第三話 追跡者
シエルの小屋を後にしてから三日が経った。
俺は毎日のように理由をつけて森に通った。
薬草採取の手伝い、井戸の修理、屋根の補修――正直、そのどれもが口実に過ぎないことは、シエル本人もうすうす気づいているかもしれない。
だが、それでよかった。
彼女のそばにいる時間が長ければ長いほど、「きっかけ」が訪れたときにすぐ気づける。
今はそれだけで十分だった。
問題は、別のところから訪れた。
「ヨハン、いるか!」
四日目の朝、小屋の扉を叩く音と共に、聞き覚えのある声が響いた。
レオンだった。
勇者選定から一週間。
まだ王都を発っていなかったのか、と俺は内心で驚いた。
前回の生の記憶では、勇者選定の後、レオンは数日のうちに旅立ったはずだ。
「レオン? どうしてここに」
扉を開けると、以前より少し精悍になった顔つきのレオンが立っていた。
腰には、まだ手に馴染んでいなさそうな聖剣が下げられている。
「探したんだぞ。お前、選定の日からずっと様子がおかしいってミレイユが心配してた」
「……悪い」
「それに」
レオンの視線が、俺の背後、小屋の奥へと向いた。シエルが不思議そうな顔で顔を覗かせている。
「毎日ここに通ってるって聞いた。シエルのところに」
「別に、大したことじゃない。ちょっと手伝いをしてるだけだ」
「ふうん」
レオンは意味ありげに笑ったが、すぐに真剣な表情に戻った。
「本題はそれじゃない。実は、旅立つ前にお前に頼みたいことがあって来たんだ」
「頼みたいこと?」
「一緒に来てくれないか。魔王討伐の旅に」
――来た。
前回の生では、なかったはずの誘いだった。
いや、なかったのではなく、俺が気づかなかっただけかもしれない。
前回の俺は、ただの村人の一人として、この旅に無関係な人生を送っていたはずだ。
今回は違う。
今回の俺には「知識」がある。
それに気づかれているのだろうか。
「なんで俺なんだ。剣も碌に握ったことのない俺が、役に立つとは思えない」
「お前は昔から、妙に勘がいいだろ。危ないことになる前に、いつも先に気づいてた。子供の頃からずっとそうだった」
思い当たる節はあった。
前回の生の記憶を頼りに、危険な出来事を避けてきたことが何度もある。
それが「勘がいい」と周囲に映っていたのかもしれない。
「それに――」
レオンは少し言い淀んでから、続けた。
「聖剣が、選定の日からずっと妙な反応をするんだ。まるで、何かに『気をつけろ』って言ってるみたいに。神殿の連中は気のせいだって言うが、俺にはそうは思えない」
心臓が跳ねた。
「妙な反応、というのは」
「なんて言えばいいのか……。時々、剣が急に重くなる。まるで、誰かを――何かを、切ることをためらってるみたいに」
俺はシエルの方をちらりと見た。
彼女は何も知らない顔で、井戸の水を汲む作業に戻っていた。
まさか。
聖剣自体が、魔王の気配に反応しているというのか。
だとすれば、シエルがこの場にいる限り、レオンにいずれ気づかれる可能性がある。
それだけは、避けなければならない。
「……わかった。一緒に行く」
我ながら、驚くほど即座に言葉が出た。
「本当か!」
レオンの顔がぱっと明るくなる。
「もちろん、剣の腕は期待するなよ。荷物持ちくらいにしかならないと思うが」
「十分だ。お前がいてくれるだけで心強い」
旅に同行すれば、レオンのそばで動向を見張ることができる。
聖剣の反応も、直接確認できる。
何より――旅の間、魔王討伐の瞬間が近づいたとき、俺がそれを止める機会を作れるかもしれない。
だが同時に、新たな問題が生まれた。
旅に出れば、シエルのそばを離れることになる。
「きっかけ」が、シエルが一人になったときに訪れるとしたら――俺がいない間に、それが起きてしまったら。
どちらを選んでも、リスクがある。
考え込む俺の様子に気づいたのか、レオンが怪訝そうな顔をした。
「どうした、やっぱりやめとくか?」
「いや……。一つ、条件がある」
「条件?」
「シエルも、一緒に連れて行きたい」
レオンは一瞬、きょとんとした顔をした後、小屋の奥にいるシエルへと視線を移した。
「シエルを? 別にかまわないが……本人はどう思うかな」
「シエル」
俺が呼びかけると、井戸端にいた彼女がこちらを振り向いた。
「一緒に旅に出ないか。レオンの、魔王討伐の旅に」
沈黙が流れた。
シエルは驚いた顔をした後、なぜか小さく笑った。
「……いいよ」
あっさりとした返事だった。
「本当に? 危険な旅になるかもしれないぞ」
「危険は、今更ヨハンに言われることじゃないと思うけど」
少しからかうような口調で言ってから、シエルは表情を少し曇らせた。
「それに――なんとなく、そばにいた方がいい気がするから」
その一言に、何か特別な意味が込められているのかどうか、俺には判断がつかなかった。
ただ、その瞳の奥に、あの日感じた「懐かしさ」が、また一瞬だけよぎった気がした。
こうして、思いがけない形で、パーティが結成された。
勇者レオン。
幼馴染のシエル。
そして――未来を知る俺。
三年後に世界が滅びないよう、俺はこの旅の中で、答えを見つけなければならない。
(第四話へ続く)




