第八話 告げられた真実
「――もしかして、最近、自分でも説明のつかない力を、感じたことはありませんか?」
男の問いかけに、シエルは息を呑んだ。
「な、何のことですか」
「隠さなくても結構です。私は、あなたを害するつもりで来たわけではありませんから」
男は両手を軽く広げ、敵意がないことを示すような仕草をした。
「私の名は、ガイウス。神殿に籍を置く、しがない神官です」
その名を聞いた瞬間、シエルの脳裏に、王都出発の日に見かけた灰色ローブの人影がよぎった。
「……あなた、王都の門でも、森でも見かけました。ずっと私たちを追ってきたんですか?」
「追っていた、というより――見守っていた、というのが正確でしょうか」
ガイウスは静かに微笑み、それから声を潜めた。
「単刀直入に申し上げます。あなたは、いずれ『魔王』と呼ばれる存在になる可能性が高い。そういう星の下に生まれた方です」
夜風が、二人の間を静かに通り抜けた。
シエルは、しばらく言葉を失っていた。恐怖よりも先に、奇妙な納得感が胸に広がっていくのを感じた。
「……やっぱり」
小さく呟いた声は、震えていた。
「森でのことも、私自身、ずっと引っかかってて。何かがおかしいって、ずっと感じてたから」
「気づいていらしたのですね」
「でも」
シエルは顔を上げ、ガイウスをまっすぐに見つめた。
「魔王って、世界を滅ぼす存在ですよね。私が、そうなるって言うんですか?」
「厳密には、少し違います」
ガイウスは、先ほど資料室で確かめたばかりの知識を、慎重に言葉に変えていった。
「魔王とは、災厄ではありません。世界が、勇者という存在を生み出すのと同時に用意する、いわば『対』の存在です」
「対……?」
「勇者と魔王は、本質的には、一つの天秤の両端にあるようなものだとお考えください。片方だけが生まれることはない。そして――」
ガイウスは、一呼吸置いてから続けた。
「片方だけを消し去ろうとすれば、天秤そのものが崩れ、世界の均衡が失われる。それが、私の知る限りの、古い伝承の教えです」
その言葉を聞いた瞬間、シエルの中で、一つの答えが繋がった気がした。
――ヨハンが、あんなに必死に自分を守ろうとしていた理由。
彼はきっと、このことを知っている。
「ヨハンは……知ってるんですか、このこと」
シエルの問いに、ガイウスは意外そうに眉を上げた。
「彼が、あなたの正体に気づいている、ということですか?」
「わかりません。でも、選定の儀の日からずっと、様子がおかしかった。何かに怯えているような、それでいて、私のことを必死に守ろうとしているような」
ガイウスは、しばし考え込む素振りを見せた。
「もし本当に彼が気づいているのだとすれば――彼は、単に勘がいいだけの人間ではないのかもしれません」
「どういうことですか?」
「私の知る伝承には、こうも記されています。『稀に、器の目覚めに先んじて、真実を知る者が現れる。時を超えし者、あるいは、定めより逃れし魂』と」
シエルは、その言葉の意味を掴みかねて、眉をひそめた。
「時を超えし者……?」
「あくまで伝承の話です。ですが、もし彼がそういった存在なのだとすれば――彼は、あなたにとって、この上なく心強い味方になるはずです」
その言葉に、シエルの胸の奥が、ふっと温かくなった。
同時に、大きな不安も押し寄せてくる。
「私が本当に魔王になるとしたら……いつか、レオンに討たれるってことですよね。討伐の旅の、最後には」
「――その通りです」
ガイウスは、シエルの目を見て、はっきりと頷いた。誤魔化しても仕方がないと判断したのだろう。
「もし何の対策も取らなければ、いずれあなたは完全に目覚め、レオン殿と敵対することになるでしょう。そして討たれれば、世界は均衡を失う」
「じゃあ、どうすればいいんですか。討たれないようにするしかないんですか」
「それには、二つの道が考えられます」
ガイウスは、指を二本立てた。
「一つは、あなたが完全に目覚めることを防ぐこと。もう一つは――目覚めてなお、レオン殿と敵対しない道を探すことです」
「そんなことができるんですか」
「わかりません。少なくとも、三百年前の記録には、そのどちらも成功した例が記されていません」
正直な答えだった。だからこそ、その言葉には重みがあった。
「ですが」
ガイウスは、微かに笑みを浮かべた。
「今回、あなたには『時を超えし者』かもしれない味方がいる。それは、過去のどの記録にもなかった要素です。可能性は、決してゼロではないと、私は思います」
シエルは、しばらく夜空を見上げていた。星々が、いつもと変わらない静けさで瞬いている。
「教えてくれて、ありがとうございます」
やがて、シエルは小さく頭を下げた。
「怖いです。すごく。でも――知らないままでいるより、ずっといい」
「賢明なご判断です」
「一つだけ、お願いしてもいいですか」
「何なりと」
「このこと、レオンにはまだ言わないでください。少なくとも今は」
ガイウスは静かに頷いた。
「もとより、そのつもりです。時が来るまでは、私も陰から見守るだけにしましょう」
そう言い残し、ガイウスは夜の闇に紛れるように、足早に去っていった。
一人残されたシエルは、しばらくその場に立ち尽くしていた。
――ヨハンに、確かめなきゃ。
彼が本当に、自分の正体に気づいているのかどうか。そして、それでも自分のそばにいてくれるつもりなのかどうか。
宿の窓には、まだ明かりが灯っていた。
シエルは深呼吸を一つしてから、その明かりに向かって、ゆっくりと歩き出した。
(第九話へ続く)




