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『魔王を倒すと世界が滅びるので、勇者から魔王を守ります ~タイムリープした俺は、幼馴染の魔王を救いたい~』  作者: 水原伊織


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第39話 世界の中心

鐘の音が、街へ広がっていく。


一度。


二度。


三度。


今まで聞いてきた鐘とは違う。


終わりを告げる音ではない。


新しい世界が始まったことを知らせる音だった。


俺は空を見上げた。


青い。


どこまでも青い。


「……本当に、終わったんだな」


レオンが呟く。


「終わったというより、始まったんじゃない?」


ミレイユが答えた。


その隣で、アベルは黙って空を見ていた。


「俺には、まだ信じられない」


「アベル?」


シエルが振り返る。


「何度も世界をやり直した」


アベルは静かに言った。


「そのたびに、誰かが死んだ。俺は、それを全部取り戻そうとしていた」


拳を握る。


「それが間違いだったとは思わない」


俺たちはアベルを見る。


「失った人を取り戻したいと思うことまで、間違いじゃない」


「……」


「けれど」


アベルが俺を見る。


「そのために、今生きている人間まで犠牲にする必要はなかった」


俺は頷いた。


「そういうことだ」


その言葉を聞いて、アベルは初めて笑った。


「なら、これからはちゃんと生きるか」


「ああ」


シエルも笑う。


「私もそうしたい」


そのときだった。


俺の右手が、ほんの少し熱くなった。


「……?」


見ると、消えたはずの紋章の跡が薄く光っている。


「どうしたの?」


シエルが覗き込む。


「分からない」


光はすぐに消えた。


俺は気にしないことにした。


この世界には、まだ分からないことがある。


それでも。


今はそれでいいと思った。


---


俺たちは街へ戻った。


さっきまで歩いていた街と何も変わらない。


人々は笑っている。


店は開いている。


子供たちは走り回っている。


誰も俺たちの過去を知らない。


当然だ。


この世界では、俺たちの戦いは存在しなかった。


魔王も。


勇者も。


世界の終焉も。


何もなかったことになっている。


「ヨハン」


シエルが隣を歩く。


「何?」


「これから、どうする?」


「どうするって?」


「今までずっと、世界を救うことばかり考えてたでしょう?」


シエルは笑った。


「もう、救わなくていいんだよね」


俺は少し考えた。


そして答えた。


「そうだな」


「じゃあ――」


シエルが空を見上げる。


「普通に暮らしてみたい」


「普通に?」


「うん」


シエルは嬉しそうだった。


「朝起きて、ご飯を食べて、学校に行って」


「学校?」


「前の世界では行けなかったから」


俺は笑った。


「それはいいな」


「でしょう?」


「俺も行く」


「ヨハンも?」


「ああ」


ミレイユが後ろから口を挟む。


「私も混ぜてもらおうかな」


レオンが笑う。


「俺も行こう」


アベルが呆れた顔をした。


「お前ら、いくつだと思ってるんだ」


「いいじゃない」


ミレイユが笑う。


俺たちは久しぶりに、心から笑った。


世界を救うためじゃない。


誰かを守るためでもない。


ただ、一緒にいるために。


---


その日の夕方。


俺たちは宿へ戻った。


夕食を終え、部屋でこれからのことを話していた。


「明日は街を見て回ろう」


レオンが言う。


「私は図書館に行きたい」


ミレイユが続ける。


「私は学校を探す!」


シエルが手を挙げた。


「決まりだな」


俺が笑った。


そのとき。


コンコン。


扉が鳴った。


「誰だ?」


レオンが立ち上がる。


返事はない。


もう一度。


コンコン。


「俺が出る」


扉を開ける。


誰もいない。


廊下を見回しても、人の気配はなかった。


「どうしたの?」


シエルが聞く。


「誰もいない」


「変ね」


俺は床を見る。


そこに一枚の紙が落ちていた。


拾い上げる。


紙には、短い言葉だけが書かれていた。


**『世界の中心で待っている』**


「……」


嫌な予感がした。


「ヨハン?」


シエルが俺の顔を見る。


「また何か始まるの?」


「分からない」


紙を裏返す。


何も書かれていない。


俺は紙を握り潰した。


「でも――」


右手が熱くなる。


「誰かが俺たちを呼んでいる」


その瞬間。


窓の外が、一瞬だけ白く光った。


俺たちは一斉に窓を見る。


街の中心。


そこに、巨大な光の柱が立っていた。


昼間、見たものと同じ光。


「世界の中心……」


ミレイユが呟く。


レオンが剣を取る。


アベルも立ち上がった。


シエルが俺の隣に来る。


「行こう」


俺は頷いた。


俺たちは宿を出た。


---


街の中心にある広場。


そこには一本の巨大な樹が立っていた。


昼間は存在しなかった。


「こんな木、あったか?」


レオンが驚く。


「なかった」


俺は答えた。


樹の根元に、一人の少女が座っていた。


青い髪。


赤い瞳。


俺たちが見た「もう一人のシエル」と同じ姿だった。


少女は立ち上がる。


「来てくれたんだね」


シエルが前へ出る。


「あなたは誰?」


少女は少し笑った。


「私は、この世界の記憶」


「……」


「正確には、あなたたちが捨てなかった記憶から生まれた存在」


俺は尋ねた。


「じゃあ、どうして俺たちを呼んだ?」


少女は樹を見上げる。


「世界が完成するためには、最後に一つだけ必要だから」


「何が?」


少女が俺を見る。


「名前」


「名前?」


「この世界には、まだ名前がない」


少女が微笑む。


「だから、あなたが決めて」


俺は樹を見る。


シエルを見る。


レオンを見る。


ミレイユを見る。


アベルを見る。


そして、この世界を見る。


俺たちが選んだ世界。


誰も魔王にならない。


誰も勇者にならない。


誰も犠牲にならない。


誰も捨てない。


俺はゆっくり口を開いた。


「名前は――」


その瞬間。


空から無数の光が降り注いだ。


そして、世界中から人々の声が聞こえた。


『私たちも決めたい』


『私たちの世界だから』


『一緒に決めよう』


俺は目を見開いた。


少女が笑う。


「そう」


「世界はもう、あなた一人には任せない」


「みんなで選ぶ世界だから」


俺は笑った。


「それなら――」


空を見上げる。


「俺たちが名前を決める必要もないな」


シエルが隣で頷いた。


「うん」


レオンも笑う。


「みんなで決めよう」


その瞬間。


巨大な樹が光り始めた。


世界中の空に、無数の文字が浮かび上がる。


そして。


俺たちの頭上に、一つの言葉が現れた。


**『共生』**


少女が微笑む。


「この世界の名前は――」


その瞬間。


遠くから、誰かの声が響いた。


「待って」


俺たちは振り返った。


街の向こう。


一人の少女が走ってくる。


その姿を見て。


俺は息を止めた。


「……エリシア?」


この世界では、聖女ではないはずの少女。


彼女は涙を流しながら、俺たちへ駆け寄ってきた。


そして。


「ヨハン」


俺の名前を呼んだ。


「やっと……見つけた」


俺は動けなかった。


新しい世界に。


まだ、俺たちの知らない記憶が残っている。


その意味を知るのは――


もう少し先だった。


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