第41話 みんなが選んだ世界
巨大な樹が、まばゆい光を放った。
街中の人々が空を見上げている。
誰もが手を掲げていた。
その手には、小さな光。
白。
青。
赤。
それぞれ違う色をしている。
けれど、そのすべてが一本の巨大な樹へ向かって伸びていた。
『私たちは――』
世界中から声が重なる。
『この世界で生きたい』
俺は息を呑んだ。
シエルが隣で涙を流している。
「……生きたいって」
「ああ」
レオンが笑う。
「当たり前のことなのにな」
ミレイユも空を見上げる。
「当たり前だからこそ、今まで誰も選べなかったのかもしれないね」
アベルは黙っていた。
その顔には、長い間背負っていたものが消えたような表情が浮かんでいる。
やがて。
アベルも手を上げた。
「俺もだ」
「え?」
シエルが振り向く。
アベルは苦笑した。
「俺も、この世界で生きたい」
その言葉と同時に。
アベルの手からも光が生まれた。
六つの光が集まる。
俺。
シエル。
レオン。
ミレイユ。
アベル。
そして――エリシア。
六つの光が巨大な樹へ吸い込まれていく。
樹が震えた。
そして。
世界全体が光に包まれた。
---
「……何も起きないな」
レオンが辺りを見回した。
街はそのままだ。
建物も壊れていない。
人々も消えていない。
空も青い。
「本当にこれで終わり?」
ミレイユが尋ねる。
俺は首を振った。
「分からない」
右手を見る。
「でも、今までとは違う」
紋章が消えている。
もう何の力も感じない。
ただの手だ。
普通の人間の手。
「……普通になった」
俺が呟く。
シエルが笑った。
「いいじゃない」
「そうだな」
今まで、俺は特別であることを恐れていた。
選択者。
記憶する者。
創造者。
そんな役目を何度も押し付けられてきた。
今は何もない。
俺はただのヨハンだ。
それでいい。
そのとき。
エリシアが小さく笑った。
「ねえ」
「どうした?」
「私、思い出した」
全員がエリシアを見る。
「何を?」
エリシアはアベルを見る。
「最初の世界で、私があなたと約束したこと」
アベルの顔が強張った。
「……何だ?」
エリシアはゆっくり答えた。
「世界が何度やり直されても」
一度、言葉を止める。
「私たちは、また会おうって」
アベルが目を伏せる。
「……そうだったな」
「覚えていたの?」
「忘れていた」
アベルは笑った。
「でも、今なら思い出せる」
エリシアも笑う。
「じゃあ、約束は守れたね」
「ああ」
アベルが頷く。
「今度こそ、会えた」
その二人を見て、俺は思った。
これが答えなのかもしれない。
失った人を取り戻すために世界を壊す必要はない。
もう一度会いたいなら。
もう一度、生きればいい。
---
その夜。
俺たちは街の広場に集まっていた。
昼間の騒ぎが嘘のように静かだ。
人々は普通に暮らしている。
誰も世界が生まれ変わったことを知らない。
誰も、かつて何度も世界が滅びたことを知らない。
それでいい。
過去を知らなくても。
この世界で生きることはできる。
シエルが俺の隣に座った。
「ねえ、ヨハン」
「ん?」
「これから何をする?」
「何をしようか」
「決めてないの?」
「今まで、世界を救うことしか考えてなかったからな」
シエルが笑う。
「じゃあ、一つずつ決めていこうよ」
「そうだな」
「明日は学校を探す」
「それは決定なのか?」
「決定」
シエルは嬉しそうに笑った。
「その次は?」
「……旅でもするか」
「いいね」
「レオンも誘って」
「ミレイユも」
「アベルとエリシアも」
二人を見る。
アベルはエリシアと話していた。
その表情は穏やかだった。
「みんなで行こう」
シエルが言う。
「うん」
俺は頷いた。
今までとは違う。
誰か一人が世界を背負う旅じゃない。
誰か一人を守るための旅でもない。
みんなで生きるための旅だ。
---
その瞬間。
広場の中央に立つ巨大な樹が、淡く光った。
俺たちは顔を上げる。
「また何か?」
レオンが警戒する。
「いや」
俺は首を振った。
「敵じゃない」
樹から、一本の枝が伸びてきた。
その先に、小さな白い実が生まれる。
そして。
実が割れた。
中から光が飛び出す。
光は空へ上がっていき――
星になった。
一つ。
二つ。
三つ。
やがて、夜空いっぱいに星が広がった。
エリシアが呟く。
「……世界が、記憶しているんだ」
「何を?」
「私たちが選んだこと」
シエルが空を見る。
「誰も捨てないってこと?」
「うん」
エリシアが頷く。
「この世界は、その記憶を残していく」
俺は星空を見上げた。
もう、赤い空はない。
世界を滅ぼす光もない。
魔王を倒さなければならない理由もない。
勇者が誰かを殺す必要もない。
俺はシエルを見る。
シエルも俺を見ている。
「ヨハン」
「何?」
「私、生きててよかった」
その言葉に、胸が熱くなった。
「俺も」
シエルが笑う。
「じゃあ、これからだね」
「ああ」
俺たちは立ち上がった。
新しい世界へ歩き出す。
その背中を。
巨大な樹が静かに見送っていた。
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けれど。
誰も気づいていなかった。
夜空に浮かぶ星の一つ。
その星だけが、ほんの少し赤く瞬いたことを。
そして。
その星の中から、小さな声が聞こえた。
『世界は、終わらない』
『記憶がある限り』
声はそこで消えた。
赤い光も消える。
残ったのは、静かな夜空だけ。
今度こそ。
世界は誰か一人の犠牲で続くのではない。
みんなの選択で続いていく。
そして俺たちはまだ知らない。
この世界には――
**魔王も、勇者もいない。**
それでも。
**新しい物語は、始まったばかりだということを。**




