行こう」


 俺は言った。


「ベルナへ」


 レオンが頷く。


 ミレイユも頷いた。


 シエルだけが、黙って俺を見ていた。


 その夜。


 シエルは再び夢を見た。


 暗闇の中に、一人の男が立っている。


 顔は見えない。


 男はシエルに手を伸ばした。


『もうすぐだ』


『もうすぐ、全部思い出す』


 シエルは首を横に振る。


「嫌……」


 男が笑う。


『お前が愛されるほど』


『器は満たされる』


 シエルの胸が熱くなる。


 その瞬間。


 暗闇の中で、赤い光が二つ開いた。


 シエルは悲鳴を上げて目を覚ました。


「――っ!」


 部屋は暗い。


 隣のベッドで眠っていたミレイユが目を覚ます。


「シエル?」


「……夢」


「大丈夫?」


「うん……」


 シエルは胸元を押さえた。


 心臓が激しく鳴っている。


 そして。


 自分でも気づかないまま、呟いた。


「……ヨハンに、愛されるほど……?」


 その言葉を聞いた者は、誰もいなかった。


 窓の外。


 屋根の上に立つ灰色のローブの男を除いて。


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