第四話 出発、そして最初の違和感
旅立ちの日は、思いのほかあっさりと決まった。
王都を発つのは三日後。神殿側が用意した支援金と装備を受け取り次第、レオンのパーティは魔王討伐の旅に出る――そう聞かされたとき、俺は内心で焦った。
三日。
その間に、できることをすべてやっておかなければならない。
「ヨハン、そんなに気合入れて荷造りしなくても……」
装備屋の店先で、ミレイユが呆れた顔で俺を見ていた。
「お前まで来るとは思わなかったよ」
「当たり前でしょ。幼馴染二人が魔王討伐の旅に出るのに、私だけ王都に残ってなんていられないもの。回復魔法くらいは使えるし、足手まといにはならないつもり」
結局、パーティはレオン、俺、シエル、ミレイユの四人になった。前回の生の記憶にある「勇者パーティ」の構成とは、まるきり違う顔ぶれだ。
――それがいいことなのか、悪いことなのか、俺にはまだわからない。
装備を整えながら、俺は密かに情報収集を進めていた。狙いは一つ。「聖剣の異常反応」について、もっと詳しく知ることだ。
「なあレオン。その剣が『重くなる』のって、いつも決まった時間とか、決まった場所とかあるのか?」
「んー、特にないと思うが……」
レオンは腰の聖剣に視線を落とし、少し考え込んだ。
「あ、でも。一度だけ、明らかにおかしかったことがある」
「いつ?」
「選定の儀の後、初めて神殿の武具庫に案内されたとき。近くにいた神官の一人を見た瞬間、剣が急に熱を持ったんだ。まるで威嚇するみたいに」
「その神官は?」
「さあ。名前も知らない下働きの神官だったし、特に気にしなかったんだが……。今思えば、ちょっと変だったな。目が合った瞬間、逃げるようにいなくなったし」
俺の背筋に、冷たいものが走った。
神殿の中に、聖剣が反応するような「何か」がいる――しかもそれが人間の姿をして、下働きとして紛れ込んでいるのだとしたら。
シエルが魔王だという俺の推測が正しいとしても、彼女以外に「魔王に関わる何か」が存在する可能性が出てきたことになる。
考えられるのは二つ。魔王が複数存在するか――あるいは、まだシエルが目覚めていない魔王の「器」であり、別の何かが彼女を魔王に「する」ために動いているか。
後者だとすれば、話は一気に厄介になる。
「ヨハン、難しい顔してどうしたの?」
振り返ると、シエルが荷物を抱えて立っていた。旅装束に身を包んだ姿は、いつもの村娘の格好とは違い、どこか凛として見えた。
「いや、何でもない。準備は終わったか?」
「うん。ミレイユと一緒に薬草も詰めてきた」
何気ない会話を交わしながら、俺はシエルの顔を注意深く観察していた。神殿の武具庫での出来事に、彼女が何か反応を示さないか。
だが、シエルの表情に変化はなかった。本当に何も知らないのか、それとも――知らないふりが上手いだけなのか。
判断がつかないまま、旅立ちの日を迎えた。
王都の門の前には、思いのほか多くの人が見送りに集まっていた。国王からの激励の言葉、神官による祈りの儀式――形式的な儀礼が延々と続く中、俺はふと、群衆の中に見覚えのある顔を見つけた。
灰色のローブを纏った、痩せた神官。
レオンが話していた「下働きの神官」の特徴と、なんとなく符合する気がした。
目が合った――気がした瞬間、その神官はすっと群衆の後ろに姿を消した。
「レオン」
「ん?」
「今、あそこにいた神官――」
指差した先には、もう誰もいなかった。
「どうした?」
「……いや、何でもない」
気のせいだったのかもしれない。
だが、胸の奥にざらついた違和感だけが残った。
やがて門が開かれ、歓声と共にパーティは王都を後にした。
街道を進みながら、俺は一つの確信を強めていた。
この旅は、前回の生とはまるで違う道を辿っている。
それは、俺自身がこの世界に干渉し始めたことによる変化なのか。
それとも――もっと大きな何かが、すでに前回とは違う形で動き出しているということなのか。
どちらにせよ、答えは旅の先にしかない。
王都の尖塔が、遠く小さくなっていく。
三年という猶予の中で、俺はまだ、何一つとして真実に辿り着いていなかった。
(第五話へ続く)




